第3話 スミレボウシハチドリ
少しすえた臭いのする資料室には夕陽はまだ差し込んでなかった。
グラウンドからは今から始まる部活動の準備運動を告げる声が響いていた。
資料の分類係と収納係に担当を分けた僕らは作業に取り掛かった。
「えっと〜、これは〜ここで………」
小学校の頃の思い出にあるような、のんびりとした様子はそのままに、澤村さんは資料を棚に並べていた。
運動部でもないのに、まるで小ぶりな鳥がステップするみたいにして素早く滑らかに動いていて、その度に標準より少しだけ短いスカートが揺れていた。
「……」
僕の方は資料をメモ書きの通りに分類してテーブルに並べる担当だったのだけど、澤村さんの後ろ姿を見てしまってどうしても仕分けが遅くなる。
昔から目で追いかけ続けた背中。彼女の背中だけはアガリ症だと自覚した僕でも見ることが出来た。我ながらストーカーみたいで気持ち悪いな。
「えっと、これは、んしょ、届かないなぁ…。上田くん、脚立、押さえててくれないかな?」
「あ、うん」
「ごめんね。ちょっと怖くて。んと、よいしょ」
澤村さんはそう言って資料を抱えたまま三段くらいの小さな脚立に登った。
そして僕は脚立を抑えようとして絶句した。
そこに緑色の下着が現れたんだ。
下着が彼女の真っ白で小さめのお尻をピチっと覆っているのが見えたんだ。
勝手にも幼馴染だと思っていて、身の程知らずに好きでいて、クラスの美少女でもある彼女の下着を、こんな間近で見てしまった衝撃は殊更強く、目が数刻離せなかった。
まるで南米に広く分布するハチドリの一種、スミレボウシハチドリに突然出くわしたみたいだったんだ。
その鳥の頭部は帽子をかぶっているかのようなスミレ色で、ボディは光沢感のあるゴージャスで美しい緑色なんだ。
脚立の最上段に片足を載せた状態だから半分しか見えてないけど、太ももの付け根付近はいつかネットで見たスミレ色の帽子みたいで、それより更に濃いスミレ色にグラデしていた。
その布一枚隔てた先にあるだろうふくらみを想像して……って馬鹿か!
僕は慌てて下を向いた。
でもなんで…スカートの長さは標準寄りなのに…。僕はもう一度チラリと見上げた。どうやら渡した資料を脇に抱えた時に引っかかってしまったみたいだ。
いや、そんなことあり得るのか。
でも実際なってるし…。
いや、教えてあげないと。
でもどうやって?
「ふぅ、ふぅ、よ、よいしょっと、これで綺麗に並んだかなぁ。……名前の順はぁ…」
「ッ、…」
いつの間にか並べ終えていて、スカートは元に戻っていた。彼女は真面目に働いてるのに、僕はこんな事ラッキーだと一瞬でも考えてしまった。罪悪感で死にそうになる。
そしてバレてやしないかと、小心者の心をこれでもかとその罪がギチギチといじめてくる。
でも顔が熱い。おそらく真っ赤なんだろうけど心臓は唸りを上げてダンスしてる。なのに土砂崩れの起きた道路のように、手足だけには血を送らない。
冷たい感じで、真っ青を通り越して白くなってるし、まるで魔法にかかったみたいで、足に力が入らない。
「もういいよ……上田くん? どうしたの?」
「えッ! いや…何でも…ないです…」
今の僕に出来ることは謝罪だけなのに、勝手に口から嘘が出た。いや、これは保身なのだとわかって、また自分を責めたくなる。まるで間違えて万引きした時みたいな気分だ。
昔、カゴに入れ忘れて手に持っていたシーチキンマヨおにぎり。店員さんも気付かなくて、家に帰ってから気付いて震えて慌ててコンビニまで走った時の心境だ。
「そ、そう? えっと、次はあっちみたい。またお願いできるかな?」
「う、うん…でも次は僕が並べるよ…ははは…」
早く言わないといけないのに、僕はそうしなかった。
それが悪かったのだろう。脚立の位置を微調整してくれようとした澤村さんに気づかず、僕は足を盛大に踏み外して落ちた。
登る必要すらなかったのに背中から落ちた。
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