第2話 アオサギ
あれからすぐ、僕と澤村さんは二人で運び込む荷物を分けて資料室に向かった。
「いつも修が強引で…ごめん…」
「ううん、平気だよ」
「…」
「……」
いつもこうだ。会話なんて続かない。僕の知ってる「世界の変な鳥」の話なんて興味もないだろうし、共通の話題だって小学校の頃のものしかないし、でもそれを彼女は覚えてはいないと思う。
例え僕からそれを話題に出したとしても「そんなこと覚えてない」なんて言われたら僕は相当落ち込む自信がある。
「えっと、上原くんは、その、進学先って前と変わってない…のかな?」
「え、あ、うん」
僕前に言ったっけ…修には言ったけど、緊張して何喋ったのか覚えてない。もしかして大学も同じ…なわけないか。
「大学に進んだらまた鳥のお勉強するの?」
「と、鳥だけじゃないけど、将来は動物に関わる仕事が出来たら良いなって…目の前で死にそうな……あ、ごめん」
「え? ううん…?」
危うく喋るところだった。でもやっぱり覚えてないか。彼女が大事にしていた愛犬が事故で死んだ時、僕は誓ったんだけど、覚えてないよね…。
『ひっく、うっく、ひん、ぐす、ぐすっ』
『しょ、将来は動物のお医者さんになるから! だから泣かないで! ユイちゃん!』
はは…泣いてる時に言っても伝わらないよね。死んだ後に言ってももう遅いし。何よりペットタクシーじゃなくて、救急車なんて呼ぶんだから。
それに獣医になることを僕は半分以上諦めている。鳥にしか興味の出ない僕じゃ務まるかわからないし、学費の安い国公立を狙いたいけど、その分人気が殺到していて超難関だ。私学だと学費も高額でうちじゃ厳しい。
無邪気に夢を描いていた時の約束なんて、成せる人はどれくらいいるんだろう。
現実の社会が年を追う毎に実体を持つようになって、僕が描いた夢が萎んで小さくなっていくようで、それと相関するようにして彼女との会話が難しくなっていったのを覚えている。
勝手に宣言して、勝手な罪悪感が僕にのしかかっていて、その重みに比例するかのようにして彼女は美しく社交的になっていったのは複雑な思いだった。
亡くなった愛犬のことを考えないようにしたのか、その失くした命の為だったのかはわからないけれど、彼女が変わったのはそれからだ。
内気で僕の後ろに隠れてばかりだった彼女が、僕にはあんまり話しかけてはくれなくなったのも、他人行儀になったのも。
「──原くん、上原くん、通り過ぎてるよ」
「えっ? あ、ごめん…! わわっ、資料がっ! ふ──、危なかった…」
考え事してたら資料室を通り過ぎていて、急ストップしたからか、手から段ボールがすっぽ抜けそうになった。僕はドジョウ掬いみたいにして何とか段ボールを落とさずに立ち止まった。
立ち姿はまるでアオサギの羽干しみたいに奇妙な格好だったと思う。
恥ずかしくて彼女の顔が見れない。
「鍵、開けてくれる…かな? ちょっと痺れちゃって…」
段ボールが重かったのか、彼女の腕はプルプルと震えていた。
「ご、ごめん…! すぐに!」
本当に駄目だな、僕は。
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