第11話 異世界人と魔法 #5
「えぇ〜何その服〜? どこで買ったのか教えてくれなぁい?」
受付の従業員が言っていた、2階にいる巨乳従業員ビーノ。受付の態度から察していたが、ビーノはそれなりにムカつくタイプなようで、その独特な口調は早くも華苑を苛つかせた。
さらに華苑と対面して早々に、ビーノは来訪の要件ではなく、華苑の着ている服の購入場所を聞いてきた。対人の業種にしては随分と不始末というか、かなりラフな人物らしい。
ビーノも受付従業員同様に浴衣姿だが、色は赤黒く模様も違う。丈は受付従業員より長く、下半身の露出は少ない……が、上半身は僅かにはだけ、少し動けば浴衣の隙間から胸の谷間が覗く。
しかも、童顔で美人。ツインテールが影響しているのか、尚更幼さが滲んでいる。
「じ、地元の人に作ってもらったので、売ってはないん、です……」
「えぇ〜? ざんね〜ん……」
「(クソ……何かムカつく……)」
ビーノの姿を見れば見るほど、ビーノの声を聞けば聞くほど、腹立たしくなってくる。しかし華苑は耐える。何せここは異世界。日本の常識が通用しない以上は、華苑自身の苛立ちも通用しない可能性を考慮しているのだ。
……が、やはりムカつくのは変わらない。
「本題ですが、宜しいですか?」
軽く咳払いをしたモーリスが、華苑とビーノの会話に入り込んだ。
「こちらのお嬢さんは、テンパレスの外側からお招きしたお方なのですが、我々の都合で、早急に魔法を習得頂く必要があるのです」
「……
そう言うとビーノは、机の従業員側からしか認識できない位置に触れ、そのまま手を引く。どうやらこの場にある全ての机には、従業員が用いる為の引き出しがあるらしい。
ビーノは引き出しに手を入れ、ビー玉くらいな大きさの黒い球体を取り出し、手のひらに乗せて華苑の前に差し出した。
「お嬢さん、この球を握ってくれる?」
「……はい」
この球は?
なんてことは聞かない。どうせ聞いたところで頭に入らない……と、自分自身の脳内許容量を理解しているのだ。それに今の時間は異世界生活に於けるチュートリアルのようなもの。下手に進行を遮るより、大人しく従う方が英断だと考えた。
華苑はひとまず、指示通り黒い球体を掴み、右手の中に収める。
「ちょっとごめんねぇ」
失礼します。そんなニュアンスで発言したビーノは、両手で華苑の右手拳に触れ、卵でも温めるかのように優しく覆った。
頭の悪さが感じられる喋り方をしている為、華苑の偏見ながら「ビーノの手は冷たく指が硬そう」だと考えていた。
しかし実際のビーノの手は、温かく、柔らかく、それでいて優しい。第一印象とは大きく違う感想を抱いてしまった。
「まずは習得できる魔法の属性を特定するよ〜。手の中の球が熱くなったら手を開いてねぇ」
華苑の握る球体は、魔法石の1種である変色感応石。
元来、この世界には感応石という、魔法に反応して青白く発光する鉱物があった。人類は感応石を簡易的な照明として利用し、並行して品種改良を行ってきた。その末に生まれたのが、この球体。
変色感応石を握り、体内の魔力を石の中に流すことで、感応石はその色を変える。変わる色は様々で、その色に応じて習得できる魔法を案内する。
ただ、華苑は魔法以前に魔力の使い方も知らない。そこで実施したのが、ビーノが華苑の手に触れ、極僅かながら華苑の体に魔力を流す行為。
ビーノの魔力は、ビーノの体から華苑の体に渡った時点で華苑の魔力になる。しかしビーノの手から感応石へ発せられた「魔力の流れ」は維持され、ビーノの魔力は華苑の魔力として感応石へ流れる。
一定量以上の魔力が込められた時点で、感応石は変色し、熱を発する。
「…………………………熱っつ!!」
ビーノは、熱くなったら言ってくれ。と言った。その発言から、「カイロのような熱さか?」と華苑は解釈していたが、実際は違う。
たったの1秒で体が危険を察知し、2秒で火傷を負い、5秒も握れば皮膚が爛れるような、手を開かなければならない程度の熱さだった。
その熱さに驚愕した華苑は、咄嗟に手を開いて感応石を落とす。質量のある落下音が鳴ったが、感応石も机も無傷で、その代わりなのか華苑の手が火傷しかけた。
「さてさて、何色かなぁ?」
熱がる華苑をよそに、ビーノは机上に落下した感応石を確認する。
もしも感応石がルビーのように赤く変色していれば、華苑は火属性魔法と相性がいいと判断される。或いはヘマタイトのように銀色へ変色していれば、救世主らしく光属性と相性が良くなる。
しかし、もしも感応石が一切変色していなければ、華苑は相性のいい属性が無い、即ち魔法の才能が薄いと判断される。
感応石の変色が確認できれば、後は魔力量を確認し、習得できる魔法が分かる。故にビーノ達のような上級魔法士達にとっては、客の火傷よりも変色の方が優先的に気になる。
「え……」
感応石は、無事(?)変色していた。これで華苑にも魔法の才能があることが証明された。
しかし変色を確認したビーノは、その色を見て静かに驚愕した。その様子を見ていた他の従業員達は、ビーノの見たものを確認する為に恐る恐る感応石を覗いた。
そして皆、驚く。建前的なものではなく、心の底から驚いていた。
「お、お嬢さん……あなた、本当に人間なのぉ?」
「……見て分かりませんか?」
「そうなんだけどぉ……でも、これは……」
普通ならば、感応石はほぼ1色に染まる。時折、球体の1割未満程度が別の色に変わり、2色に染まる場合がある。その場合は、2つの属性の魔法に適性がある、ということ。球体が3色に染まる場合があるが、それは極々稀。
そして華苑の場合は、1色ではなかった。
「人間超えてるって……」
黒かった球体は、何と透明になり、透けた球体の中にさらなる変色が見られた。球体内の変色は気泡のような形状で、大小様々な形で表れている。
まずは赤。火属性の適性を意味する。
次に青。水属性の適性を意味する。
次に茶。地属性の適性を意味する。
緑。風属性の適性を意味する。
紫。雷属性の適性を意味する。
黄。闇属性の適性を意味する。
銀。光属性の適性を意味する。
そして一際大きく表れた白。これは、無属性魔法の適性を意味する。
透明な球体に収められた幾つもの色。その外見は完全にビー玉である。この世界にビー玉は存在しない為、華苑以外の誰もが変色した感応石に魅入った。
「お嬢さん、名前はぁ?」
「…… 天音、華苑、です」
「アマネちゃん……うん、覚えた。ならアマネちゃん、これから魔法の使い方を教えてあげるねぇ。アマネさんなら、数日のうちに上級魔法士を超えられるから」
感応石が、無属性を含めた全属性の色を表すことなど、無い。ありえない。馬鹿げている。そう誰もが疑わなかったが、確かに、華苑の握った感応石は全属性の色を表した。
さらには、黒かった球体を透明に変えてしまった。少なくともこれまでの歴史上で、感応石が透明になった実例は無い。誰も想像しないような現象である。
極めて異例。明らかな異常。普通の人間ではないと、或いは魔族でないかと疑ってしまう程に、華苑の才能は人知を超えていた。
「私でも、魔法を使えるの?」
「勿論だよぉ。使い方さえ覚えれば今日にでも使えるかも。善は急げ……今から覚えてみるぅ?」
魔法が使えることが確約されてニヤつく華苑。
歴史上初の現象を前に興奮するビーノ。
そんな2人をよそに、モーリスは無言のまま鳥肌を立てていた。
(魔法が必要無い世界に居たと言うが、常人よりも魔法の才能があるとは……この人が特別なのか? それとも、この人が居た世界では皆が才能に気付けなかったのか?)
召喚魔法の失敗による、救世主とは言えぬ存在の召喚。そんな最悪のシナリオを視野に入れていたモーリスだったが、疑念はいつの間にか消え去り、代わりに、異世界へ対する恐怖を抱き始めていた。
魔法を使わないだけで、華苑の居た世界の人々は皆、魔法の才能が著しいのかもしれない。
そう考えただけで、背中で蛞蝓でも這っているかのような、とても嫌な寒気を感じた。
純血のカノン 智依四羽 @ZO-KALAR
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