第10話 異世界人と魔法 #4
人間は魔族に比べると、魔法の知識や技術が圧倒的に劣る。故に人間で魔法士になろうと試みれば、人間を辞める程の努力と、その努力を軽減させるほどの才能が不可欠。
そもそも魔法士とは、ただ魔法が使える者という括りではない。魔法士とは、然るべき教養を経て、国の定めた認定試験を合格した者のことを指す。仮に一般家庭の青年が魔法を習得しても、それだけでは魔法士とは呼べない。
魔法士の主な仕事は2つある。
1つは、魔法の研究を重ね、日々改良に務める。言わば薬剤師のような仕事である。如何に消費魔力を抑えられるか、如何に利便性を高めるかを日々追求している。
もう1つは、完成された魔法を日常生活以外の特定条件下で使用するというもの。魔法士以外の者が体得できる魔法には限界がある為、日常生活を前提とした魔法しか覚えられない。しかし魔法士になれば一定以上の魔法が体得可能となり、敵勢力との戦闘や魔法を用いた医療行為など、幅広い活動が望める。
魔族内では、魔法士認定試験の実技は比較的簡単と言われている。ただ筆記試験の難易度は高い為、実技が優秀なだけでは魔法士になれない。
人間内では、実技も筆記も高難易度と認識されている。仮に魔法の才能があったとしても、頭が悪ければ意味が無い。逆もまた然り。
救世主として召喚された華苑は、今後の戦いに備えて魔法を体得する必要がある。しかしこの世界の魔法に関する知識など皆無。後は、その無知を補う程度の才能がある……という展開に期待するしかない。
「ここは?」
「魔法習得所です。ここでは才能の有無を確認し、習得できる魔法を選出してくれます。魔法を使う前に、貴方様には、此処で魔法の才能を見ていただきます」
モーリスに連れられやって来たのは、魔法習得所という施設。一般家屋以上の広さを持つ施設で、他の建物と差別化する為か、外壁塗装は全面が黒く、複数箇所に金色の装飾がされている。
木造建築ではあるものの、建物の外観は和風な一般家屋と異なり、昭和以前の洋風建築に似ている。また、窓には透明度の高い硝子を複数枚使用しており、建築にそれなりな予算を割いていると思われる。
「魔法を使えるようになるには、最低限以上に魔法の才能があればいいの?」
「最低限の才能と素質、あとは体内に保有する魔力量によります。素質と才能があったとしても、保有可能魔力量が伴っていなければ、自由自在に魔法を使うことは叶わないでしょう」
モーリスは今、疑念を抱いている。本当に華苑を救世主として認識していいのか。本当に女神の推薦で召喚された存在なのか。召喚魔法完成までに費やした時間は、本当に無駄ではなかったのか。
少なくとも、隣に立つ華苑からは、救世主であることを確信させるような威厳も、猛者の放つ圧力も感じられない。
もしも、魔法の才能が無いと判断されれば、華苑は間違いなくただの人間。剣を握る筋力さえ垣間見えない為、ただの人間であっても、戦いに於いて役立たずと揶揄される弱者であろう。
異世界人華苑との会話を引き受けたモーリスには、華苑が本当に救世主と成る人物なのかを見極める義務がある。習得所の出入口前に立ち、モーリスは緊張のあまり微妙な胃痛を患った。
「とにかく入りましょう。可能な限り、1秒だって無駄にしたくないので」
石塀の間を通り抜け、数歩進んだ先にある出入口へ向かう。木製のドアは常時開かれているようで、モーリスと華苑は歩く速度を落とすことなく習得所内に踏み入った。
靴を履いたまま室内に入ると、内装は予想していた通りの洋風建築。
室内の手前には、受付であろうカウンターがあり、スタッフらしき人物が出迎えた。室内奥側にはソファ4台と木製の長机1台が配置されている。
外観から予想していたが、この建物には2階があるが、2階に何があるかは未だ分からない。
「いらっしゃいませ。ご要件をお伺い致します」
華苑達を出迎えたのは、若い女性従業員。膝丈までしか無い黄色の着物を纏い、その上から黒いマントを羽織っている。一見すると不釣り合いな組み合わせだが、このマントは魔法習得所にて勤務することが許された指定上級魔法士の証である為、どんな服を着ていようと、業務を行う時点でマントを羽織る義務がある。
「彼女に、魔法の適性があるかを確認して頂きたいのですが」
「承知しました。すぐにご案内致しますね」
従業員はカウンターの上に手を向け、束ねていた紙の中からメモ用紙程度であろう大きさの紙を1枚だけ取り上げた。
カウンター上に立てられていた羽根ペンを手に取り、ペン先を紙に当てる。ペンにインクは付けていないが、ペンを走らせると紙面に字が浮かぶ。
この紙が特別という訳ではない。このペンが特別という訳でもない。
インクは比較的容易に手に入るが、決して安価ではない。そこで上級魔法士達が作り上げたのが、染色魔法。ペンや指、或いは筆などの先端に魔法を付与することで、魔法付与箇所の触れた紙面や木材等に染色をする。
ただ、染色魔法は未だ完成体には至っていない。現状で染色させられるのは黒色に限定される。しかし今後も改良を続ければ、黒以外の色も使え、ゆくゆくは染料もインクも節約されることとなる。
「この紙を持って2階へ向かってください。無駄に乳の
2階に居る巨乳従業員が話題に出た途端に、カウンターに居た従業員の態度が豹変。柔らかい笑顔は引き攣った笑顔へ代わり、口調も荒くなった。
華苑は従業員の豹変に失笑しかけたが、モーリスは全くの無関心で、静かに紙を受け取って会釈をした。
「行きますよ。貴方様の実力というものを拝見させて頂きたい」
促されるまま、モーリスと華苑は階段を上る。木で出来た階段を踏めば僅かに軋み、2階に居る者達に接近を知らせる。
全部で13段。全ての階段を上り終えると、モーリスと華苑は「無駄に乳のでかいビーノ」を探す。
2階は、1階と同じ位の広さがある……はずなのだが、椅子と机が並べられたフロアは室内面積の半分程度。残りの半分は壁に阻まれ、従業員専用と書かれた扉の向こう側にある。
階段を経由した華苑から見て、横に3台、縦に2台、計6台の黒く四角い机が配置。そしてそれぞれの机に4脚ずつ椅子が用意されている。が、各机を黒マントの従業員が1人ずつ担当しているようで、全ての机で1脚ずつ椅子が埋まっている。
「すみません、ビーノさんというのは……」
モーリスが、室内に居る全従業員に尋ねた。
椅子に座った計6人の従業員は全員が女性。その女性達を「胸の大きさ」で見比べ、最も巨乳な人物を探せばいい……とは考えない。紳士を気取る訳ではないが、女性達の胸を凝視し比較するのは流石に罪悪感がある。
故に尋ねた。尋ねた方が早く、それでいて確実だと即座に判断したのだ。
「はぁーい、ここですよぉ〜」
華苑達から見て、右側の奥。上座にあたる場所に居た女性が、軽く手をふらふらとさせながら返事をした。
室内に居る女性の中で最も巨乳な、ツインテールの低身長女性従業員ビーノ。初対面ながらも、華苑はビーノに対して若干の苛立ちを抱いた。
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