第9話 異世界人と魔法 #3
教会を出た華苑は、人間界ことテンパレスの地を踏んだ。
「……おじさん、本当にここは異世界なの?」
初めて見る本物の異世界。しかしその第一印象は全く予想していなかったもので、異世界を楽しもうと考えていた華苑をまた困惑させた。
「そのはずです。事実、貴方様の纏う衣服は我々のものとは随分と違っています」
異世界転移を果たした華苑の服装は、この世界の衣服ではなく、生前の最期に着ていた服が適応されている。
華苑が纏っているのは学生服。深緑色のブレザーと、黒のパーカー。ベージュのミニスカートと、黒のニーハイ、黒と紫のスニーカー。顔には黒マスク、背にはグレーのリュック。死ぬ寸前まではイヤホンを付けていたが、事故の衝撃で何処かへ飛んだようで、今は手元に無い。
リュックには、生前同様の重量がある。つまりは今現在の華苑は、テンパレスの住人から見れば「異世界の服を纏い異世界の物品を背負った異世界の女」という認識になる。
「そう……なん、だけど……」
そしてそんな異世界の女は、もう少しだけ詳細に街の様子を確認する。
まずは、地表。アスファルトやブロックによる舗装はされていない。草は生えておらず、学校のグラウンドに近いような状態である。
次に、空気。排気ガスを振り撒く乗り物などが無い為、鼻や口を通る空気は綺麗……な気がする。
次に、建造物。たった今出てきた教会は、絵に描いたような典型的な教会。しかし視野に映る建物は、大抵が木造。黒に近い緑色の屋根瓦と、店の名前を書いたチープな木造看板。出入口に垂らす紺色の暖簾。街灯として設置された灯篭。全体的に和風な建築……というか、明治時代の写真に出てくるような建物建物ばかりだった。
そして、衣類。神父はよくあるキャソック。教会内で対面した魔法士達は、全員が全く同じ黒いコートを羽織り、その下には白いシャツと灰色のスーツ。隣に居る学者のモーリスは、ベージュのスーツを気崩している。少なくとも、この時点まで対面してきた者達は、全員が日本にもあるような洋装。
しかし、テンパレスに住む人々の服装は、さらに驚くべきものだった。
(日本にしか見えない……時代風景はかなり古いんだろうけど)
砂埃を立てながら駆ける子供達は、大抵が着物。中にはワイシャツとパンツスタイルの少年も居るようだが、着物の子供達よりは年上に見える。
大人の男達は、作務衣等の着物を纏う者が過半数で、残りはスーツ等の洋装。そして視界内には、黒を基調とし、赤と金の装飾を施した軍服を着た男が2人。軍服の腰には、鞘に収められた剣が下げられている。
大人の女達は、過半数が着物を纏い、一部の者はドレスなどの洋装を纏う。どの洋装も生地の色は暗めで、中には喪服さながらの漆黒ドレスを纏う者も居る。
高齢者になると、誰もが洋装ではなく着物を着ている。ただ1人だけ、英国紳士のような黒スーツの高齢男性が居た。
和洋が入り交じり、且つどれもが古臭い。
まるで異世界転移ではなく、明治の日本にでもタイムスリップしたかのような、ある意味で意外性のある感覚だった。
「近隣には他の国があるの?」
「いえ、国は我々の住むテンパレスと、魔族の住むデュールの2つのみです。正確には"国"として認められていない集落や町が敷地外に幾つか存在しています。それが何か?」
「……みんなが着てる服装が幾つか分かれてるように見えたから、気になっちゃって」
いくら日本に似ていても、ここは異世界。日本という国が無ければ、世界史に出てくる他の国々も無い。さらに、この世界で明確に国として扱われているのは、人間の住むテンパレスと魔族の住むデュールのみ。
では何故、テンパレスの人々が纏う衣類は、和装に似たものと洋装に似たものが存在するのか。1つの文化で生きてきたのであれば、和装と洋装のどちらか1つしか普及しないはずだと華苑は判断したのだ。
「なるほど。……確かに、他に国はありませんが、テンパレスはいくつかの地域に分けられます。地域ごとに極僅かながら文化が違い、考え方も変わります。それに伴い、衣服も異なる。この街はテンパレスの中心街……複数の地域の人間が集まっているので、結果的に服装も統一されていないのです」
作務衣を着ているから平民、という訳ではない。
スーツを着ているから貴族、という訳ではない。
自らが生まれ育った地域の特色が反映されているだけで、極端な場合を除けば貧富の差で服装に差が出ることは殆ど無い。
華苑の現在地はテンパレスの中心街カミレット。首都のようなニュアンスらしく、様々な地域の住人が集まっている。
「服装は統一されてないけど、住んでる種族は人間だけっぽいね」
「当たり前でしょう。人外種は全員敵なんですから。貴方様の居た世界では違うのですか? ゴブリンやオーク、或いはリザードのような化け物と共に暮らせるのですか?」
「生憎、私の居た世界には人間しか居ない。ゴブリンやオークなんて、創作物の中でしか存在してない。けど創作物の中じゃ、人間と共存してても不思議じゃなかった」
「創作物ですか……所詮、人間は多種との共存などできないのですよ」
共存不可能。そう言い切るモーリスの表情は冷たく、その言葉も強く感じられた。
発言と表情が物語る、魔族に対する明確な嫌悪。ラノベやアニメでは極めて典型的な人間の姿だが、画面や紙面ではなく実際に対面してみれば、その嫌悪感の深さがよく伝わってくる。
それにしても、モーリスの嫌悪感は顕著だった。
魔族に親を殺されたのか?
否、家族を殺されたならばもう少し激昂しているかもしれない。
モーリスの嫌悪は「個人的な感情」ではなく、人間という種族そのものに擦り込まれた「種族共通の思想」のような気がしてならない。そう感じてしまったが故か、モーリスの嫌悪感に華苑は訝しげな顔を浮かべる。
「ふぅん……ところで、他種族に会いたいならどこに行けばいいの?」
「魔族の国、デュールに行けば会えますが、それは極めて愚行です。尤も、貴方様が救世主として戦ってくれるのであれば、その愚行は英雄的行動へ転じますが」
「そっか……うん。だったら私は魔族に会いに行く。魔族に会って、私なりに出来ることをやる。けどその前に……」
街並みをある程度見て終えた華苑は、僅かに足を動かし、モーリスの方へ向き直した。
「この世界に魔法はある?」
「ありますが」
「なら、私も魔法を使える?」
「……使えない、のですか?」
「私の居た世界では、魔法なんて必要なかったから。んで? 使えるようになるの?」
「……ええ、まあ、素質があれば」
女神の導きということで、モーリス達は華苑を救世主であると認識した。見た目は普通の少女だが、救世主然とした何かしらの力を持つのだろうと、そう解釈していた。
しかしいざ話してみれば、ゴブリン等の人外種が存在せず、魔法も必要無い世界の出身だということが分かり、途端に不安を抱いた。
この女は、本当に救世主なのか?
決して口には出さない。しかし確実に思った。女神が連れて来たこの少女は、本当にこの世界へ影響を与える存在なのだろうかと。
(本当に、召喚魔法は成功したのか?)
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