第8話 異世界人と魔法 #2

 華苑は困惑した。

 トラックに撥ねられてから、記憶が無い。と言うか、地面に激突してから一瞬気を失ったような気がする。

 首は折れた。腕も足も折れた。にも関わらず、気付けばに立っている。

 眼前には胡散臭い格好をした7人の男。日本人とはほんの少しだけ違う顔つきをしているが、東洋人に限り無く近い容姿をしている。


「ここは……は? 何処? 誰?」


 脚が動かない。事故の衝撃ではなく、困惑と恐怖で筋肉が硬直しているのだ。


「異世界よりの使徒よ……お会いする時を心待ちに」

「ここは何処! あんた達は誰!?」


 召喚魔法を使用した人間界の神父達。

 召喚された異世界の少女、華苑。

 両者共に、互いの状況を理解できていなかった。神父達は華苑が交通事故に遭ったことを知らず、華苑は自分が今居る場所が異世界であることを知らない。

 少なくとも神父達は、召喚魔法の根底にある異世界論を過信していた。

 この場に居る男性学者が平行世界という考えに至り、そこから異世界という存在を仮定した。そんな仮定を現実に当てはめ、召喚魔法を作った。しかし飽く迄も仮定。実際に接触する異世界という場所は、神父達が想像していた世界よりも文明が進みすぎていた。

 異世界がどのようなところなのか。自分達が居る世界とどのように異なるのか。そういった考えが浅すぎたが故に、困惑する華苑を見て焦りを抱いた。


「神父殿、彼女との対話は自分に任せて頂きたい」


 そう言いながら、後方に居た学者は神父の隣にまで歩みを進めた。


「自分は、モーリス・プランゾと申します。学者を生業としておりまして、貴方様の召喚を立案した1人であります。それではまず、この場所についてお話しましょう」


 困惑が顔から血の気を引き、今にも嘔吐してしまいそうな程に緊張した顔の華苑。そんな華苑と対面し、可能な限り平静を装い、学者のモーリスはにこの世界の説明を始めた。


「ここは貴方様の居た世界とは異なる場所……即ち、異世界であります。突飛な話である故、信じられないのも無理はありませんが、これは真実」

「…………ああ……理解できた」


 限り無く理解不能に近いような場面だったが、日頃からアニメを見ていた華苑は、として捉えることで容易に現状を理解できた。

 記憶と憶測が正しければ、華苑はトラックに撥ねられた後に死亡した。俗に言う「異世界もの」の主人公も、事故やら事件で死亡し、異世界へ転移或いは転生を果たしてきた。

 即ち、日本で事故死した華苑にも、異世界ものの主人公になる資格があった。そう考えることで、事故による負傷が消えたことも、見たこともないような場所に突っ立っていたことも、ある程度は辻褄が合わせられる。

 華苑は、軽めに深呼吸をする。今よりも、少しでも鼓動を抑え、多少感じていた吐き気を抑える為に。


「つまり……おじさん達から見た私は、異世界から召喚された……勇者、的な?」

「そ、その通りであります。忌々しい宿敵である魔族を討つべく、女神ユリエル様のご加護の元、貴方様の召喚を実行致しました。言わば突然の呼び出し……無礼は承知しております。お望みとあらば、自分は今この場で腹を斬りましょう」

「腹斬り……そんなこと望まないよ。グロいし余計気分悪くなっちゃう」


 異世界もののアニメを見てきた華苑は、死後に邂逅したを見て、思ったことがある。

 よくある異世界ものでは、時代背景的には中世ヨーロッパのような世界観だった。髪も種族も多種多様で、現実にはありえないような景色を見せてくれた。

 しかし、いざ本当に異世界へ来てみれば、眼前に立ち並ぶ男達はほぼ全員が黒髪。神父に関しては頭皮の毛根が死滅しており、生やした髭は加齢で白くなっている。まだ7人としか対面していないが、異世界にしては髪色も容姿も地味すぎた。

 そして何より気になったのが、腹斬りという発想。

 異世界人である華苑を、本人の同意無しにこちらの世界へ召喚し、挙句、救世主的存在として魔族との戦いへ赴かせる。言わば、無関係だった人間を無理矢理関係者にさせた。

 償いと覚悟を証明、体現する為の切腹。日本史に於ける切腹と似ている。

 ここは本当に異世界なのか?

 そう疑ってしまう程に、覚醒から今に至るまでの僅かな時間で、華苑は異世界人の日本人的発想に気付いてしまった。


「魔族……と戦えばいいのは分かった。ただ私が戦うか否かを決めるのは、この世界のことを最低以上まで理解した後にさせて。まだ私の中では、魔族は敵として認めてないから」

「……承知、しました。では、何からお話しましょうか?」

「んー……なら、まずは外の空気を吸わせて。人と街並みを見ながら話したいな」


 死して、異世界へと転移した今、華苑の目は生前以上に輝き、その表情は生前以上に楽しげだった。


(まあ、戦う気は今のとこ無いんだけどね)


 勉強は得意ではない。運動もそこまで得意ではない。ラノベの主人公のような、敵と戦う覚悟も無い。

 現時点で、華苑はではない。

 無論、神父や学者達は、華苑の状態など知らないのだが。

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