第7話 異世界人と魔法 #1

 王国テンパレス。通称、人間界。

 魔族の住む王国デュールと同じく、領土を大きな壁で囲んだ、人間のみが暮らす国である。国民の髪の色が様々なデュールとは違い、人間界に住む者達の髪色は全員が黒い。

 魔族は皆、魔法の素質を持って生まれてくる。そして各々の体には、最も相性のいい魔法属性というものがあり、その属性に応じて髪色が変わる。

 赤系な髪色は、火属性と相性がいい。

 青系な髪色は、水属性と相性がいい。

 紫系な髪色は、雷属性と相性がいい。

 ……といった具合で、大抵の魔族が、生まれながらにして相性の良い属性が決まる。

 しかし人間は違う。人間に於ける魔法の素質は個人差があり、素質が全く無い者も多い。仮に素質があったとしても、そう簡単に魔法を習得できず、魔法の相性も分からない。また、体内に保有する魔力量も魔族に劣る。

 魔族の髪色は、体内にて保有する膨大な量の魔力が影響している。人間の髪色は、身体に影響を及ぼす程度の魔力を持たないが故の黒。

 街ゆく人々の髪色が黒一色。その光景を見たならば、魔族は極めて不審に思うのだろう。


「我等が主君ユリエル様、矮小で脆弱な我々へ、どうかご加護を……」


 人間界の中心街にある教会。その最深部にある、関係者のみが入ることが許された部屋にて、5人の男性魔法士と1人の男性学者、1人の老いた神父が祈りを捧げていた。

 天井のステンドグラスに見下ろされた、薄暗くも広い部屋。部屋の中には椅子も机も無く、唯一あるものは、一辺4mから5mはあるだろう正方形の黒い布地。床に敷かれたその布には、手書きの魔法陣が刷られている。魔法陣は極めて複雑であり、細かいものだと直径5cmにも満たないような模様もある。

 集まった7人の男達は、魔法陣の刷られた布の前に立ち、ひたすら祈りを捧げる。神父の唱える祈りの言葉は等間隔で、言葉と言葉の間に1分程度の沈黙を置く。

 1分の沈黙の間、神父の代わりに魔法士達が口を開く。唱える言葉は祈りではなく、魔法の詠唱である。魔法が生まれ長い年月が流れた現代いま、魔法には詠唱が不要とされている。しかし魔法士達は、必要最小限の息継ぎで詠唱を続ける。それも、で。

 人間の魔法士達は、新たな魔法を作り、その魔法を発動する際、詠唱を必要とする場合がある。体内に保有する魔力量が魔族に比べて圧倒的に少ない為、魔法を完成させるまでのローディング的役割として、魔力の代用品として詠唱を使うのだ。ただ、詠唱を使う程の魔法は、大抵が日常では使えないような大掛かり且つ強力な魔法である。


「どうか、ご加護を…………!」


 神父の祈りと魔法士達の詠唱が長引くにつれ、布に刷られた魔法陣が僅かずつだが赤い光を帯びていく。

 薄暗い室内の壁面が段々と赤くなり、男達の体に落ちる影も段々と薄くなる。


「ご加護を……!」


 神父も魔法士も、額に汗を浮かべ、時折声が裏返りそうになる。喉も乾き、息も続かなくなり、心身の疲労が溜まっていく。


「ユリエル様!」


 神父の祈る声が大きく、強くなった時、魔法陣の放つ光が最大まで高まった。

 その時、その場に居た7人の男達だけが、を聞いた。


『貴方達の祈り、確かに届きました。その祈り、その願いに応じ、私から希望を与えましょう』


 聞いたこともないような、知らない女の声だった。鼓膜を通って聞こえる声ではなく、脳内に直接響いてくる、不気味とも言える声である。しかし不思議と、誰もその声を気味悪くは思わず、寧ろ、謎の幸福感と安心感を覚えた。


「おお……ユリエル様……」


 人間界に伝わる神話がある。その神話の中には複数の神々が登場し、それぞれの神を信仰する派閥が存在する。しかしそれらの派閥全てが、共通して信仰する神がいる。

 神の名はユリエル。神話に登場する最高神で、全ての神々のルーツとも言える存在の女神である。全てのルーツとは即ち、各々が信仰する神々のルーツ。故に、ユリエルを信仰しない者は居らず、信仰しない者は野蛮人、或いは魔族紛いと迫害される。

 男達は、そんなユリエルの声を聞いた。"希望を与える"と、確かに聞いた。


『異世界よりの使者を、これよりそちらへ転送しましょう。私の加護を与えた使者が、きっと、あなた達の世界を変えてくれるでしょう』


 7人の男達が作り上げた巨大な魔法陣は、転移魔法をベースにした新たな魔法、召喚魔法を発動する為のものである。魔法陣経由で、異世界からの勇者、或いは勇者に相当する人物を、この世界に召喚する事が目的としている。

 水が足りなければ、川から汲めばいい。

 木の実が足りなければ、木から摘めばいい。

 では、魔族に対する力が人間界に足りなければ、どうすればいいのか。そう考えた末に至った極論が、異世界から召喚すればいい、という話だった。


『唱えなさい、魔法発動の言葉を』

召喚魔法メタストール!」


 魔族は魔法発動の際、詠唱同様に言葉を発することがない。しかし人間は違う。魔法発動の言葉がトリガーとなることで、漸く魔力の操作が可能となる。

 召喚魔法の名はメタストール。人間界で作られた魔法は全て、俗に「旧人類語」と呼ばれる古い言語で名付けられている。メタストールとは旧人類語で召喚の意味を持つ。安直だが、下手に凝った名前を与えるよりは覚えやすい。


「っ! 発動した!?」


 魔法の名を唱えたのは神父。魔法は問題無く発動され、薄暗かったはずの室内は鮮やかな赤い光で埋め尽くされた。

 魔法陣を直視していた男達だったが、その眩さに怯え、咄嗟に手や腕で目元を覆い隠した。

 目も開けられぬ程の眩い光の中で、一体何が起こったのか。それを確認できた者は誰1人として居らず、次にユリエルの声を聞くまで全員が顔を伏せていた。


『前を見なさい。希望は既に、眼前に在ります』


 男達は、怯えつつも、期待を胸に抱きながら、恐る恐る顔を上げて瞼を開いた。


「おお……! 成功だ! 成功したぞ!」


 円形に刷られた魔法陣の中心に、見慣れぬ変わった服を着た少女が居た。ほぼ密室状態で、出入口に鍵をかけていた為、そこに立つ少女こそが"希望"であると悟った。


「……は?」


 ただ、少女は酷く困惑した表情で、男達以上に怯えた様子だった。

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