第6話 少女、死する
死にたい。そう思ったことは、一度も無い。
消えたい。そう思ったことは、何度か有る。
「どっか遊び行く?」
「どこ行く?」
「お腹空いた〜」
「バイト行くぞ!」
「部活休みだから暇だな」
「帰ろ〜」
部活の無い放課後という最大の自由時間を得たクラスメイト達は、各々の活動内容を定め、次々と教室の外へ出ていく。
クラスで一番の明るい女子生徒は、同じグループのクラスメイトを引き連れて、商店街にあるゲームセンターに向かう。
クラス内で出来たカップルは、空腹を引っ提げてショッピングモールへ向かう。
クラスの仲良し2人組は、同じ飲食店の同じ時間に入るバイトへ向かう。
卓球部の3人組は、部活が休みであるにも関わらず、何故か気怠げに教室から出ていく。
元気な帰宅部4人組は、商店街へ向かって色々な店を見て回る。
騒がしく動く教室内で、1人だけ、誰とも話さず、淡々と帰宅の準備を進める女子生徒がいる。女子生徒の名は
友達は居ない。日常会話をする程度のクラスメイトは居るが、華苑はそのクラスメイトを友人とは認めていない。
冷遇はされていない。いじめられてもいない。ただ、そこはかとなく悪い目付きと、イベント事でも高揚感が感じられないダウナーな雰囲気が災いし、他の生徒からはあまり声をかけられない。
華苑自身、人付き合いは好きではない。故に過度に接触を図られるよりは、一定以上の距離を守られている方がありがたい。
「……………………」
口は開かない。特に何も考えない。ただいつも通り、黒マスクを付け、パーカーのフードを被り、イヤホンで音楽を聴きながら帰宅する。寄り道はしない。寄り道してクラスメイトと遭遇などしてしまえば、途端に気分が悪くなるのだ。
可能な限り、1人で居たい。一匹狼を気取っている訳では無く、ただ単純に、
1人で居れば、興味の無い話題に相槌を打つ必要も無く、同調する素振りを見せることもない。1人で居れば、対人に於けるストレスが軽減される。故に、華苑は独りを好む。
「………………」
周囲の音を遮るように、音量を上げたイヤホンで激しめな曲を聴き続ける。人の声も、車の音も、可能な限り全ての音を遮断して、自分一人の世界に浸りたいのだ。
主に聴くのは、アニメの主題歌か、ヴィジュアル系バンドの楽曲。流行りの曲には興味が無く、寧ろ嫌悪さえ示す。好きな人だけが好き、という言葉が相応しいような、決して流行はしていないような曲を好む。
教室から出て、廊下を進み、階段をひたすら下りていくと、薄暗い校舎から外に出られる。そこから更に、外にある階段を下りていくと、学校の裏門に着く。
リュックを背負ってから裏門に着くまでに、聴いていた曲が終わる。しかしすぐに別の曲が再生され、刹那、華苑は裏門から外に出る。
「………………」
マスカレードというバンドの、finaleという曲が再生される。激しめな曲の多いマスカレードだが、finaleは「激しさ」という言葉とは程遠いバラードに仕上がっている。
finaleは、マスカレードが最後にリリースしたシングルのカップリング曲で、その名の通り、マスカレードの結成から解散までの軌跡を綴ったような歌詞となっている。
華苑を含めたファン達は皆、マスカレードの解散宣言に驚愕、絶望した。皆が皆、解散という事実を受け入れきれずにいたのだが、いざfinaleを聴いてみると、皆が皆、涙を流しながら解散の事実を認識した。
華苑にとってのfinaleは、終着点にして、理想である。結成から解散までを綴る歌詞は、さながら出生から死没までの時間とも解釈できる。死にたくなる程の苦難を乗り越え、煌びやかに狂い咲き、幸せなまま
人生の最期に聴きたい曲。或いは、死んだ後に聴きたい曲。数ある名曲の中でも、華苑はfinaleを選ぶ。
(…………)
もう、何も考えない。何も考えなくとも、鼓膜を通り、身体中の細胞に寂寥感が行き届く。同じ方向へ歩く同じ学校の生徒も、真横を通り過ぎる自転車も、車道を走る車達も、全てが視野から外れるような感覚に浸る。
学校を出て暫く進む頃には、イヤホンから流れていたfinaleも、いよいよ最後のサビに入る。
「ぁ……」
横断歩道を渡っていた。すぐ隣に伸びる車道に1番近い、右端に居た。横断歩道の中央付近に居たのは華苑だけで、他の歩行者や学生達はもう少し離れた場所に居る。
(…………死ぬ…………)
対向車線から、トラックが右折してきた。何をそんなに急いでいたのか、スピードを出し、かなり荒い走り方をしている。恐らく運転手は、右折直後に眼前へ現れる横断歩道ではなく、横断する車線の車の流れしか見ていなかった。
「ぐぶっ!!」
運転手は、横断歩道に差し掛かったところで漸く、眼前に歩行者が居ることに気付いた。しかしブレーキが間に合うはずもなく、荷物を詰んだ大きな車体で、横断歩道を歩く華苑を撥ね飛ばした。
接触直後に肩や胴の骨、首を痛め、撥ね飛ばされた後の落下時衝撃により重度の打撲。さらに、着地の瞬間に頭部を強打し、首が曲がった。四肢も折れ、流血しながらぐったりと転がる様は、踏み潰された芋虫が如く無様で、酷く痛々しい。
痛みはあるが微動だにせず、ただひたすら損傷部位から出血し続ける。
痛み故か、呼吸さえ満足にできない。
無理に呼吸を試みれば、喉の奥から血の味が込み上げる。
即死ならば、こんなにも苦しまなかったのだろうか。
「事故ったぞ!」
「ひっ!!」
「うお!?」
「ヤバいって!」
「警察! 救急車!」
撥ね飛ばされた華苑を見て、通行人達は一斉に騒ぎ始める。接触事故発生直後にブレーキを踏んだトラックの運転手は、酷い困惑を患い、車から降りることも出来ずに運転席で震えた。
(…………こんな死に方…………)
イヤホンから流れていた曲は止まり、finaleを聴き終えることは叶わなかった。
人生最期に聴きたい曲。その理想は叶った、と言えなくもないが、このシチュエーションは全く想定しておらず、極めて不愉快な終わり方だった。
通報を受け救急と警察が駆けつけたものの、搬送時点で既に心肺停止状態にあった為、華苑は、酷く醜い姿のまま、顔に布を被せられた。
「おお……! 成功だ! 成功したぞ!」
「……は?」
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