第3話 魔王と国民 #2
墓地から去り、町へ向かう。カノンとシーヴァは徒歩ではなく、乗馬により移動する。
カノンは漆黒の角が特徴的な灰色のユニコーンに、シーヴァは赤い
広い墓地から出て、少しの田舎道を過ぎると、木造の駐在所が見える。駐在所には魔王軍の兵士が居座っており、往来する人々に挨拶をする。駐在所の兵士は腰に剣を提げているが、金属の鎧は纏わず、可能な限り軽装備に抑えているように見える。
「おかえりなさいませ、魔王様、シーヴァ様」
乗馬しているカノンとシーヴァを見つけ、駐在所に居た若い兵士が、腰に提げた鞘から片手剣を引き抜いた。
柄を握る右手を
「ああ、ただいま。引き続き業務を頼む」
「了解しました」
挨拶を済ませると、兵士は掲げた片手剣を鞘に収め、1歩後ろに下がってカノンとシーヴァの経過を見守る。
カノンとシーヴァが駐在所の前を完全に通り過ぎた時点で、兵士は漸く椅子に座り、通常の業務に戻った。
駐在所を過ぎ、さらに短い田舎道を進むと、王国を囲む大きな黒い壁に近付く。そのまま壁に沿うように進んでいけば、デュールの王都、ランダートに到着する。
王都であるランダートは国内で最も繁栄しており、それに伴い住人も多い。特に、ランダートには複数の種族が住んでおり、町を歩けば容姿様々な住人に出会える。
複数種族が住むデュールは、種族別に住めるように町を分別していたのだが、今ではそんな配慮さえ過ぎた世話で、全ての町に複数の種族が住めるようになっているのだが。
「魔王様だ!」
「
町の中を進んでいたカノンとシーヴァだったが、群れを成した子供達の声に進行を中止し、子供達の対応に移行した。
「みんな元気にしてるか?」
「「「元気ー!」」」
「うん、いいことだ。そうだ、ニックは明日が誕生日だったな」
13人の子供達が一斉に現れたのだが、その中に居たニックという獣人の少年を見つけると、カノンは肩に下げていたバッグから小包を取り出した。
「前日で悪いけど、誕生日プレゼントだ」
「プレゼント!?」
目をキラキラと輝かせるニックに、カノンは微笑みと共に小包を手渡す。伸ばした両手で小包を受け取ったニックは、中身知りたさにウズウズとしている。
「チョコレートが入ってる。ニックへのプレゼントだけど、ネリスにも分けてあげるんだぞ」
「っ! 分かった! ありがとう魔王様!」
ネリスと言うのはニックの妹だが、この場には居ない。ネリスはニックに比べてインドア派で、天気が良くても自室で人形遊びをしている。決して病弱な訳では無く、ただ単純に引きこもり体質なだけである。
さらに、ニックとネリスは兄妹揃ってクッキーが好物。特に今回受け取ったチョコレートクッキーは2人の大好物である。元々このクッキーはニックに手渡す物で、今日にでも手渡すつもりだった為、バッグに入れて持ち歩いていた。
「魔王様! 来月は私の誕生日!」
「覚えてるよ。イオーネのプレゼントは……そうだな、茶葉とかは?」
「いいの!?」
「ああ、仕入れておく」
13人の中に居る少女イオーネは、子供ながらも茶葉にこだわりを持つタイプで、利き水ならぬ利き茶が特技である。勿論、カノンはそんなことなど既に記憶している。プレゼントする予定の茶葉も、この場で即座に決定した。
「それじゃ俺は行くから、陽が落ちるまでには帰るんだぞ」
「「「はーい!」」」
カノンと子供達のやりとりは、シーヴァだけでなく、周辺の町の人々も見ていた。それも、誰も彼もが和やかな表情で。特に、比較的近くで見ていたリザードマンの夫婦は、とても穏やかな表情で子供達を見つめ、抱えていたリザードマンの赤子の頭を撫でた。
カノンはゆっくりとユニコーンに進ませ、再びシーヴァはその後に続いた。
魔王。並行し存在する数多の世界に於いて、魔王という存在は力と恐怖の象徴である。時には人間に絶望を与え、時には味方にさえ死の恐怖を与える、悪逆非道の限りを尽くす最低最悪の存在。
道を進めば誰もが跪き、馬に乗れば誰もが逃げ、言葉を発せば誰もが震え、体に触れれば誰もが恐れる。
しかしどうだろうか。このカノンという男は、魔王でありながら「魔王」という立場に似合わない。
道を進めば誰もが挨拶をして、馬に乗れば誰もが見蕩れ、言葉を発せば誰もが耳を傾け、体に触れれば誰もが頬を染める。
同じ国に住む者達の名前と顔を覚え、挙句は好きな物や誕生日まで覚え、時には家族のように接する。品行方正で温厚篤実な、誰もが安心を覚えるような存在である。
カノンも誰も、数多有る異世界の魔王像など知る筈がない。故にカノンという優しい魔王を見ても、誰も何も違和感を覚えない。
そもそも魔王とは魔族の王を意味する。悪人の王ではない。ならばカノンが魔王という肩書きを掲げても、誰も文句は言わない。
尤も、カノンが優しい魔王であるのは、敵と対面していない場合に限るのだが。
「お帰りなさいませ、魔王様」
魔王城……などという立派な
屋敷の前に着くと、1人の若い女性がカノンとシーヴァを出迎えた。
菫のような紫の髪をショートボブにした、僅かに浅黒い肌。凛々しさを前提にしながらも何処か幼さを感じる顔付きと体格に、白を基調としたゴシックなメイド服が良く似合っている。
彼女の名はプラナ。この屋敷のメイド長補佐を務めている。
「ただいま、プラナ。馬を戻したらリビングに向かうから、お茶を煎れてくれるか?」
「承知しました」
「……いや、やっぱちょっと待って」
馬を降りかけたカノンだったが、寸前で留まる。プラナとシーヴァは無言のまま、カノンが言葉を紡ぐのを待つ。
「全員分のお茶請けはあるか?」
「っ! はい、ございます」
「よかった。だったら…………」
直後、カノンの足下に複雑な魔法陣が展開され、カノンは魔法を発動した。
『魔王軍幹部一同に告ぐ。現時刻から1時間程度予定が空いている者に限り、早急に俺の家に集まってくれ。返事は不要だ』
カノンが発動した魔法は、無属性の1つ、交信魔法。これは魔王軍幹部のみが使用できる特別な魔法であり、魔法有効範囲は国を覆う壁の内側に限られる。ゆくゆくは魔法を改良し、もっと広い範囲で使えるようにしたいと考えている。
交信魔法とはその名の通り、特定人物間での交信を可能とする魔法である。ただこの魔法、携帯電話というより無線に近く、使用者Aと使用者Bが同時に発言することはできない。
交信魔法は一方通行。発信者から声は送れても、受信者からの声を聞くことはできない。会話をしたくば、交互に魔法の発動と解除を繰り返す必要がある。正に無線が如く、微妙に不便な魔法である。
「お茶はみんなが集まってから出してくれ。お茶請けもその時に……」
「承知しました。これよりお湯を沸かします故、お先に失礼致します」
プラナは髪とスカートを揺らしながら振り返り、若干急ぎ足で屋敷の中へ向かっていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます