第2話 魔王と国民 #1

 白塗りした煉瓦で塀を作り、貴族の屋敷が4つは入るであろう広い空間を設ける。地表には様々な草花を生やせているが、僅かに獣道のような凹みがある。

 視野一面に広がる緑の中に、等間隔で白い墓石が立てられている。そのどれもが背が低く、全てに死者の名が刻まれている。まだ全面を埋めては居ないが、既に敷地の4割程度には墓石が立つ。

 墓石のどれもが新しく、塀もまだ新しい。それもそのはず、この墓地は完成されてからまだ日が浅いのだ。にも関わらず、4割は既に埋まった。

 即ち、この広い空間の4割を埋めてしまう程に、短期間で数多くの死者が出た、ということである。


「ビシュア・メンテロー……ゆっくり休め」


 現状、一番最後に立てられた墓石には、ビシュア・メンテローという男の名が刻まれている。享年は21。

 ビシュアの墓石の前には、墓参りに来た若い白髪の男が1人。男は高級そうな黒のスーツを纏っているが、服が汚れることなど厭わず、地に膝を着いて墓石に優しく触れる。

 白髪の男の隣には、付き添いであろうスーツ姿の老人が居るが、老人は膝を曲げることなく、直立したまま墓石の前で目を閉じる。


「対勇者戦にて計27名が死亡……被害としては抑えられた方でしょう」

「いや、多すぎる。俺が勇者一行の技量を甘くみてしまった。もっと堅実に対策をしていれば、1人の犠牲も出さずに勝利できた筈だ」


 老人の発言を否定し、白髪の男は眉を顰めた。

 ビシュアを含め27人が、先日発生した戦いで命を落とした。戦いの内容は、勇者と呼ばれる存在との対戦である。

 この白髪の男と老人は、人間と同じ外見をしているが、人間とは違う道を歩む魔族の一員である。30年ほど前から始まった人間と魔族の戦いに終止符を打つ為に、人間は同胞の中から1人の勇者を決め、魔族撲滅を目標として武力を以て対峙した。

 勇者という存在は人間の中では極めて優秀な部類にあるらしく、並大抵の魔族が戦っても即座に返り討ちにあう。

 そしてどうやら白髪は、そのという基準を低く見積もってしまったらしい。白髪は自身の考えの甘さを痛感し、墓参りに来ている今でも、その腹の中では後悔と憤怒が渦巻いている。


「ご自分を責めるのはお止め下さい。この戦いに於ける前提そもそもの原因は人間にあります故……」

「そう言ってくれると助かるよ……今日は少し冷える。帰ってお茶にしようか」

「承知しました、魔王様」


 魔族を統べる長にして、勇者を殺めた張本人である魔王。この白髪の青年カノンこそが、魔王その人である。様々な種族が統合した魔族の中は希少な「純血」の魔族であり、また、魔族全体を見ても極めて稀な白髪の地毛を生やしている。純血故にエルフ等の血は体内に無く、実年齢と外見は比例している。

 付き添っているこの老人は、カノンの屋敷の執事長を務めるシーヴァ。シーヴァの髪も加齢が原因でそれなりに白いのだが、元々の髪色は紫であったらしい。日光の下で改めて髪を見つめれば、白い髪に僅かながら紫が感じられる。シーヴァもまた純血だが、シーヴァの世代は純血が多かったこともあり、あまり希少という訳では無い。

 カノンとシーヴァは墓の前から離れ、墓地の出入口へと向かっていく。すると前方に、聖職者が如きローブを纏った2人組の男が見えた。

 男達は共に魔族だが、豚のような鼻と大きな牙、それと人とは思えぬ緑色の肌が特徴的で、カノンやシーヴァとはとても同胞には見えない。それもそのはず、複数種族が統合した魔族には、人間とは違う外見の者達が幾人も存在する。

 2人組の男達はオークで、体力にとても自信がある種族である。昔のオークは気性が荒かったのだが、統合後に徐々に落ち着いていき、今では温厚なパワータイプ種族として認識されている。


「これはこれは魔王様! 本日も足を運んで下さりありがとうございます!」


 2人組のオークがローブを揺らしながら、墓参りを終えたカノンとシーヴァに駆け寄った。

 背が低めな小太りの中年オークが先頭を走り、後に続くオークはまだ若い。

 中年のオークは墓地の管理人で、若い方は清掃や事務作業等を行う従業員である。従業員は他にも数人居るが、今日のこの時間を担当するのはこの若いオークのみで、管理者の中年は偶然訪れていた。


「本日はどちら様のお墓参りに?」

「……先日の、勇者戦で犠牲になった者達に会いに来ました」

「そうでしたか……墓標を立ててから初の来訪者が魔王様とは、彼等も喜んでいることでしょう」

「鎮魂魔法の使えない俺には、このくらいしかできませんから」


 無属性魔法の1つ、鎮魂魔法は、墓地の管理人やその関係者、及び魔王軍の幹部レベルの一部魔法士しか使用できない魔法である。鎮魂魔法は、遺体に残留した魔力を完全に消滅させ、且つ、遺体の腐敗と分解を促進させる効果がある。

 埋葬後に鎮魂魔法を行わず放置した場合、残留した魔力に吸い寄せられた魔獣が墓を荒らす可能性がある。最悪の場合は、残留した魔力が遺体を突き動かし、自力で墓から外に出る可能性が僅かにある。その場合は遺体に意識が無い為、知能皆無のゾンビとして徘徊してしまう。

 各墓地にはそれぞれ管理人が存在し、新たに墓が立つ度に、管理人がその墓の下に眠る遺体に鎮魂魔法を使用する。勇者戦にて死亡した者達の鎮魂は既に完了している為、管理人達は墓石の拭き上げやお祈り程度しかすることは無い。


「明後日にまた来ます。マイルズさん一家の火災から半年が経ちますから」

「かしこまりました。でしたら、お香はこちらの方でご用意致しましょう」

「ありがとうございます。それでは、俺はこの辺で失礼します」


 両者は軽く会釈を交わし、カノンとシーヴァはオーク達の隣を過ぎる。2人組のオークは、去りゆくカノンとシーヴァの背中に再度深く一礼し、3秒程度経ってから頭を上げた。


「相変わらず真面目で几帳面なお方ですね、魔王様は。こんなにも頻繁ににお墓参りに来られるのは魔王様くらいですよ」


 若い方のオークが、半ば呆れているかのように言った。


「亡くなられた方の顔も名前も、さらには没年月日までもを記憶する。常人にはできませんな」


 カノンは明後日、マイルズという一家の墓参りに訪れる。マイルズ一家はカノンの親戚、或いは深い知人……という訳では無い。しかしカノンは墓参りに来る。

 マイルズ一家だけではない。自身の統べる王国デュールに住む者達のことを、カノンは1人も漏らすことなく記憶している。顔と名前は勿論記憶し、その家族構成も記憶している。また、国民が墓の下に眠る度に、没年月日と死因も記憶し、死後は定期的に墓参りを行うようにしている。

 幼少期に両親を病気で亡くして以降、カノンは同じ屋根の下で暮らす者だけでなく、同じ国に住む者達全員を自身の家族として認識するようになった。「魔王候補」から本当に魔王になった今でも、その考えは変わっていない。


「だからこそ魔王なのだよ、あのお方は。生ける人々だけでなく、死する人々のことも深く愛する。その技量が無ければ王になどなれんよ。少なくとも、魔王様の優しさに呆れるようなお前は、他人ひとの上に立つべき者ではないな」


 呆れる若いオークを中年オークが一蹴した。しかし若いオークは反省の素振りなど見せず、さらには自身の意見を紡いできた。


「ですがここまで慈愛の深い方ですと、最早魔族の王というより、神様のようですね」

「ならば、さしずめ勇者の死は、我々を傷付けた罪に対する天罰か…………っと、立ち話はここまでだ。我々は我々の仕事をするぞ」


 魔王であるカノンに感服することは、国民の仕事ではない。オークの2人組は自分達に課せられた仕事をこなすため、遠のいたカノン達に背を向けた。

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