第4話 魔王と国民 #3

 王都ランダート、ルヴァリエ邸。魔王及び貴族のみ許された広い敷地と、その敷地内にずっしりと構えた大きな屋敷。その屋敷の中に、魔王であるカノンは住んでいる。血縁上の家族は居ないが、執事とメイドが複数人働いている為、屋敷の中は常に誰かが居る。時折たまに来客などが訪れることもあるが、大抵が少人数か、或いは複数人の子供程度である。

 しかし本日は、カノンの命令により5人の魔王軍幹部が集められている為、普段の来客に比べ屋敷の空気が少々重く感じる。

 命令を受けた5人の幹部は、1人も欠けることなく出席。屋敷内にある客間に集合した。客間には他に、カノンと執事長シーヴァ、メイド長補佐のプラナが出席し、シーヴァとプラナは紅茶とお茶請けの配布を行った。

 カノンと、集められた5人の幹部は、客間の長机の前に置かれた椅子に座る。シーヴァとプラナは自分達の立場を考慮し、カノンの後方壁際にて立ったままこの空間に溶け込んだ。


「突然の呼び出しに答えてくれてありがとう。早速だが本題に入ろう」


 カノンからの呼び出しは、決して珍しいことではない。言わば、定例会議のような感覚である。しかし大抵の場合は、集合の数日前に呼び出しが入る。今回は数日前ではなく当日の急な呼び出しであった為、集められた幹部達は皆「一体何を話すのか」と若干緊張していた。


「そう遠くないうちに勃発するであろうに備え、各々が管轄を務める部隊の戦力強化をお願いしたい」


 次の戦闘。カノンの発言に、その場に居たシーヴァ以外の全員が息を飲んだ。


「次の戦闘とは、つまり……新たな勇者が現れるということですか?」


 真紅の体毛を全身に纏った、若いワーウルフが言った。この男、もとい狼は、魔王軍後衛部隊の隊長を務めるシャズア。

 シャズアはカノン同様に背が低めで、メイドのプラナにさえ比肩しない。得にワーウルフの場合は高身長の個体が多い為、同胞と群れればその背の低さが目立つ。

 この体格の原因は遺伝子的な話である。何せシャズアは純血ではなく、魔族とワーウルフのハーフ。体の半分がワーウルフでなければ、体格に影響が出るのも仕方がない。


「そう。人間とは過ちを繰り返す生き物だ。それが敗北の歴史であれば尚更。遅かれ早かれ勇者、或いは勇者に代わる勢力を伴い再来するだろう」

「……その話に関して、私から報告があります」


 緑色の髪を鳩尾付近まで伸ばした、細身の男が静かに挙手をした。この男は、魔王軍諜報部隊の隊長を務めるベイルズ。


「1時間程前、人間界へ潜伏している同胞より情報が届きました」

「聞かせてくれ」


 ベイルズはシャズアのようにハーフなのだが、ワーウルフではない。ベイルズは魔族と、蟲種インセクトのハーフである。

 通常のインセクトは、人間大の虫という強烈な容姿をしている。そんなインセクトと、人間と同じ見た目をした魔族のハーフということだが、ベイルズは幸運にも人間と同じ見た目で生まれてきた。

 もしも運が悪ければ、虫と人を融合したような、極めて不気味で醜怪な姿であったのだろう。

 さてそんなベイルズだが、普段はインセクトとしての利点を活かした諜報活動をしている。ベイルズは普通の虫に対して命令を出せ、使役する力を持つ。仮にそれが小さな蚊であったとしても、「あいつの血を吸え」と命令すれば蚊は従う。

 今現在は、人間界に棲息する虫達に諜報を命令している。そして今日、人間界にて活動中の蝿からある報告が入った。


「今現在、勇者を排出した町の教会内にて、詳細不明の巨大魔法陣が生成されているとのことです」

「魔法陣?」

「はい。現状から判断できる構造として、転移魔法の類かと推測されます。或いは転移魔法を素体とした新魔法の可能性も十分にあります」

「転移魔法……了解した。引き続き諜報を頼む。何か進展があれば即座に報告してくれ」

「承知しました。報告は以上です」


 新種の魔法を製作すること自体は、人間にも一応可能である。しかし大抵、人間が新魔法の開発に成功した時には、既に魔族はの開発に成功している。

 今回の新魔法も、それほど恐れるものでは無いのかもしれない。ただ一応、人間が謎の行動を見せたということもあり、ベイルズは報告をした。


「では、儂からも宜しいか?」


 客間に集められた幹部一同。その中で最も背が低く、最も幼い容姿をした女性が、ゆったりと挙手をした。この女性は魔王軍医療部隊の隊長を務めるメレ。

 紺色の髪をツインテールにして、プラナ以上にフリルの多いゴスロリ衣装を纏う。その外見は少女そのもので、10代前半にしか見えない。その一人称は「儂」であり、一見すると不釣り合いである。しかしその不釣り合いには理由がある。

 メレは、純血のエルフなのだ。ハーフエルフの場合なら、100歳を超えても40代前後の外見を維持する。しかし純血であるエルフの場合は、100歳を超えてもその外見は20代前後。

 メレの実年齢は、139歳。それでも尚、幼い姿を保っている。普通のエルフよりも明らかに肉体年齢が若い。しかしその知識量は年齢に伴っており、いつの間にか一人称も「儂」になっていた。

 所謂、ロ○BBAというものである。


「勇者の取り巻きをしていた魔法使いの小娘が、色々と情報を吐いてくれたぞ」

「……取り巻き?」


 何それ、聞いてない。とでも言いたげな顔を浮かべたカノン。更にはその場に居たメレ以外の全員も、訝しげに眉を顰めた。


「なんじゃ、言っておらんかったか? 取り巻きの遺体を1人分回収しておったのじゃが……」

「聞いてませんよ……」


 とぼけるメレに、カノンは酷く呆れた様子で溜息を吐き、気を取り直す為か、1口にしては少し多めに紅茶を飲んだ。

 実は先日の勇者戦が終わった後、メレは勇者一行の1人である魔法士の女性をしていた。魔法使いは勇者同様に死亡していた為、一切抵抗させることなく回収できた。

 医療部隊である以前に、メレはマッドサイエンティスト。自らの知識と技術を用いれば、回収した遺体の脳と声帯、肺や心臓を動かし、遺体の口から直接情報を抜き取ることができる。今回もまた、魔法使いの遺体を動かし、本人の口から諸々の情報を吐かせた。


「すまんのぉ、年齢としを喰うと物忘れが激しくなる」

「エルフの中じゃまだまだ若者でしょ、あなたは」

「バレたか……まぁよかろうよかろう。改めて報告しようか。件の小娘の話によると、先日来訪した勇者の小僧だが……どうやら、本命ではなかったらしいぞ」


 勇者は、本命ではなかった。その衝撃的とも言える事実を聞かされた幹部一同は驚愕……しなかった。寧ろ、カノンと同じように呆れてしまった。

 勇者戦にて来訪した勇者一同は、人間側の最終兵器ではない。本格的に魔族へ攻め入る為の駒は、未だ手元に残している。

 とは言え、ただの捨て駒だった訳ではないらしく、先日の戦闘にて魔族を壊滅させられれば、それでよかった。故に本命ではなくとも、それなりに強い者を選出し、前座とした。


「やっぱり……思った通りだ」


 魔王軍幹部は、誰一人として勇者と対峙していない。何故ならば、幹部と対峙させる前に、カノンが1人で勇者を殺した。捨て駒である可能性を既に想定していた為、魔王軍の戦力を隠したまま勇者と対峙した。

 本命ではない可能性は、ベイルズの諜報と、実際に対峙した前衛部隊の戦況報告からある程度想定していた。しかしいざそれが真実だと知れば、27名の戦闘員を死なせてしまったことが、酷く悔しい。

 本命でなかったなら、初めからカノン1人で、或いは幹部数人で囲めばよかった。そうすれば魔王軍は、1人の犠牲も出すことなく戦いに勝利していた。


「ならば、次に訪れるのが本命……ということか」


 茶髪リーゼントの筋肉質な男、ガノードが言った。ガノードは魔王軍前衛部隊の隊長を務めている。

 ガノードは獣人ビーストと魔族のハーフなのだが、どうやら魔族の血が濃いらしく、シャズアと違い人間の外見を維持している。

 実年齢で言えばメレが最年長だが、次いでガノードが年長者になる。40歳という年齢に容姿も比例しており、傍から見ればガノードが最年長に見える。


「本命だろうが前座だろうが関係ありませんよ。勇者という肩書きを伴っても所詮は人間。戦略にさえ気を使えば敗北はありえません」


 銀髪ツーブロックの若い男、ノクトーが言った。ノクトーは魔王軍護衛部隊の隊長を務めている。

 椅子に座るノクトーの傍らには、ライフルのような形状の魔道具が置かれている。ノクトーは日頃から戦闘に備えている為、武器であるこの魔道具を常に持ち歩いている。


「戦場に於ける詳細な配列や戦術は各部隊に任せるつもりだが……何せ、相手の人数も戦力も現状は分からない。それとベイルズの報告にあった巨大な魔法陣も気になる。よって、当面は戦力増加に今以上の時間を割いて欲しい。魔法陣の内容と本命の戦力……それらが判明次第、早急に対応する」


 発言を終えると、カノンはお茶請けに用意されていたパイを1口味わう。


「……魔王様、少し思うのですが」


 紅茶を飲み干したシャズアが挙手し、口内にパイが残っていたカノンは「ん?」と軽い返事をした。

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