第77話 三文芝居の夢の後


 家に着いたのは午後八時を回っていた。駅の傍まで桂さんの家の車で送って貰った。降り際に桂さんが


「悠斗さん、急がなくていいんです。急な心変わりは出来ないですから。でも最後は私の所に。おやすみなさい」

「…さよなら」


 車が遠のくのを待ってから家に向けて歩き始めた。


 なんて事をしてしまったんだ。いくらストレスが溜まっていたとはいえ。それに彼女は初めてだった。


 全てが終わった後、桂さんは優しく微笑みながら何も言わず俺の胸に顔を付けていた。時間を気にするともう少しと言って結局この時間だ。


 今から思えば全く全員がグルだったんだ。しかしそこまでして俺を…。どう考えればいいんだ。俺の何処にそんな価値がある。


 考えている内に家に着いた。


「ただいま」

「お兄ちゃん、お帰りなさい。遅かったじゃない。どうしたの?」

「ちょっとな」

「ダイニングにご飯用意されているよ。まだお父さんも帰って来ていないから」

「そうか」



 お母さんは何も聞かなかった。食事が終わり風呂に入ってから自分の部屋に戻ってベッドに横になると


 さて、どうしたものか。俺は沙耶と付き合い始めた。でも彼女とはキスまでだ。このまま彼女と付き合い続けるか、それとも一度リセットするか。彼女とは合わない気がする。でも丁寧に説明しないと。


 だからと言って桂さんと付き合う気に今は無い。今日の事も怒る気もない。彼女自身の精一杯の芝居だったんだろう。しかもクラスの友達や親まで巻き込むとは。大した見込まれ方だな。


 明日は午後三時から沙耶と矢田さん、遠藤さんとクリパだけど…。まさか彼女達は何も仕込んでないよな。



 翌朝、午前中は稽古に行ったが、心の揺れが出たのか、先輩から随分言われてしまった。家に戻ってシャワーを浴びてから沙耶に連絡した。


 

 午後三時からのクリパは学校の有る駅の傍にある昨日行ったカラオケ店だったので近くにあるファミレスで食べようと誘ったが、彼女がどうしてもと言うので沙耶の家で食べる事になった。


「悠斗、クリパ終わったら私の家に来ない」

「えっ、でも」

「明日まで待ちたくない」

「無理だよ。明日で良いじゃないか」

「でも、何故か不安なの」

「明日にしよう」

「…分かった」



 沙耶と二人で矢田さんから連絡の有った昨日も来たカラオケ店に行くと店員さんがチラッと俺の顔を見たけど、直ぐに視線を逸らした。


 矢田さんの名前を言うと部屋番号を教えてくれたので…。あれ昨日と違う。確か一人一品頼むんじゃなかったっけ?


「どうしたの悠斗、行こうか。あっ、その前に飲み物持って行かないと」

「分かった」


 沙耶と二人で飲み物を持って言われた部屋に行くと、何と矢田さん、遠藤さんそれにクラスの女子が五人もいた。部屋に入って直ぐに


「矢田さん、俺以外に男子来るんだよね?」

「それが…。ごめんね。集まったの女子だけだった。でもいいでしょう」

 

 遠藤さんが

「それより早く始めよう。柏木君真ん中に座って」



 沙耶が俺の左隣に座ると右隣りに矢田さん、周りに五人の女子が座った。矢田さんが

「クリパ兼ねて普段お話できない柏木君との親交だよ。楽しもう」

「「「「「はーい!」」」」」


 皆さん、乗りが良いですね。


 歌を全く知らない俺は、女子達の歌を聞いていたが、みんな上手い。デュエットやトリオで歌う時もある。


 俺は歌番組は見ないので、何を歌っているか知らないが、みんなとても上手く聞こえた。


 沙耶は俺の顔をずっと見ながら恋愛関係の歌を歌っていた。とても上手かったけど全然分からなかった。



 一時間位あっという間に過ぎた。矢田さんが

「せっかくだから座る所シャッフルしよう。後、ドリンクのお代わりしようか」

「「「「「うん!」」」」」


 俺は昨日の件も有るのであえて沙耶と一緒にドリンクのお代わりを取りに行った。他の子達も一緒に来たけど、流石にこれだけいると昨日のような事は無かった。



 午後五時になり予定通りにクリパも終わって解散となった。俺と沙耶は帰る方向が逆なので駅で見送った後、帰ろうとしたところで、

「柏木君」


 振り返ると矢田さんが立っていた。

「帰ったんじゃないの?」

「うん、そのつもりだったんだけど、もう少し柏木君と話したくて」

「気持は嬉しいけどそれは出来ないよ」

「そうなの。狡いなー。昨日は桂さんと楽しい事をしたくせに」

「えっ?!」

 何でそれを知っている?



「ふふっ、別に誰にも言わないわ。柏木君が素直にしてくれれば」

「どう言う意味?」

「そういう意味よ」


「無視したら」

「柏木君。君は頭がいいでしょう。図書室で既に榊原先生からイエローカードを貰っているじゃない。ここで塚野さんという人が居ながら、桂さんと楽しい事をしたなんて噂が流れたら…」

「卑怯だぞ」


「私は卑怯は事なんかしないわ。塚野さんはあなたに合わない。みんな思っている。だからベースを変えましょう。私か桂さんか。どうかな?」

「断る。俺は自分の責任は逃げない。好きにすればいい」

「ふふっ、塚野さんはどうなるの。考えなくても分かるわよね」

「っ!」


「さっ、ベースを変えましょう。新しい関係の構築の為に」




 ふふっ、これで柏木君と一歩踏み出せた。塚野さんはもう除外してもいいだろう。遠藤さんはどう出るか分からないけどあの子に力はない。


 しかし桂さんもやるわね。クラスの仲のいい友達まで協力して貰うなんて。渡辺さんだけがライバルと思っていたけど飛んだ伏兵だわ。


 桂さんの力は侮れない。今日の私と柏木君の事ももう知っているだろう。さてどうするか。



 俺は自宅に戻ると少し遅くなったが、翌日体調不良を理由に沙耶と会えないと連絡を入れた。しつこく理由を聞いて来たけど、体調がすぐれないと言う事で会う事を固辞した。


 全く状況が分からない。矢田さんが何故昨日の桂さんとの事を知っているのか。何処クラスの友達までがグルなのか。何をどう考えればいいか分からなくなって来た。


―――――

次回をお楽しみに。

面白そうとか、次も読みたいなと思いましたら、ぜひご評価頂けると投稿意欲が沸きます。

感想や、誤字脱字のご指摘待っています。

宜しくお願いします。


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