第45話 陽子ちゃんと二人で


 今日は八月二十日。待ちに待った悠斗お兄ちゃんと一緒に遊園地行く日だ。梨花ちゃんとは話をしている。


「梨花、行くぞ」

「待って。ちょっと先に出ていて。直ぐに追いかけるから」

「待っているよ」

「いいの。先に行って。改札で陽子ちゃん待っているから。お兄ちゃん早く行かないと心配しちゃうよ」

「分かった」


 梨花の奴、どうしたんだ。でも陽子ちゃんを改札で待たせるのは良くない。歩いて五分。直ぐに着いた。


「おはよう、陽子ちゃん」

「おはようございます。悠斗お兄ちゃん」


 二人で待っていると、中々梨花が来ない。仕方なくスマホで連絡すると

『少し遅れるから先行って。私も着いたらスマホで連絡する』


「悠斗お兄ちゃん。そろそろ行かないと開園に間に合いません」

「でも」

「行きましょう」

 本当はここで手を引けるくらい私に勇気が有れば良いのに。


「お願いします。もう行きましょう。早く遊園地に行きたいんです」

「分かった。ちょっと待って」

『梨花。じゃあ、遊園地着いたら入口で電話くれ。迎えに行く』

『分かったから』

 ふふっ、これで今日は陽子ちゃんはお兄ちゃんと二人きり。



 電車は、まだ夏休み真っ只中。まだ、午前八時半だというのにそれなりに混んでいたけど、二人で座る事が出来た。


 よく見ると陽子ちゃんは、オレンジのプリントの付いたTシャツとデニムのショートパンツそれに白のスニーカーだ。少し足がまぶしいけど遊園地に行くには良い格好かも知れない。


 陽子ちゃんと途切れ途切れだけど、適当に話をしながら乗っていると遊園地のある駅に着いた。俺達が乗っていた車両からも大勢のというか、ほとんどの人が降りた。



 チケット売り場は、もう人だかりだ。ここで待っていればその内梨花も来るだろうと思っていたけど来ない。


 チケットカウンタで入場券を二枚買って入口でチケットを見せて中に入った所でポケットに入れてあったスマホが鳴った。画面を見ると梨花だ。着いたのかな?出ると


『お兄ちゃん。今日、ちょっと重くなっちゃって行けない』

『重くなった?』

『女性特有のもの』

 ああ、あれか。しかし梨花が来ないという事は


『お兄ちゃん、陽子ちゃんと二人で楽しんで。じゃあね』


 切られた。図られたかな?でも俺には分からない事だし。


 ふふっ、これで悠斗お兄ちゃんとは二人きり。梨花ちゃんありがとう。



「あの、悠斗さん」

「梨花、来れないんだって」

「私と二人きりでは駄目ですか?」

 やはりな。仕方ないか。


「分かった。二人で楽しもうか」

「はい!後一つお願いがあるんですけど?」

「なに?」

「悠斗お兄ちゃんって呼び方好きなんですけど、ここでは悠斗さんって呼んでも良いですか?」

「いいけど?」

「本当ですか!嬉しいです。悠斗さん」

 軽く受けすぎたかな?


 さて、ここまで段取りしたんだ。陽子ちゃん頑張って。



「陽子ちゃん、最初どれに乗る?」

「あれ?」


 指差したのは、この遊園地でも売り物の二回転ループやひねりが連続するジェットコースターだ。高速でも有名な乗り物だ。大丈夫かな?


「陽子ちゃん、大丈夫?」

「はい、多分」


 早速、チケットを買って並んだけど直ぐに順番が来た。階段を上がって搭乗口に着いて並んでいるとコースターが入って来た。前から三番目。中々の位置だ。陽子ちゃんを先に乗せて俺が次に乗った。


 二人で両肩掛けのレーサーシートベルトをしっかりと締めて、腰のシートベルトも締めると上から安全バーが降りて来た。


「結構、しっかりとしていますね」

「そうだね。結構早いからこの位しないと飛び出すんじゃないか」

「と、飛び出す!」

「あははっ、実際にはそんな事ないよ」


 そんな事を話していると動き出した。


 ガタン、ガタン、ガタン。


 上昇角度が急になって来る。

「悠斗さん。なんか高いですけど」

「それは、そうだけど」


 頂点に達すると前が見えない。そして真っ逆さまに落ちていく様な感覚に襲われた。


「きゃーーーーーーっ!」


 陽子ちゃん目を閉じて、必死の叫びを。


 左に捻りながら半回転を二回


「きゃーーーーーーっ!」


 右に捻りながら半回転を二回


「きゃーーーーーーっ!」


最後は垂直回転を二回


「きゃーーーーーーっ!」

「きゃーーーーーーっ!」


 段々、緩い速度になって軽くスーッとスタート地点に戻った。安全バーが上がった。俺がシートベルトを外すと陽子ちゃんは…。目を閉じたままシートベルトを掴んでいる。


「陽子ちゃん。降りるよ。…陽子ちゃん?」

「シ、シ、シートベルト外してくららい」

 完全にろれつが回っていない。仕方なしに彼女の体を覆う形になるけど全部のシートベルトを外すと


「そっち側に降りて」

「…持ち上げて下らい」

「えっ?!」

 まだ目を閉じて下を向いている。


 仕方なしに腕を持って立ち上がらせると陽子ちゃんは何とか反対側に立った。俺も急いで反対側に行くと

「ゆっくりで良いから階段降りようか」

「はい」


 俺が腕を掴みながら陽子ちゃんはゆっくりと一歩一歩階段を降りていく。数人同じ様になっている人が居る。


 下に降りると

「あそこのベンチに座ろうか」

「はい」


 このベンチこれ様かな?都合のいい所に置いてある。


 陽子ちゃんがゆっくりと座ったので俺が彼女の腕を離すと、また俺の腕を掴んで体を寄せて来た。

「ご、ごめんなさい。少しこのままで」

「良いけど」


 演技で無いんだけどこうなってしまった。お陰で予定外に悠斗さんに抱き着く事が出来た。彼の匂いが一杯する。このままずっとこうして居たい。


 十五分程してから

「悠斗さん、済みませんでした。ちょっと油断しました」

「やっぱり苦手だった」

「あんなに凄いとは思いませんでした」

「じゃあ、もう少し休む?」

「いえ、次に行きましょう。せっかく来たのですから」


 何故か俺の手を掴んだまま立ち上がった。

「あの?」

「えっ?」

「手」

「あっ、ごめんなさい」


 やっぱり駄目か。また今度。


 陽子ちゃんが選んだのはメリーゴーランド。馬車に二人で乗ったけど恥ずかしい。


 次は、コーヒーカップ。陽子ちゃんがハンドル回し過ぎて目が回り、立ち上がった時、また俺の腕にしがみついて来た。


「す、すみません」

「大丈夫?」

「もう少しこのままで」


 また、近くのベンチで十分程休んだ。陽子ちゃんはバッグの中から水のボトルを出してキャップを開けて飲むと

「悠斗さんも飲みますか?」


 そのボトルを差し出して来たので

「うん、まだいいや」

「そうですか」

 流石に無理か。間接キスになるからね。でもまだいいやって…。



「今度は何処に行く?」

「少し歩いて見ましょう」

「そうだね」


 遊園地は広い。

「あれ良いですか?」


 二人乗り飛行機が真ん中の軸を中心に回転する。どちらかと言うと小中学生向けの様な?

「いいけど」


 好きな飛行機に乗って良いと係員が言うので陽子ちゃんが選んだのは水色。彼女を先に乗せて俺が乗り、腰のシートベルト付けると、係員の動きますの声で動き出した。


 ジェットコースターの様な凄い速度でも激しい運動もない乗り物だ。

「悠斗さん、素敵です。遊園地の中が良く見えます」

「そうだね」


 確かに上の方に行くと結構遠くまで一望出来る。それに軽く上下しながら動くので気持ちいい。


 やがて地上にゆっくりと止まると

「とても楽しかったです」

「それは良かった」

「悠斗さんは楽しくなかったんですか?」

「そんなことないよ。とても楽しかったよ」

 周りの子供も喜んでいるんだけど。



「陽子ちゃん、そろそろお昼にしようか」

「はい」

 今日は俺の小遣いでは流石に足らないのでお母さんより援助して貰っている。梨花を含めて三人分だから余裕がある。



 併設されているレストランに入った。入り口でメニューを選んでチケットを買ってテーブルに座ると店員さんが水のグラス持って来てチケットの半券を切って持って行く。


「悠斗さん、来て良かったです。とても楽しいです」

「うん、俺も楽しいよ」

「これからもこうして二人で出かけられると良いんですが…」

「そうだね。でも梨花も一緒の方が良いんじゃないの。俺と二人だけだと…」

「そんな事ない。私は悠斗さんと二人で!」

「こ、声大きい」


 周りの人が何事かと一度だけ見たけど、直ぐに元に戻った。


 陽子ちゃんはとても可愛くて優しい子だ。優子に似ていなかったら俺も考えたかもしれない。でも彼女の笑顔はそのまま彼女に繋がってしまう。


 もしこの子と付き合うとしたら、完全に優子の事を心の底から立ち切れる時だ。俺にはまだそれが出来るほど心の整理は出来ていない。


 そこに丁度注文の品が来た。良かった。俺が頼んだのはハンバーグ定食。陽子ちゃんはサンドイッチセットだ。

 食べる事で会話が変わった。良かった。



 お昼を食べて、少し休んでから、また色々なアトラクションに挑んだ。その度に抱き着かれたけど。


 そして陽が落ちる少し前に彼女が選んだのは定番、観覧車だ。Web案内で見たけどここの観覧車とても大きい。


 二人で向かい合って乗った。

「悠斗さん綺麗です。遠くの山まで良く見えます」

「うん、綺麗だ」


 四分の一を過ぎた所で

「悠斗さん、そっちに行っても良いですか?」

「でも、バランスが」

「大丈夫です。ほらっ」


 ささっと来られてしまった。二人で座ると結構くっ付く。そして彼女は景色を見る事も無く、俺の顔をジッと見ている。


「悠斗さん。私じゃ駄目なんですか?」

「……………」


「姉と顔が似ているからですか?」

「……………」


「私は姉とは違います。絶対に決して悠斗さんを裏切る様な事はしません」


 彼女はゆっくりと俺に抱き着いて来た。避けようがない。そして俺の顔を下から見上げると目を閉じた。


 俺だって陽子ちゃんが何をして欲しいか位分かっている。でも今は無理だ。目を閉じたこの顔なんて優子そのものだ。


 でもここまで勇気を出したこの子を無下にするのはあまりにも失礼だ。だから優しく包むと


 そっとおでこにキスをした。


 彼女が目を開けて驚い顔で俺の顔を見た。俺は直ぐに彼女を抱きしめて


「陽子ちゃん。気持ちは良く分かった。でも俺の狭量な心ではまだ君の心を素直に受け入れるほど気持ちが整理出来ていないんだ。だから…」

「待ちます。ずっと待ちます。悠斗さんの心の整理がついて私に心を開いてくれるまで」

「陽子ちゃん…」


 彼女が思い切り俺を抱きしめて来た。それから少し経って元の位置に戻った。



「もう時間だ。帰ろうか」

「はい」


 いつの間にか繋がれていた手を振り解く気持ちにはなれなかった。


―――――

次回をお楽しみに。

面白そうとか、次も読みたいなと思いましたら、ぜひご評価頂けると投稿意欲が沸きます。

感想や、誤字脱字のご指摘待っています。

宜しくお願いします。

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