第44話 平穏な時間は誰にも必要


 プールから帰ったその日の夜、夕食を皆で食べて風呂にも入って自分の部屋でゴロゴロしているとスマホが鳴った。画面を見ると塚野さんからだ。


『もしもし、柏木君』

『はい』

『塚野です。今日はプール一緒に行ってくれてありがとうございました。とても楽しかったです』

『俺も楽しかったよ』

『柏木君、この後の夏休みって予定入っている』

『うん、色々と』

 本当は二つしかないけど。


『そっかぁ。ねえ、一日だけで良いんだ。どこかで会えないかな』

『ごめん。ちょっと忙しくて』

『…柏木君。今日の事で私を嫌いになったの?』

『えっ、なんでそんな事言うの?』

『だって…。色々しちゃったし』

『今日はプールだったから。あれを街中とかでやられたら嫌だけど』


『そっかぁ。良かった。ごめん。ちょっとやり過ぎたかなと思って。でも私もっと柏木君の事知りたい。私の事も知って欲しい』

『塚野さん。今日の事で気持ちは分かったけど、ちょっと待って。俺まだ…駄目なんだ。そういう事』

『待っていれば受け入れてくれる?』

『分からない。でも今は無理』

『分かった。でも私、柏木君の事が好き。だからずっと待っている』

『…ごめん。切るね』


 大吾にも言われている。でも無理だよ。まだ、心の中が閉じてしまっていて他人を寄せ付けていないんだ。



 私の気持ちをはっきり伝えた所で、柏木君に切られてしまった。急ぎ過ぎたのかな。でももうプールでもあれだけの事をしたんだ。彼はプールだから良いけどと言ってくれたけど。


 私の気持ちも分かっていると言ってくれた。でも待っていても私に振り向いてくれるか分からないと言った。


 どうすればいいんだろう。何が足りないんだろう。よく考えないと。何としても彼を私に振り向かせたい。




 私、矢田康子。今日やっと柏木君と一緒にプールに行けたと思ったら、塚野さんの予想以上のアタックに負けてしまった感がある。特に最後の波の出るプールで、まさか水中キスまでするとは。


 普段大人しい彼女がそこまで行動力のある人だとは思わなかった。彼女の存在を軽く考え過ぎていた。


 私も必死に彼にアピールしたけど、全然充実感が無い。このままでは不味い。塚野さんの気持ちと行動力がはっきりと分かった以上、これからは手を抜かないで行かないと。


 気が付いた時には彼はいなくなってしまう。とにかくこの夏休みの間にもう一度二人で会って、私を彼に印象付けないといけない。でもどうすれば会えるの?



 プールから戻った日から二日置いて十三日から十六日までお母さんの実家に家族みんなで行く事になっている。


 お母さんの実家は山の中という程ではないけど、地方都市という感じで、直ぐ側に大きな川が流れていて、連なる山が遠くに見えてとても気持ちいい所だ。



 十三日の朝、午前六時。ちょっと早いけどこのシーズンは渋滞シーズンでもある。お父さんが車のトランクを開けながら

「忘れ物ないか」

「ないよ。もう全部入れた」


 お母さんが最後に戸締りをして車に来た。お父さんが運転して俺が助手席。お母さんと梨花は後部座席だ。

「じゃあ、出かけるか」

「「「はい」」」



 高速入口まで十分位。その後高速に乗ったのだけど、二十分も走らない内に交通状態を示す案内板にもう渋滞十キロと表示されている。

「仕方ない。でもゆっくりだけど動いているから」

「そうよ。渋滞も帰省の内よ」


 この車は、大型乗用車でリクライニング設備もしっかりしている。後部座席だけが走行中でもテレビが見れる様になっている。俺は声を聞いているだけだ。


 でも朝早いからニュース番組だけで、その番組も渋滞情報を放送しているという笑ってしまう状況だ。


 更に一時間半位走った所で

「サービスエリアでトイレ休憩するぞ」

「「「分かった」」」


 サービスエリアの中でも駐車スペースを見つけるのが大変だったけど、なんとか見つけてトイレタイム。


 その後梨花と俺はアイスクリームを買ってもらい、車中でペロペロしながら景色を見ていると渋滞を抜けたのか段々車の速度が速くなって来た。

「後、十分位で高速降りるぞ」


 高速を降りてから更に一般道を三十分走ってやっとお母さんの実家に着いた。もう玄関でお爺ちゃんとお婆ちゃんが待っていてくれている。


「「お爺ちゃん、お婆ちゃん。久しぶりです」」

 梨花と一緒に声を揃えて言うと


「悠斗も大きくなったな」

「梨花ちゃんも一段と美人さんになって」


 お父さんとお母さんも挨拶を済ませた後、俺達はトランクから荷物を降ろして、言われた部屋に置いた後、居間に行くとお爺ちゃん、お婆ちゃん、お母さんのお兄さん夫婦と子供三人が座っていた。


 皆元気な笑顔で迎えてくれている。心が和む。俺ももう東京の事は忘れていた。


 持って行ったお土産や、用意してくれていたお菓子。それに冷えたスイカと麦茶がテーブルに一杯載っている。


 俺と梨花、それに叔父さんの子供達も我先にとスイカを食べている。やっぱり夏は冷たいスイカが良く似合う。


 その後、山の様に出て来た冷や麦を皆で食べて、早速梨花と叔父さんの子供達と一緒に近くの川に遊びに行った。


 遠くに連なる山々が見えていて、その間には田んぼや畑しかない壮大な平野だ。田舎に来たんだという感じを思い切り伝えてくれている。東京とはあまりにも違う景色だ。


 柔らかな風が頬を触って来る。とても気持ちいい。やはり年齢がそんなに違わないせいか、学校の事とか、東京での生活の事とか色々聞いて来る。


 俺と梨花もこっちの事を色々聞いたけど、環境差があるのか全然違った。聞くと高校のグラウンドも二百メートルトラックと野球部とサッカー部それにテニス部が一緒に出来る大きさだという。


 なんかスケール感が全然違う。下校時間もクラブ優先だけど帰りは早いと聞いた。羨ましいとは思わないけど地方での大らかさがある感じだ。


 夕食は大きな和膳を二つ繋げて食べる。お爺ちゃん、お婆ちゃん、叔父さん家族五人と俺達の家族四人。賑やかだ。

 いつもお父さんがいる時でも四人だから圧倒されるけど、楽しい会話でご飯は進んだ。


 その後のお風呂も叔父さんの男の子二人と俺、梨花と叔父さんの女の子でワイワイガヤガヤ楽しい限りだ。


 次の日は皆で河原に行ってBBQ、夜は花火とあっという間に時間が流れた。でもこの時、俺の頭と心の中は、綺麗にされた感じがあった。東京での重い気分が吹っ飛んだ感じだ。


 帰りの車の中で、また渋滞だけど、梨花がお兄ちゃん顔がすっきりしているって言っていた。


 やっぱり、景色や環境が全く変わると気持ちをリフレッシュする事が出来る。


―――――

次回をお楽しみに。

面白そうとか、次も読みたいなと思いましたら、ぜひご評価頂けると投稿意欲が沸きます。

感想や、誤字脱字のご指摘待っています。

宜しくお願いします。

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