第35話 荒療治のつもりだったけど


 来週は七月になる。早いものでもう学期末考査と模試が待っている。今週は考査ウィーク、家に帰っても優子の事が頭に浮かんで集中できない。


 だから図書室で最終下校時まで考査対策の勉強をする事にした。図書室の入口を入ると受付に座る塚野さんに頭をペコリと下げて挨拶した後、いつもの席に行くが、塚野さんだって考査ウィークなのに、なんで図書室開けてんだ?


 でも彼女には申し訳ないけど、今の俺にとっては助かっている。



 最終下校時間を知らせる予鈴が鳴って俺も教科書をバッグに入れて帰ろうとすると

「柏木君、ちょっと待っていてくれないかな」

「いいよ」


 塚野さんと話す事にはもう慣れた。中休みも偶にだけど話す様になった。まあ矢田さんもだけど。


 塚野さんが、図書室の最終確認を終わらせると俺の所にやって来た。

「鍵、職員室に返してくるから昇降口で待っていて」

「分かった」


 最初から昇降口って言えばいいのに。良く分からない。待っていると塚野さんがやって来た。


「ごめんね。まだ一緒に帰れないんだよね。だから…」

「いいよ」

「えっ?いいって?」

「だから一緒に帰ろう」


 いつまでたっても何も変わらない俺自身に嫌気がさして…。たった今思いついた事だけど、優子以外に気を向けられるかもしれない。別に彼女にしようなんて気持ちじゃなくてだけど。


「ほんと!嬉しい。じゃあ履き替えてくる」


 自分の下駄箱に行って履き替えると

「柏木君帰ろう」

「うん」



 校門を出た所で

「柏木君、お願いがあるの」

「お願い?」

「うん、勉強教えて。私、一年の学期末考査もこの前の中間考査も成績順位は三十五位。でも柏木君はいつも一位。だからこの土日、一緒に勉強して」

「えっ?!」


 この人なんて事言うんだ。そんな事出来る訳ないよ。


「それは流石に無理」

「そっかぁ、やっぱり駄目か。ごめんね。無理な事言って」


 後はお互い何も話さずに駅に向かった。


 今回も梨花と陽子ちゃんは一緒にしようと言って来るはず。だから大吾も一緒居て貰う。

 うんっ?塚野さんが居ても問題ないかな?


 駅が見えて来た所で

「塚野さん、一緒に勉強してもいいよ」

「えっ?!」

「ただし、条件がある。妹とその友達、それに大吾が一緒だったらという条件だけど」

「そんな事全然構わない」

「場所もこの駅の近くの図書館だよ」

「うん、全然いい」

 

 塚野さん、ただでさえ大きな目がもっと大きくなっている。


「じゃあ、金曜日に連絡するから」

「うん、ありがとう。じゃあ、また明日」

「はい、また明日」


 やったぁ。柏木君と遂に一緒に下校する事が出来た。それに駄目元で聞いた考査対策勉強も一緒に出来る。運が向いて来たかも。



 俺は、家に帰ると自分の部屋で陽子ちゃんと一緒に勉強していた梨花に

「梨花、この土日、考査対策の勉強一緒にするか?」

「うん。勿論したい。陽子ちゃんもね」

「ああ、大吾もいるぞ」

「大吾さんだったら全然いいよ」

「分かった」



 後は、大吾次第だな。俺は自分の部屋からスマホで大吾に電話すると

「俺も助かるよ。また図書館だろ。いいよ」

「でも、妹と陽子ちゃん、それに…塚野さんも一緒だ」

「えっ?塚野さんも一緒って?」


 俺は塚野さんと下校の時に思った事を大吾に話した。

「いい考えだけど、本当に良いのか。塚野さん誤解するぞ」

「誤解?」

「悠斗は渡辺さんと別れて以来、頭が大分鈍感になったな。塚野さんがお前を好きになっているって気付かなかったのか?」

「えっ。塚野さんが俺を好きになっている?嘘だろう」


「ほら、やっぱり気付いていない。体育祭辺りから矢田さんと塚野さんのお前に対する態度がどんどん変わって来ているだろう」

「あまり、分からなかったけど」

「はぁ、これは重傷だな。だけど塚野さんと一緒に勉強するのは良いんじゃないか。頭の片隅にある奴を追い出せるかもしれないし」

「そうだな。彼女に金曜日話してみるよ」

「矢田さんが居ない時だぞ」

「分かっている」



 俺は金曜日、矢田さんが教室を出たのを見計らって

「塚野さん、この土日の勉強会いいよ」

「えっ、ほんと」

「うん、図書館の前に午前十時集合」

「分かった」


 やったぁ。これで柏木君にまた一歩近付ける。



 私、矢田康子。おトイレから自分の席に戻って来ると塚野さんがとても嬉しそうな顔をしている。そして柏木君を見ている。何か有ったのかな?




 土曜日の午前十時少し前。俺と梨花と陽子ちゃんが図書館の入口に着くと、もう十人ぐらいの人が並んでいた。


 この人達はセパレートされた席を希望する人達だ。よく見るとえっ、先頭から三番目に塚野さんがいる。一体何時に来たんだ。


 あっ、こっちを見た。そして近くに来て

「おはよう、柏木君。三十分前に来たら三番目だった。一緒に居た方が良いよね」

「うん」

「お兄ちゃん、この人は?」

「塚野沙耶さん。俺と同じクラスで俺の席の隣に座っている人。今日と明日、一緒に考査対策の勉強する事になっている」

「そんな事聞いていない」

「ごめん、言いそびれた」


 不味いな。陽子ちゃんだけだったらいいのに。なんでこんなに早く新しい人が出てくるのよ。全くお兄ちゃんの女たらしが。


「悠斗、梨花ちゃん、陽子ちゃん、塚野さん。おはよう」

「おはよう大吾」

「「「おはようございます」」」


 そんな事を話していると図書館の入口が開いた。先に並んでいる人達が少し早足で地下に行く階段を降りていく。


 俺達はテーブル席だから急がなくていい。ゆっくり歩いてテーブル席に座ろうとすると

「お兄ちゃんの隣は陽子ちゃんだよ」

「ああ、いいよ」


 これはこれは、まさか悠斗が陽子ちゃんからも好意が寄せられているとはな。


「あの、私も柏木君の隣で」

「ああ、いいよ」


 全くお兄ちゃんは。これじゃあ私が隣に座れないじゃない。



 結局、俺の左に陽子ちゃん、その隣が梨花。俺の右に塚野さん、その隣が大吾という並びになった。


 考査範囲を勉強し始めると

「柏木君、このところなんだけど」

「ああ、これは…」


 少しすると

「悠斗お兄ちゃん。ここの所教えて」

「ああ、これはだな…」



 こんな事が午前中二時間の間に四回も繰り返された。俺は全く勉強に身が入らない。お昼を一階に併設されている喫茶店でみんなで食べた後、その場で


「陽子ちゃん、塚野さん。質問は午後三時の休憩と午後五時の終わる時にする様にしてくれないかな」

「「ごめんなさい」」

「こっちこそごめんね。でも午前中ちょっと集中出来なくて」

「「分かった」」


 この二人気が合うのかな。良くハモる。



 午後から、約束した通りになったおかげで俺も集中出来た。翌日曜日も同じようにして貰った。


 塚野さんと大吾とは駅で別れたけど、陽子ちゃんとは同じ駅で降りる。改札を出て別れようとしたところで

「悠斗お兄ちゃん、あの人とは仲が良いんですか。毎日一緒帰るんですか?」

「えっ、なにいきなり?」

「お兄ちゃん分かっているでしょ。なんで陽子ちゃんがこんな事聞くか」

「わ、分かったよ梨花。そんな可愛い顔で怖い顔しないで」


 梨花が顔を赤くしながら

「余分な事言わないで、陽子ちゃんの質問に答えて」

「塚野さんとは、一度だけ考査対策の勉強の話で一緒に帰った事がある。今回の勉強会もその時の約束」

「じゃあ、じゃあ、あの人とは何でもないんですね?」

「あ、ああ。塚野さんとは同じクラスの仲間って所」

「本当なんですね。良かった。じゃあ、私帰ります。勉強教えて頂いてありがとうございました。梨花ちゃんまた学校で」

「うん、また明日」


 俺と梨花が陽子ちゃんの後姿を見送った後、家への帰り道

「お兄ちゃん、陽子ちゃんの気持ち分かってあげてよ」

「分かっているけど、応えられるほど、まだ俺の心の中は整理出来ていないよ」

「もう、いつになったら整理出来るの。あの女と別れてもう五ヶ月だよ」

「まだ五か月だって」


 はぁ、なんでこんな目に合うんだ。恋愛なんてもうこりごりなのに。


―――――

次回をお楽しみに。

面白そうとか、次も読みたいなと思いましたら、ぜひご評価頂けると投稿意欲が沸きます。

感想や、誤字脱字のご指摘待っています。

宜しくお願いします。

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