第34話 少し変った事


 体育祭、午後の部は矢田さんからバトンを受け取り塚野さんに渡すという、俺にとっては何とも言えない状況だった。


矢田さんは

「柏木君、私の気持ちを受け取って」

と渡されても困るバトンパスに


塚野さんへのバトンパスは

「柏木君、あなたの気持ちは受け取ったわ」


 良く分からない言葉を言われたけど結局順位は二位だった。2Aの集合場所に戻ると大吾から


「悠斗、熱いバトンパスだったな」

 なんて言われる始末。いい加減にしてほしい。



 そしてその後に直ぐ始まった二百メートル走では、なんかむしゃくしゃする気持ちを追い出す様に思い切り走り、去年と同じく一位だ。クラスの人達は喜んでいたけど。



 体育祭が終わり、教室に戻って担任が教室に来るのを待っていたけど、何故か、クラスの女子生徒が俺をチラチラ見ている。矢田さんと塚野さんが俺に何か言いたそうだけど無視した。



 放課後は久々に大吾と一緒に帰れた。だけど心の中がすっきりしない。終わった筈の優子との関係が、ちらちらと頭に蘇る。彼女をお姫様抱っこした事で何か変わったんだろうか。


「悠斗、考えているか渡辺さんの事」

「ああ、忘れたはずなのにな」

「俺がとやかく言う事では無いが、渡辺さんが保健室で言った事が引っ掛かっているのか?」

「分からない。考えたくもない事をまた考えないといけないのかな?」

「さぁな、それは悠斗の心の中の問題だ。ただ俺も少しだけ気になる。学校側は三谷の事を何も言わなかったけど、一ヶ月休むと言いながら来なくなった。それと渡辺さんが言っていた薬の件。ちょっと引っ掛かるな」

「ああ、俺もそう思っている」


 そんな話をしている内に駅に着いた。

「大吾、またな」

「悠斗もな」



 家に帰ると梨花は帰っていた。俺が玄関を上がり、自分の部屋に行こうとすると梨花がジッと俺の顔を見ている。思い切り何か言いたそうだ。


 二階への階段を登り切ろうとしていた所で

「お兄ちゃん」

「なに?」

「…なんでもない」

「そうか」


 お兄ちゃんは、なんであの女を保健室に連れて行ったんだろう。それもお姫様抱っこしてまで。


 あの女が転んだ時、私はざまあみろって思った。そして直ぐにコースから出るとばかり思っていたら、動かない。


 雨が強くなって来て救護班も本人が動くんじゃないかという気持ちと雨でちょっと躊躇したんだと思う。


 その時。お兄ちゃんは集合場所から急いであの女の所に駆けつけてお姫様抱っこした。全校生徒の前でだ。


 あれでは、お兄ちゃんとあの女の事を良く知らない生徒は、二人が付き合っているそれもあんな抱っこできる関係だと誤解したに違いない。


 そんな事分かっているのになんでお兄ちゃんはあんな事したんだろう。まさかあれ程酷い目に有ってもあの女に未練があるのだろうか。


 そんな事ない。絶対にそんな事ない。あの女はお兄ちゃんに相応しくない生き物だ。何とかして、お兄ちゃんに心の中の幻影を断ち切らせないと。陽子ちゃんの為にも。



 体育祭が終わった翌日は土曜日。俺はいつもの様に道場に行って稽古していると


 ビシッ!


 ドン。

 足払いをされ簡単に体が崩れてしまった。


「悠斗、何考えているんだ。気が抜けているぞ」

「済みません」

「気を入れて来い」

「はい」


 昨日の体育祭での出来事や放課後の駅までの帰り道、大吾と話した事が頭の隅に残っていて、ちょっと油断すると直ぐに現れる。なぜなんだ。あの言葉が引っ掛かっているのは分かるのだけど。

 それに梨花のあの何か言いたそうだった顔も。参ったな。忘れたいんだけど。



 俺は、翌日の日曜日は、部屋の中で本を読んでいたのだけど、パラパラと頭の中に優子の事が出てくる。精神上良くない。


 でもどうすればこれがはっきり出来るのか分からない。俺は月曜日学校に行くと大吾を廊下に連れ出して俺の悩みを話した。


「俺も即効性のある解決策は見えないな。三谷が何をしたのかも良く分からないし。まさか渡辺さん本人に聞いても脚色して話す可能性もある」

「優子本人に聞く気はないよ。この前は特別だったけど、まだあの映像を思い出しただけでも吐き気がする」

「そうだろうな」

「益々彼女なんていらなく思えて来たよ」

「その意見に賛成だ」


 予鈴がなった。



 私、渡辺優子。悠斗が体育祭で私に取った行動で、教室の人の目が変わった。少しだけ優しくなった目と恨む様な目。


 恨む様な目はいつも悠斗と一緒に話をしている人達が多い。優しくなった人の目は、去年1Bでなくて、悠斗と私の関係を知らないと思われる人。


 後者の人は良いのだけど前者の人が何もしてこなければいいのだけど。



 それからしばらくの間、私にとって平穏な日々が続いた。私と悠斗の事を詳しく知らない人達は少しだけど挨拶とか授業の事で話をする事が出来る様になった。


 でも悠斗は私の方を振り向きもしない。矢田さんや塚野さん達と話し込んでいる様子もない。いつも中山君と話をしているか本を読んでいるかだ。




 俺は放課後、毎日図書室に行くのが習慣になった。自分の部屋に帰っても、優子の事が頭から離れないからだ。解決策も見つからない。


 何か、趣味でもあればそれに集中出来るのだけど。一度だけゲーセンという所に放課後一人で行ってみたけど、全然俺の性格には合わなかった。


 どうすればいいんだ。


―――――

次回をお楽しみに。

面白そうとか、次も読みたいなと思いましたら、ぜひご評価頂けると投稿意欲が沸きます。

感想や、誤字脱字のご指摘待っています。

宜しくお願いします。

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