第32話 陽子ちゃんは地道な作戦で
GWが明けて直ぐに中間考査ウィークに入った。授業は午前中だけ。俺は家には帰らず、図書室で勉強する事にしている。
情けないけど、部屋で勉強したり一人でいると、まるで俺の頭の中に亡霊の様に優子が出てくる。勉強に集中出来ないからだ。
授業が終わり図書室に行くといつもの常連さん以外にも結構生徒がいる。家だと集中できないけどここならやれるって訳だ。
受付に座っている塚野さんにぺこんと頭を下げて挨拶をした後、いつもの席が空いていたので、座って勉強をし始めた。
すると十分もしない内に小声で
「お兄ちゃん」
後ろを向くと梨花と陽子ちゃんが立っていた。
「ここ座って良い?」
「構わないけど」
何故か、また梨花が右に陽子ちゃんが左に座った。梨花から陽子ちゃんの気持ちは聞いているけど、あくまで妹の友達としてしか接する事しか出来ない。
だから、何も言わずにそのまま勉強を続けていると
「悠斗お兄ちゃん」
左を向くと、ここを教えて欲しいと指で指している。俺は、小さな声で
「ここは、この式を使って、こうやってするんだ」
「ありがとうございます」
ふふっ、悠斗お兄ちゃんが、顔がくっ付きそうな距離で説明してくれる。ちょっと右を見て顔を近付ければ口付けが出来そうな距離だ。でも今はあくまで梨花ちゃんの友達を装う。
まだ、姉の後遺症を引きずっているのは見ていて良く分かる。だから決して急がない。事を急ぐと目の前にある宝物が、指の間から零れ落ちる砂の様に掴めないままに離れて行ってしまう。今はこれでいい。
予鈴が鳴って最終下校時間になると、図書室に居た生徒がゾロゾロと出て行く。俺達もその人の流れで外に出た。
塚野さんは、受付でPCに何か入力している。考査ウィークとはいえ、図書室を開けなくてはいけないし、図書委員一人でやるのは可哀想だけど助けてあげられない。どう見ても俺には向いていない。
陽子ちゃんとは駅の改札で別れて家に帰りながら
「なあ、なんで俺が図書室に居るって分かったんだ?」
「簡単だよ。だってお兄ちゃん、放課後はいつも図書室でしょ」
確かにその通りだ。愚問だったか。
「金曜日まで一緒で良いでしょう」
「勉強だし、構わないよ」
「良かったぁ」
それから金曜日まで俺と、梨花それに陽子ちゃんは図書室で勉強した。帰りは陽子ちゃんとは当然同じ駅で降りるのでそこで別れた。
柏木君と一緒に居るのは妹の梨花ちゃんだけど、もう一人妹さんの友達も一緒だ。でもその子の柏木君を見る目は明らかに…。何とかしたいけど。
土日は、家のリビングで勉強した。流石に土曜の稽古は休みだ。何故リビングかって?梨花と陽子ちゃんが一緒に勉強したいからと言って来たからだ。断る理由がない。
そして翌月曜から水曜までの三日間、しっかりと中間考査が有った。
成績結果は、翌火曜日に発表された。
「悠斗、完全に戻ったな」
「ああ、でもまだ完全って訳じゃない。自信のない解答が一つあった。それがこの結果だ」
柏木君が文句なしの一位。四百九十六点。五教科で一問しか間違えなかったって訳か。凄いな。一緒に学期末は一緒に勉強したな。
「柏木君、凄いね。ねえ、期末考査は一緒に勉強して教えてよ」
「あははっ、矢田さん、それ無理だって」
「だって、図書室で、女の子と一緒に勉強していたじゃない」
「あれは、妹とその友達」
「えーっ、じゃあ、一緒でいいから」
「か、考えておく」
矢田さん。何故か、あのGW以来、やたら俺との距離感がバグった様だ。
ふふっ、柏木君と普通に話せる様になった。クラスの中で渡辺さんの件や体力測定、それにこの考査結果で充分に彼は目立っている。
中学からの知合いは別クラスになってしまったけど、こうして柏木君と一緒に居れる。席もすぐ傍。居心地がいいからいいや。
優子は、まだ四十位にも入ってこない。塚野さんは、今回も三十五位だ。矢田さん載っていないけど?どの位なんだろう?
しかし、この時期は忙しい。もう来週金曜日は体育祭だ。例によって、午後のLHRで体育祭実行員決めと出場種目決めが行われる事になった。
出場競技決めになった所で、大吾は言わなくてもいい事を言っている。
「悠斗、またリレーと二百か?」
「いや、今年は玉入れと綱引き」
「それは俺がやる」
「大吾は、去年やったから交代しようぜ」
「駄目だよ、柏木君、私もリレー出てあげるから一緒に走ろう?」
「な、何言っているの矢田さん」
「いいでしょう?」
「あっ、私もリレー出る」
「えっ、塚野さんも?」
このアホな話が聞こえたのか前に出ている体育祭実行委員が
「柏木、今年も決まりだな。書いておいて。それと矢田さんと塚野さんも」
「うん」
同じ実行員の女子に要らぬことを言っている。俺は玉入れで良いていうのに。
悠斗の周りは楽しそうにしている。どういう理由で矢田さんがあんなに悠斗と話が出来るのか知らないけど。
考査の結果は今回も散々だった。全然勉強に集中出来ない。家に帰っても学校に来ても私の居場所が無いからだ。
体育祭の種目も数合わせの綱引きと一人で走れる百メートル走だ。誰も私と組もうなんて思っていない。誰も目も合わせてくれない。
辛い。でも転校なんかしたって同じ事だ。だったら悠斗をこうして見ていられるここがいい。
放課後、早速、矢田さんが、
「ねえ、柏木君。私リレー初めてなの。バトンパス教えて」
「えっ、知っているから出るって言ったんじゃないの?」
「ううん、柏木君が出るから」
「柏木君、私も練習したいけど、図書室があるから。来週の火曜日だけ、榊原先生が図書室見てくれるからその時、教えて」
「分かった。仕方ないね。図書委員頑張って」
「柏木君が図書委員になってくれたら…」
「柏木君、行こ」
何故か、矢田さんが割込んで来た。
柏木君とやっと話せるまでになった。これからゆっくりと親交を温めて、いずれは…。だから塚野さんを必要以上に柏木君に近寄らせる訳にはいかない。
―――――
次回をお楽しみに。
面白そうとか、次も読みたいなと思いましたら、ぜひご評価頂けると投稿意欲が沸きます。
感想や、誤字脱字のご指摘待っています。
宜しくお願いします。
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