第36話 ドラゴン降臨

 坂崎達の来襲から半日ほど経って、すっかり夜が更けた。

 俺とグラント親子、カノンが馬に乗ってやって来たのは、薄暗い山のふもとだ。


「……あそこがゴーマの洞窟、ですね」


 そしてその奥には、ぽっかりと開いた闇に続く穴がある。

 暗闇でもはっきり見えたのは、そのすぐ前で焚火たきびをする、悪党共を一緒に捉えたからだ。


「ああ、誰も普段は近寄らねえが……今日は違うみてぇだな」


 ブランドンさんと俺は頷き合い、2頭の馬を停める。

 それぞれキャロルとカノンを下ろしてあげて、少し張り詰めた空気を裂きながらまっすぐ歩いていくと、向こうもこちらに気付いた。


「待ってたぜ、田舎モンのカス共が」


 坂崎を先頭にやつの子分、従えた魔物、マッコイと護衛が近寄ってくる。

 特に坂崎は、たちまち余裕ぶった表情を苛立ちに変えた。


「……? おいコラ、俺は天羽と銀城を、町のやつひとりで連れて来いって言ったはずだぜ? 約束を破ったってことは、死にてえって意味でいいんだよな?」

「いやいや、サカザキ様。きっと貴方の力を恐れて、牛角族の娘を差し出したんですよ」


 魔物に命令しようとした坂崎を、マッコイが慌てて止める。

 そんなわけないだろ、アホかお前。


「やったじゃねえか、坂崎!」

「ビビらせたおかげで、奴隷がひとり増えたぜ!」

「ぎゃははは! そういうことなら先に言えよ!」


 ああ、アホだった。

 どこまでも自分達に都合よく物事が進むと信じて疑わない、ミラクル級のバカが集まってるから、あんな無理筋の要求が通ると思ってるんだな。

 こんな子分しかいないし、ボスの坂崎が鵜呑うのみにして、ゲラゲラ笑いだすのも当然か。


「よーし、そこのウスノロは帰っていいぜ。まずは俺が直々に、銀城と牛乳女の味見をしてやるよ。天羽をブチ殺すのは、その後だ」


 くだらない妄言を吐いてるところで悪いが、俺達は退く気は毛頭もうとうないぞ。


「……おい、耳が聞こえねえのか? 俺は、帰れって、言ったんだぞ?」


 なるほど、ちゃんと伝えてやらないと理解できない程度の脳みそか。

 だったら懇切丁寧こんせつていねいに、教えてあげないとな。


「聞こえてるっての。聞くにえねえ話を延々と垂れ流しにしてるのを、わざわざ聞いてやってるんだから、むしろ感謝したらどうだ?」


 お前みたいなマヌケを恐れる人間なんて、どこにもいないってな。


「……あ?」


 坂崎の顔が、自分が従える獣以上にみにくく変貌してゆく。

 もちろん、その程度で俺は怖気おじけづかないし、むしろ煽るのは気分がいい。


「よくもまあ、キモい妄想をべらべらと口から出せるもんだな。男とか以前に、人間としても終わってるだろ。そんなだから、小御門の使い走りにもなれないし、近江からは道具扱いされてるし、負け犬根性が抜けないんじゃないのか?」

「天羽、何言ってやがんだ……」

「子分達も、坂崎の金魚のフンで、自分の意見がないんだよね?」


 後ろの連中が反論しようとするのを、今度はカノンがさえぎる。


「異世界に来て、スキルを手に入れても立場が変わってないのを、自分で哀れだと思わないの? はっきり言うけど、チョーカッコ悪いよ♪」


 いつもの調子でカノンが小バカにすると、ブランドンさんとキャロルものっかる。


「マッコイ! 神様気取りのゴミに頼ったのが、テメェの間違いだな!」

「今まで町に迷惑をかけ続けた罪を、今日ここでつぐなってもらいます」


 さて、ここまで言ってやれば、知能指数が射精寸前しかない男達でも理解できただろ。

 俺達は要求に従いに来たんじゃない――ぶちのめしに来たんだってな。

 なかでも、自分達が無敵だと勘違いしてる転移者はともかく、マッコイはなんだか嫌な予感を察知してるみたいだ。


「さ、サカザキ様! どうしましょう、こいつら……ぶっ!?」


 流石に焦った様子のマッコイの顔に、坂崎の裏拳が直撃した。


「喋んなよ、デブ。今俺はな、ブチギレてんだよ」


 まあ、坂崎のリアクションはこうだよな。

 暴力だけで何もかもを支配できると思ってるし、自分に相手が逆らうさまを想像できない貧相な想像力の持ち主だ。

 あっさりとキレ散らかすのは、俺達の全員が予想してた。


「気が変わったわ、皆殺しだ! Eランクスキルのカスが調子に乗ってんじゃねえ、この世界で最強の転移者に刃向かった奴がどうなるか、教えてやるぜコラァ!」


 魔物を操って、有無を言わさず俺達に攻撃を仕掛けるところもな。


「坂崎、俺達も手伝おうか?」

「いらねえよ、黙って見てろ! ポイズンコンダ、こいつらに毒をお見舞いしてやれやァ!」


 坂崎の喚き声に従い、後ろで身構えていた巨大な紫色の蛇が、大きく口を開く。


『ブシャアアアァーッ!』


 そして喉の奥から放たれた毒が、たちまち俺達にぶっかけられた。

 地面に触れた毒液は土を溶かして、岩をぐちゃぐちゃにする。

 その光景を見た坂崎は、自分がやっぱり最強の転移者なんだと確信してるだろうな。


「ぎゃーははははッ! ポイズンコンダの毒はな、触れただけで骨まで溶ける猛毒だ! 体が溶ける痛みで泣け、叫べ、喚いて後悔しやがれ!」


 さて、汚い声で笑ってるこいつに、そろそろ教えてやるとするか。

 どうして俺が、平然と周囲の状況を実況できてるのか。


「ぎゃはははは、はは、は……あれ?」


 敵の顔が、狂喜から次第に困惑へと変わっていくのは当然だ。

 ポイズンコンダから放たれた毒の液はすべて、蒼い炎が創り出した巨大な円形の盾で、完全に防がれていたんだから。

 毒をすべて焼き払ったのは、白と青の髪を逆立たせる転移者、銀城カノンだ。


「この程度の毒、カノンの【蒼炎魔法】で簡単に燃やせるよ」


 彼女の防御が、俺達の攻撃のきっかけだ。


「さてと、先に攻撃したのはそっちだし、俺達も正当防衛をさせてもらうか」


 俺が指を鳴らすと、ばさばさと、翼がはためく音が聞こえてきた。

 鳥でも、坂崎が従えたダブルヘッドホークでもない。


「……なんだ、この音……?」

「空から、何か……」


 子分達が空をあおいだ時、月を背にしては舞い降りた。


「「うわああああぁーッ!?」」


 すさまじい風圧と衝撃が、敵を襲った。

 坂崎やあいつの子分、従えた魔物、マッコイと護衛、全員が後方に転げ回る。

 何が起きたのかと立ち上がる坂崎が、最初に降臨したものを目の当たりにした。


「な、な、なんだこいつはあああぁッ!?」


 そして、絶叫した。

 連中が目にしたのは、白銀の体に巨大な翼と尻尾を持つ怪物。


「俺のスキルは、あらゆる物質に生命を与える【生命付与】。SSランクになれば、複数の素材を組み合わせたものに命を与えて、別の姿に変えられる」


 俺のスキルで組み上げ、ずっと空を飛んでついてきてくれた、赤い瞳の竜。

 ポイズンコンダの倍近い巨躯を持つそのモンスターは、大きく口を開け――。


「それじゃ、紹介しとくか! こいつが無数の武器と鋼材、『カートリッジ式松明』で造り上げた鋼の竜――『カラミティドラゴン』だッ!」

『ゴオオオオアアアアアアァーッ!』


 火を吹きながら、山が震えるほどの雄叫びを上げた。

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