第35話 戦いに備えろ

「……行っちゃったね」


 カノンの言葉で、建物の陰から住民達が出てくる。

 誰も彼もが、坂崎達の理不尽な要求と暴言に怒っているのが丸分かりだ。


「すまねえな、イオリ。後ろの皆のことを忘れて、ついカッとなっちまった」

「謝らないでください、ブランドンさん。ブチギレてるのは、俺も同じですから」


 自分の角をさすって謝るブランドンさんに、俺は言った。


「あいつらとは、ゴーマの洞窟で決着をつけます」


 坂崎も子分も、マッコイも、完全に叩き潰すと。

 悪事を働かないように追い払うとか、説教してやるとか、そんな生易なまやさしい戦いの終わらせ方はしない。

 やるなら徹底的に――俺やカンタヴェールの名前を聞いただけで震えあがり、小便を漏らすほどの恐怖を刻み込んでやる。

 そう俺が意気込んでいると、グラント親子が口を開いた。


「お兄さん、私とお父さんも行きます」

「先に言っとくが、ここまで俺っちの怒りの炎を燃やしたやつらと戦わせないなんて言わせねえぜ? ダメだっつっても、ついてくからよ!」


 うーむ、ブランドンさんは大人だし、圧倒的なパワーと筋肉は信頼できる。

 キャロルもそうなんだけど、敵は魔物よりもずっと残虐な連中なのを知ってるのかな。


「ブランドンさんはともかく、キャロルは大丈夫か? あいつらは人を殺す……うおっ!?」


 俺が念を入れて確かめようとすると、キャロルが地面を思い切り殴った。

 石畳いしだたみを砕いても傷ひとつつかない拳を、彼女はぐっと前に出す。


「私が本気を出せば、人間の頭蓋骨を握り潰せます。これでも戦力にはなりませんか?」


 ここまで力と覚悟を示してくれるキャロルを突っぱねるのは、かわいそうか。

 それに、危機が及んだなら、俺が絶対に守る。


「……分かったよ、俺の負けだ。一緒に戦ってくれ」

「はい! お兄さんは、私が絶対に守ります!」


 まあ、腕力とタフさで言えば、俺が守られる立場になるかもしれないけどな。


「うんうん♪ そこにカノンが加われば、4人パーティーの結成だね♪」


 なんて考えてるうちに、今度はカノンが手を挙げた。

 こいつ、戦力を揃えてるところにさらっと紛れ込んで、一緒に戦いに行くつもりだ。

 いくらなんでも、数日前まで病人だった子は連れていけないぞ。


「バカ言うな、カノンはあいつらが狙ってるんだぞ。しかも診療所を出て間もないんだし、無茶はさせられないっての」

「キャロルちゃん、滋養強壮に効くポーションってある?」

「家に何本かストックしてありますよ!」

「なんだそのコンビネーション!?」


 カノンとキャロルの打ち合わせしたような会話を聞いて、俺はずっこけた。

 こういう時、女の子同士の阿吽の呼吸ってすごいよな。

 どうにも止まりそうにないって俺が諦めていると、カノンが俺の前でにっこりと笑った。


「イオリ君、カノンは君に命を助けてもらって、生きる意味をもらったの。大事な人に裏切られて、もう生きてても死んでても、どうでもいいって思ってたカノンがこうして生きてるのは、イオリ君のおかげなんだよ」


 彼女はきっと、危険なところに行くと知ってる。

 ともすればクラスメートを焼き払うような事態になるとも知ってる。


「カノンに戦わせて。カノンに、スキルを使わせて」


 それでも、カンタヴェールのために戦ってくれるんだ。

 まったく、キャロルもそうだけど、こんなの断れるわけがないよな。


「……仕方ない。じゃあ、俺達ふたりをボロボロにしたこと、あいつらに後悔させてやるか」

「ありがと、イオリ君♪」


 俺が笑顔で返すと、カノンは大きくてまつ毛がパッチリの目で俺を見つめて、頷いた。


「カノンさん、ポーションを用意しますので家に来てください!」


 キャロルに連れられて、カノンが『双角屋』に入ってゆく。


「よっしゃ、後は俺達だけだな!」


 さて、カンタヴェールの皆も、ふたりやブランドンさんの熱意にあてられたみたいだ。


「包丁を棒に巻いて、槍にするわよ!」

「あんな連中、ひとひねりにしてやろうよ!」

「たりめーだ、ぶっ飛ばしてやるぜ!」


 老若男女問わず闘志を燃やしてるところ悪いけど、残念なお知らせをしないとな。


「すいません、カンタヴェールの皆は連れていけません」


 案の定、俺がこう告げると、皆が怪訝な顔を見せる。


「そりゃないぞ、イオリ!」

「俺達にも戦わせてくれ、筋肉には自信があるからさ!」

「いえ、これだけはダメです。多くの人数で攻め込めば必ずけが人が出ます」


 俺だって仲間が多い方が嬉しいんだが、今回ばかりは危なすぎる。

 ひとりかふたり、3人をスキルで守れたとしても、10人から20人をまとめて守るのは難易度が高すぎるし、それはカンタヴェールで戦いをしなかった理由だ。

 しかも坂崎達が町の住民を人質にでも取ろうものなら、一気に不利になる。

 もっとも、皆を町に残す理由は他にもある。


「それに……皆さんは、最終防衛ラインですから」

「最終?」

「防衛ライン?」

「俺達がもしも帰ってこずに、日が昇りそうになったら、女の人とご老人、子供を連れてカンタヴェールを出てください。その時頼りになるのは、あなた達です」


 絶対にありえないけど、念には念を入れておきたい。

 そういう意味も込めて真剣な顔で告げると、町の皆も納得してくれたみたいだ。


「……分かった」

「お前らも、無事に帰ってこいよ」

「はい、全員無傷で帰ってきます!」


 服を脱いだムキムキのおじさん達と拳をぶつけあい、俺は固く誓った。

 そして同時に、頼みごとをするなら今しかなかった。


「その代わりと言っては何ですが、皆さんに集めてほしいものがあるんです! ブランドンさんにも、お願いしていいですか?」

「おう、もちろんだ!」

「イオリ、何が欲しいの?」

「なんでも言ってちょうだい!」


 俺が欲しいのは、坂崎達を完膚かんぷなきまでにぶっ潰すための手段。

 スキル【生命付与】をフル活用する、最強の命の創造。


「火を吹くアイテムに鉄、それと武器――ありったけの武器を持ってきてください!」


 ――ま、要するに怪物モンスターを生み出すってわけだ!

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