第34話 Aランクスキル【魔物使役】

 突然の魔物の襲来に、カンタヴェールはたちまちパニックにおちいった。


「う、うわああっ!?」

「なんだよこれ、魔物か!?」

「皆、建物の陰に隠れてくれ!」


 俺が叫ぶと、皆が双角屋や他の店、家、建物の後ろに避難する。

 そうして町側で残ったのは、俺とグラント親子、カノンだけだ。

 一方で、坂崎やあいつの子分は逃げ惑う人の姿を見るのが楽しいのか、皆のさまをバカにするようにゲラゲラと笑った。


「俺のスキルは、触れた魔物を3匹まで支配する【魔物使役】! どんなバケモンも、俺が撫でるだけで使い勝手のいい道具に早変わりだ!」


 なるほど、魔物をノーリスクで操るのが坂崎のスキルってわけか。

 元になる魔物がいないと無力だが、そこらへんはきっと、マッコイの伝手に集めさせたんだろうな。


「爪とふたつのくちばしで獲物を引きちぎるダブルヘッドホーク! 花びらから破壊光線を撃つビームリリィ! そして体中から毒を噴き出すポイズンコンダ! 1匹でちっせえ村をぶっ壊すぐらい強え魔物が、3匹だ!」


 坂崎の後ろで唸り声を上げる魔物は、確かに見るだけで危険極まりないのが分かる。


「しかもこっちには、スキル持ちの仲間が8人はいるぜ! 人間をパンチ一発でぶち壊す【拳撃けんげき】に地面を操る【土魔法】、【風魔法】に【防御魔法】、紹介してやれねえくらいの転移者が俺の味方だァ!」


 おまけに坂崎の後ろでにやにやしている連中も、全員スキルを持ってる。

 Sランクはいないけど、全員が確実にBランク以上で、Aランクもいるはずだ。


「も、もちろん、わしの護衛にも戦わせますよ!」


 ついでにマッコイの護衛もやる気満々だが、こいつらは無視していいや。

 とにかく、これだけの数の仲間を率いるんだから、そりゃ坂崎も調子に乗るよな。


「どうだ、ビビッて声も出ねえか、あァ?」

「…………」

「おいおいおいおい、どうした~? Eランクの雑魚スキル野郎が、ションベン漏らしてんじゃねえだろうな~?」


 無言で睨むだけの俺の頬を、坂崎がぺちぺちと叩く。

 この程度の煽りは何とも思わないが、両隣の角と炎がピコン、と動いた。


「イオリ君、焼くよ」

「お兄さん、殴り潰します」

「落ち着け。ここでやり合うのは得策じゃない」


 俺の代わりにカノンとキャロルがキレそうだけど、こんなやつのために、ふたりがキレて、カンタヴェールを戦場にしてやる理由はない。

 そもそも、俺のスキルなら確実に坂崎と魔物を含めた全員を倒せる。

 けど、後ろの皆を守りながら戦えるかは怪しい。

 カンタヴェールの皆を誰ひとり傷つけずに戦うとなると、かなりきついな。

 そんな事情もあって攻勢には出ない俺の態度を、完全に日和ひよったとでも勘違いしたのか、坂崎は一層調子に乗りやがる。


「まあ、魔物を怖がるのも無理もねえよな! 俺だって大変だったんだぜ、こいつらを操るまで、色んな魔物を捕まえては捨てたんだからよ!」


 しかも、聞き捨てならない発言までかましやがった。

 こいつは従えた魔物を、どこに放棄ほうきしたんだ。


「捨てた、だと?」

「オークだのブラックレオンだの、見た目は強そうだがちっとも使えねえから、川の手前でスキルを解除して何匹も放ってやった! 使い潰さないだけ、優しいだろォ?」


 そこまで聞けば、俺も町の皆も、カンタヴェールを悩ませる問題の原因を悟った。


「まさか、ブリーウッズの森で暴れてたのは!」

「こいつらが逃がした魔物が、長い時間をかけて、川伝いに森まで来たんだろうな。そのせいで、俺っちは危うく娘を失いかけたわけだ」


 気づけば、ブランドンさんが拳を握り締めてた。

 理由なんて聞くまでもない――坂崎が逃がした魔物が、キャロルを襲った魔物だからだ。

 どうして広い川の向こうにいて、水が苦手なオークがブリーウッズの森にいたのか。

 俺とキャロルが倒したブラックレオンを含め、人間に危害を及ぼす危険なモンスターが、森に何度も出現したのか。


 答えはひとつ。

 ここにいる坂崎コウスケが、好き放題に魔物を野に放ったからだ。


 カンタヴェールの人が傷つき、キャロルが死んだかもしれない原因は、眼前でへらへらと笑っている腐れ外道が作り上げたんだ。

 しかもこいつの言い分からして、他にも魔物を捨てたに違いない。

 どう考えても、俺達が討伐しきれていない魔物も、きっとまだ周辺にいるはずだ。

 坂崎のやったことは、もう公害のまき散らしと大差ない。


「止めんなよ、イオリ。角のてっぺんまで、ブチギレちまったぜ」

「ブランドンさん……!」


 角の先から湯気が出るほど怒りに満ちたブランドンさんの目は、猛牛のそれだ。

 ソフトモヒカンの髪も、いまや激情のせいで炎の如く揺らめいている。

 俺ですらぞっとするほどの憤怒ふんぬを迸らせる剛毅ごうきな男を見ても、坂崎達がちっとも怯えないのは、全能感に浸ってるからか。

 あるいは、恐怖なんて感じないほどマヌケだからか。


「ぎゃははは! 安心しろよな、俺にも情けってもんがあるんだよ!」


 つばをまき散らして笑う坂崎が中指を立てる。


「町の北にあるゴーマの洞窟ってところに、真夜中、町の代表が天羽と銀城を連れて来い。そしたら、町を潰すのは特別にやめといてやる」


 ゴーマの洞窟なら、俺も知ってる。

 実際に行ったことはないけど、少量ながら鉱物が取れるらしい。

 山のふもとの少し奥まったところにあるから、確かに怪しい取引をするにはうってつけだ。


「タイムリミットは日が昇るまでだ。それまでに誰も来なかったら町を焼け野原にしてやる。ジジイもババアも妊婦もガキも関係ねえ、皆殺しにするからな」

「日の出まで待たなくていいぜ、俺っちがここで首の骨を折ってやるよ!」


 筋肉と額に血管を浮かべたブランドンさんを、俺が引き留める。


「落ち着いてください、ブランドンさん! 皆が怪我したらどうするんですか!」

「ぐっ……!」


 ブランドンさんが歯ぎしりするのを、坂崎達が見下すように嘲笑う。

 お前ら、俺が止めてないと全員ブチ殺されるのを理解した方がいいぞ。


「じゃあな、田舎者と雑魚共! また夜に会おうぜ!」


 自分達がとも知らずに、魔物を連れて、坂崎達は大笑いしながら去っていった。

 後に残ったのはえぐれた地面と、静かな町。


 ――そして、敵意が爆発寸前の俺達、カンタヴェールの住民だ。

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