第31話 ぽかぽかの理由
俺達がカノンを連れて町中を回ると、もう太陽は真上まで昇ってた。
いつも診療所に持って行ってたパンを売ってるパン屋、町の困りごとを解決してくれる役場に、たまーに魔導書が並んでる古本屋。
他にも自警団の
「パン屋に役場、古本屋……紹介できるところには、あらかた行きましたね」
「あとはここだな。喫茶店『猫のしっぽ』、町の皆の
最後に俺達がカノンに紹介するのは、町でひとつの喫茶店。
村と呼んでも差し支えないほど小さな町にとって、広場と同じくらい人が集まり、同じくらい需要がある場所だ。
小さな喫茶に入ると、俺達をこぢんまりとしたお店が迎えてくれる。
珍しく人のいない店の奥から出てきたのは、背の曲がったおばあちゃん、ハロッズ夫人だ。
「おやまあ、イオリちゃんにキャロルちゃん……それと、診療所の子だねぇ」
まだ話しかけられるのに慣れてないのか、カノンはおずおずと答えた。
「……銀城、カノンです」
「そうそう、カノンちゃん。さあさ、好きなところに座ってちょうだい」
俺とキャロル、カノンが促されるままにテーブルに腰かけると、カウンターの奥に、ロッキングチェアに揺られる老人がいた。
たまに外で見かけるこのおじいちゃんは、『猫のしっぽ』のマスター。
相変わらずのんびりしてるなあ、と思っていると、おばあちゃんが俺達のテーブルにココアの入ったカップを3つ置いてくれた。
「お、おばあちゃん? カノン、注文してないよ?」
目を丸くするカノンに、おばあちゃんが微笑みかける。
「まあまあ、気にしなくていいんじゃよ。寂しそうな顔をしてたからねぇ、そういう子にはココアをあげたくなるのよぉ」
「うちのかみさんの、ただのおせっかいだ。気にせず飲め」
おじいちゃんのぶっきらぼうな声も聞こえてきて、カノンがカップを手に取る。
「……いただきます……」
温かいココアをひとくち
「……おいしい……!」
少しだけ明るくなった声を聞いて、夫婦が顔を見合わせ、にっこりと微笑んだ。
「そりゃそうだ。かみさんのココアは、ここらじゃ一番うまい」
「カノンちゃん、ほっぺがリンゴみたいに赤くなったねぇ。元気になった
「イオリ達も、好きなだけ飲め。今日は他の客もいなくて暇だから、特別だ」
おじいちゃんは声がちょっと怖いだけで、おばあちゃんと同じように優しい人だってのは、俺もキャロルも知ってる。
「……イオリ君がカンタヴェールを気に入ってる理由、分かったかも」
カノンもそれを、頭じゃなくて心で理解できたみたいだ。
「皆が優しくて、ココアみたいにあったかくて、支え合ってる。何ができるかじゃなくて、何をしてあげたいか、何をしたいかって、皆がそう思ってる」
ことん、とカップをテーブルに置いて、カノンが言った。
もう彼女の目に、
「ぽかぽかした町なんだね、カンタヴェールって」
あるのはただ――カンタヴェールにいたいと願う、優しい光だ。
「どこよりも素敵な町ですよ。私とお父さんが育った、大好きな町ですから」
キャロルの言葉に俺が同意して頷くと、カノンも心を決めたみたいだ。
「……イオリ君、キャロルちゃん。カノンにも、何かできるかな」
「何だってできるさ。スキルってのは、そのためにあるんだからな」
「ひとりが難しいなら、一緒に考えていきましょう!」
俺がカノンの右手を、キャロルが左手を握る。
「……うんっ♪」
目にちょっぴりの涙を浮かべて、カノンが頷いた。
しばらく俺達は、静かな喫茶店でこれからについて話したんだ。
心の底からのカノンの笑顔は、やっぱりかわいいなって思ったよ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
――カノン達の散策からさかのぼること数日前。
カンタヴェールからずっと離れた、とある廃屋。
そこにはガラの悪い男達が、10人ほどたむろしている。
「……もう一回言ってくれや、オイ」
彼らを統べるのは、豪華なソファーでふんぞり返る異世界転移者、坂崎コウスケだ。
未成年なのに葉巻を咥えるスキンヘッドの男は、元いた世界の子分である友田や五十嵐、伊藤もいる。
誰も彼もが、世紀末の世界でバイクを乗り回していそうな格好だ。
「で、ですから、奴隷を奪われてしまったんですよ!」
そして彼らの前にひざまずき、必死の形相で説明しているのは、あのマッコイである。
ただし、まるでどこか高いところから落とされたように、体中ケガと痣だらけだが。
「カンタヴェールに寄った時に、とんでもないスキルを持つ転移者がいて、そいつがあの奴隷を引き渡せと……わしも大きな鳥に掴まれて、ひどい目に遭いました!」
「坂崎、誰だろうな?」
「銀城を助けるってことは、俺達のクラスメートじゃねえか?」
子分達の話を聞きながら、坂崎はマッコイの胸倉を掴んで、顔を近づける。
「そのクソ野郎がどんな奴か、覚えてるか?」
「み、見た目は普通で、特徴がなくて……で、でも……」
マッコイが覚えているのは、平々凡々な見た目。
だからこそ、町民が呼んだ名前が、ひどく頭に残っていた。
「町の連中が、イオリと呼んでいました」
――イオリ、という名前だ。
「……!」
「マジかよ、天羽ってあの時死んだだろ!」
「何で生きてんだよ!?」
坂崎を含めた転移者達の間に、ざわめきが
当然だ、彼はすでに小御門リョウマが殺したはずなのだから。
「……ククク……ギャーハハハッ!」
騒然とする最中、坂崎だけが口を吊り上げて笑った。
細い目を気味が悪くなるほど見開いた彼は、持ち上げていたマッコイを床に叩きつけると、今度は頭をぺちぺちとはたく。
「あのいじめられるしか価値のねえ無能のゴミが、スキルを使ってただァ!? 冗談もほどほどにしとけや、ハゲデブ!」
「ほ、本当ですって……」
「つまんねえ冗談こいてんじゃねえぞ、ブタ。殺されてえのか?」
「す、すいません……!」
彼もマッコイの証言がすべて妄言だとは思っていなかった。
あくまで銀城カノンを取り返す
「だがまあ、俺の目で確かめてみるのも悪くねえな」
そして当然、ただ顔を見ておしまい、となるわけがない。
「もしもあの天羽が生きてるなら――今度は俺がぶっ殺してやるからよ!」
坂崎が下品な声で笑うと、子分達もつられて笑った。
彼らはすでに、スキルで好き放題に略奪や暴力を繰り返すならず者と化していた。
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