第32話 バーベキュー・パーティー!

 街の散策から3日後、つまりカノンが診療所を出た日。

 カンタヴェールの広場には、町中の人々が集まってた。


「よっしゃあ! 今日はカノンの回復を祝ってバーベキュー・パーティーだーっ!」

「「おめでとーっ!」」


 ブランドンさんの乾杯の音頭で、町中が湧きあがった。

 そう、今日はカノンの回復記念を皆でお祝いする、バーベキュー・パーティーの開催日だ。

 もちろん町の祝日とかじゃなくて、ブランドンさんやキャロル、俺をきっかけに決定した、サプライズイベントみたいなものだ。


「すごいな、町を挙げてのお祭りなんて……」

「カンタヴェールの皆さんは、私も含めてお祭りが好きなんです」

「結婚式とか、町の成立記念日とかな! 近頃そういうことがなかったし、皆ノリノリだ!」


 それでも皆は大賛成で、色んなところから肉と野菜、酒をかき集めた。

 いまや太陽が昇っているうちから、飲めや歌えの大騒ぎだ。


「イオリくーん!」


 グラント親子に挟まれながら肉をほおばる俺のもとに、カノンが駆け寄ってきた。


「退院おめでとう、カノン!」

「おめでとうございます、カノンさん!」

「えへへ、ありがとねっ♪」


 カノンが俺の手を引いて、広場の真ん中を指さす。

 肉を焼く鉄板の下で燃えているのは、カノンのスキルで生み出した炎だ。


「皆がね、スキルの芸を見せてほしいんだって! カノンが今から熱くない炎を出すから、イオリ君のスキルで動物に変えてほしいの!」


 そしてどうやら、酒飲みの町民は一発芸をご希望のようだ。

 せっかくだし、同じ転移者同士の合わせ技でも見せてやるか。


「そういうことなら、お安い御用だ。スキル【生命付与】!」


 俺が炎に手をかざすと、火が千切れるように分離して、中から猫が飛び出した。


『にゃぁーおっ!』


 真っ青な炎でできた猫がたくさん出てくると、町中がわっと興奮する。


「おお、すっげえ!」

「炎の猫だ、しかもいっぱいいるよ!」


 子供達も集まってくる中、俺はもっと皆を楽しませるアイデアを思い付いた。


「ただ駆け回るだけじゃないぞ、炎の猫は芸達者だ! キャロル、槍を掲げてくれ!」

「任せてください!」


 キャロルがたまたま持っていた槍『ブルズランス』を天に向けると、1匹の猫がぴょんぴょんと上ってゆき、先端で曲芸を始めた。


「「おぉーっ!」」

「「わあぁーっ!」」


 くるくると器用に踊る猫を見て、皆のテンションも最高潮だ。

 そしてどうやら、カノンの炎を使った俺の一発芸は、酒飲み達にも火をつけたらしい。


「がっはっは、こりゃすげえなあ! こいつは俺っちも、負けてらんねえぜ!」


 なんとブランドンさんが、服を脱いで肉体美を披露し始めたんだ。

 もさもさの胸毛、血管が浮き出るほど鍛え抜かれた筋肉は、男なら誰もが憧れる美しさだ――キャロルを含めた女の子は、ドン引きしてるけど。


「あはははは! 見ろよ、ブランドンが脱いだぞ!」

「俺のカラダも披露するか!」


 一方で、酒を飲んでいた男達もブランドンさんに続いて服を脱いでポーズをとる。


「ふん、ぬふぅっ!」

「ヤーっ!」

「パワーっ!」

「「筋肉サイコーだーっ!」」


 たちまちボディービルコンテストの会場になった広場からは、爆笑の声が聞こえる。

 肉を食べ、酒を飲み、くだらないことをやって笑う。

 のどかなカンタヴェールからは想像ができないお祭り騒ぎも、ここのいいところだ。


「こりゃ、夜になっても騒がしいままだろうな」


 スキルで造った火の猫を追いかけ回す子供を眺めながら、俺は近くのベンチに腰かけた。

 隣にはもぐもぐと串焼き肉をほおばるキャロルもいる。


「お兄さんは疲れてませんか? さっきの芸以外でも、スキルをずっと使ってますよね」

「モーマンタイだ。テーブルを亀にして、包丁をトカゲにして動かしてるだけなら、1日中動かしてたってピンピンしてるぞ」

「やっぱりすごいよね、イオリ君って!」


 カノンもキャロルの隣に座って、話に混ざる。

 少し前までは俺達以外には暗い様子だったけど、今は皆に混ざって、バーベキューの手伝いができるくらい馴染んでる。


「カノンさんもお疲れ様です、朝からお祭りの準備を手伝ってもらって……今日退院したばかりなのに、すごく元気ですね」

「診療所でもらったポーションのおかげで、元気100倍だよっ☆」


 ピースまで決めるほど元気いっぱいなカノンは、俺達にずい、と顔を寄せた。


「ねえねえ、イオリ君、キャロルちゃん! カノンね、言いたいことがあるの!」

「お、何だ?」

「カノン、本当はずっとイオリ君のそばにいたいんだけど、同じくらい大事で、素敵なものが見つかったんだ。ふたりのおかげだよ、ありがとっ♪」


 純度100パーセントの感謝の言葉ってのは、俺もキャロルも照れるな。


「はは、そりゃどういたしまして」

「カノンさんのやりたいことが見つかったなら、私も嬉しいです!」

「それでね、カノン、一番ぽかぽかできる場所に住まわせてもらって、町のお手伝いをしたいって思うの! ふたりとも、どこか分かるかな~?」


 わざとらしいカノンの問いかけだけど、答えなんて考えるまでもない。

 彼女が一番、カンタヴェールの温かさを感じたところなら、すぐに頭に出てくる。


「お兄さん、分かりますよね?」

「ああ、もちろんな。カノンはきっと――」


 俺はキャロルと頷き合い、答えを言おうとした。





「――天羽イオリ、出てこいやコラアァーッ!」


 ところが、俺の声はさえぎられた。

 俺だけじゃない、町の大騒ぎも、すべてが一瞬にして静寂と化した。

 カンタヴェールの入り口、小さな門のある方角から聞こえてきた、耳障りな大声で。

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