第30話 スキルの使い道
俺とキャロル、カノンは診療所から離れて、カンタヴェール唯一の広場を通る。
最初に向かったのは、稲妻の形をした看板が特徴の薬屋だ。
「まずはここだな、『
カノンは、はっと思い出したように口を開く。
「ポンチョ先生が持ってきてくれたお薬って、もしかして……」
「そうです、薬店の店主さんが診療所に持ってきてくれました。診療所にもお薬はあるんですけど、ここの軟膏はとてもよく効くんです」
「確か、『
「はい。ブリーウッズの森で獲れる『スターフラワー』のオイルと
「これのおかげで、俺達は今も元気にやっていけるんだ」
異世界の薬の効能に改めて感心しつつ、俺達は薬屋に入った。
『双角屋』は棚に奇々怪々なアイテムがずらりと並んでるけれど、こっちはポーションや軟膏、漢方のような粉末、錠剤が揃ってる。
「すごいね、ポーションなんて、映画の中でしか見たことなかったよ!」
好奇心で目を輝かせるカノンが奥に進んでゆくと、薬屋の女主人と
「おや? あなたは確か、この前の……調子はどうかしら?」
すると、カノンの様子が急に変わった。
「……え、あ、うん……元気だよ」
彼女は挙動不審になっただけじゃなく、距離を取るように両手をぎゅっと握る。
やっぱり、俺達と話す時は目も合わせられないし、声もどもるのか。
初めて会った時のキャロルよりも、今のカノンの方がずっと人見知りって感じだ。
こりゃ、町の皆と仲良くなるには、時間がかかるかもな。
「よかったら『
ただ、女主人からすればさほど気にならないらしい。
軟膏が半分だけ入った瓶を突き出されても、カノンはどうにも受け取ろうとしない。
「あの……」
「もらっとけ。お礼はまた今度、返せばいいさ」
「……ありがとう……」
俺が隣まで来て、彼女はやっと瓶を受け取り、そそくさと店を出てしまった。
ちょっぴり元気をなくしたようなカノンを連れて向かうのは、すぐ向かい側のお店だ。
「次はここだな、『ゼンディー武具屋』。ここで戦いなんてまず起きないけど、行商人が必要なのを買い取って、他の町で売ってくれるんだよ」
俺が剣と盾をモチーフにした看板を指さしても、カノンはどうも元気がない。
体は回復したとはいえ、心はまだまだ完治には遠そうだな。
「……そうだね……」
ぼんやりとした返事を聞いて、キャロルも彼女が心配になってきたみたいだ。
「カノンさん、大丈夫ですか? 気分が
「う、ううん、心配ないよ。ちょっと落ち着かないだけだから」
「でしたらこの後は、『猫のしっぽ』に行きましょう! あそこで出してくれるココアは、飲むだけで心もあったかくなるんですよ!」
『猫のしっぽ』といえば、この前ブラックレオンの退治を俺にお願いしたおばあちゃんが
俺も好きな店なんだが、カノンのメンタルを回復させるほどの喜びはないか。
「……楽しみだなあ、あはは……」
まだこんな調子で、取り
どうしたもんか、と俺とキャロルがカノンの後ろで顔を見合わせていると、武具屋から木箱を抱えた亭主と子供が飛び出してきた。
「おいおい、重いもんを運んでんだから、あんまり近くで騒ぐなっつーの!」
亭主は木箱を何個も重ねて運んでいて、バランスが随分悪い。
しかも子供ふたりは、そんなのお構いなしで、父親のまわりを駆け回ってるんだ。
「ミーちゃん、まてーっ!」
「つかまんないよーだっ!」
そんな風に遊んでいたらどうなるか――俺達が注意するよりも先に、子供の体が亭主の足にぶつかった。
「わ、わわわ……っ!」
バランスを崩し、彼が運んでいた木箱が崩れて宙を舞う。
中に入ってるのは、バラバラにした鉄の鎧だ――あんなのが子供の頭に当たれば、ケガじゃすまない!
俺がスキルを発動しようとするのと、キャロルが動き出すのはほぼ同時だった。
でも、それ以上に、ほとんど反射的に動いた子がいた。
「スキル【蒼炎魔法】――『ビッグバーン・ハンド』ッ!」
手をかざしてスキルを使ったのは、カノンだ。
彼女が蒼い炎を地面から発生させると、それはいくつもの巨大な手の形を作り、木箱をすべてキャッチしてみせた。
木製の箱はちっとも燃えていないし、鎧はひとつも地面に激突していないし、子供どころか亭主もケガはない。
カノンは自分のスキルで、トラブルを完璧に解決してみせたんだ。
「……だ、大丈夫……?」
まだ不安げな様子を残したまま、カノンが3人に声をかけた。
きょとんとしていた子供達が、スキルの使い手を理解した途端、目を輝かせる。
「「――すごーいっ!」」
「……え?」
ぽかんとするカノンの手を、亭主が心底感謝した顔で握りしめた。
「カノンだっけか、本当に、ホントーにありがとうな! あんたがスキルを使ってくれなきゃ、鎧がひっくり返って、大変なことになってたぞ!」
「「おねーちゃん、ありがとーっ!」」
周りからも人が集まってきて、「転移者のスキルはすごい」とか「炎を操れるのはすごい」とか、口々にカノンのスキルと行いを褒めてる。
「……カノン、助けなきゃって、体が動いただけで……」
謙遜する彼女のそばに、俺とキャロルが駆け寄った。
「いいえ、カノンさんが優しい証拠です!」
「嫌いな奴を燃やすだけが、スキルの使い道じゃないってことだよ」
カノンは自分のスキルで、己を裏切った人間を焼き殺したいって言ってたし、他の使い道なんて考えてないようだった。
でも、本当に正しい使い方はすぐそばにあったんだ。
カノンもやっと、それに気づいたみたいだしな。
「……そうかな。えへへっ」
まだ少しだけ不安の残る目で、カノンがはにかんだ。
そして炎の腕で木箱を地面に置いて、武具屋の皆に手を振りつつ、街の散策を続けたんだ。
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