第26話 両手に危険な花!?

「え、いや、好きってのはどういう……」

「好きに、好き以外の意味なんてあるのかな?」


 ずい、ずずい、とカノンが近づいてくる。

 めちゃくちゃいい匂いがするし、改めてみるとかなりの美人だ――当たり前だろバカ。


「カノンはね、イオリ君が好きだったらすっごく嬉しい……ううん、キライでもいいの」


 するするとカノンの手が俺の手に絡んできて、指先から心臓、心臓から背筋にかけてぞくぞくした感覚がはしってきた。

 どうしたもんかと困っている俺なんて構わず、カノンは愛らしく笑った。


「そしたらカノンが、好きになってもらえるように、がんばるだけだからっ♪」


 学校で見ているものよりも何倍も、何十倍も明るい太陽みたいな笑顔とともに、カノンが信じられないほど距離を詰めてくる。


「ねえねえ、イオリ君のこと、もっと教えて! 好きな食べ物も好きなタイプも、好きな髪の色も性格も趣味も場所もぜんぶ、ぜーんぶ教えてほしいな!」

「あ、ええと、俺の好きなものってと……うわっ!?」


 その勢いに負けて、とうとう俺はベッドに倒れ込んだ。

 カノンが起こしてくれるかと思ったけど、彼女は起こすどころか、俺に覆いかぶさる。

 診療所で病人が着る服は生地が薄くて、あの、大きいところが余計に目立ちます。


「……カノン、イオリ君が好きなもの、ひとつだけなら知ってるよ」


 俺が視線をらすのに勘付いたように、絡ませたカノンの手がぐい、と上がる。

 少しずつ持ち上げられた俺の手のひらが触れそうになるのは、彼女の双丘だ。

 もうちょっと力を込めるか、かるーく動かすだけで当たってしまうそれの柔らかさを知りたい気持ちと、自制心がぶつかり合ってる。


「イオリ君、ここ、好きだよね? 学校にいた頃から、ちらちら見てたもんね?」

「き、き、記憶にございません! おっきいとか揺れてるだとか1回も思ったことはありません、俺は誓って無実です!」

「ふ~ん? カノンは、そう思ってても怒らないよ~?」


 にやにやとするカノンを見て、脳みそが必死に「耐えろ」とシグナルを送っているのに、心が「思い切り揉め」と叫んでる。

 耐えろ俺、ここでに及ぶのはマジで最悪だ!


「ちょっと待って、人が来るから、じゃなくて急すぎるから!」

「……いいよ」


 だけども、カノンはどうやら、俺の理性を壊すすべに長けているらしい。

 耳元の囁きだけで、心に建てられた牙城がじょうが脆く崩れ去ってゆく。


「見られたっていい、見せつけてやりたい。カノンがどれくらい、キミのそばにいたいって願ってるか教えてあげたいな」


 ああ、ダメだ、このままどうにでもなれって思ってしまう。

 だいたいカノンが可愛いのが悪いんだ。

 こんな美少女に迫られたら、理性なんかごみ箱に捨てられるのが当たり前なんだよ。


「抵抗しないんだ……だったら、このまま――」


 遂に目を逸らすことすらしなくなった俺の唇に、カノンの唇が触れかけた時――。





「――お兄さん?」


 ――病室の入り口から、声が聞こえた。

 視線を向けると、物凄い形相のキャロルと、どこか楽しそうなブランドンさんがいた。


「おっと、お邪魔だったか?」


 肩をすくめるブランドンさんに、カノンは悪びれる様子もなく、ひらひらと手を振る。


「こんにちは、グラントさん、キャロルちゃん♪」

「いや、ブランドンさん、キャロル、これには深い事情が……」


 俺は慌てて弁明しようとしたけど、先にキャロルが勢いよく腕を振りかぶった。


「何してるんですか、お兄さん! ハレンチですーっ!」

「ぎゃああっ!?」


 彼女は、俺とカノンを引き離そうとしたに違いない。

 そりゃまあ、昼間からいちゃついてたら、見せられる方はイライラするよな。

 お見舞い用に持ってきたフルーツ入りのかごを、壁にめり込むほどの勢いで投げるほどではないと思うけども。


「ギンジョーさんも、離れてくださいっ!」


 かごが頭に直撃した時のグロテスクな光景を想像して震える俺をよそに、キャロルはカノンを無理矢理引きはがした。


「えー? キャロルちゃん、カノンって呼んでもいいよ?」

「呼び方はどうでもいいんです! お兄さんとそんなに近づいて、うらやま、じゃなくて、えっと……そんなことしちゃ、ダメですよっ!」


 角の先から湯気を噴くキャロルは、俺に向かってびしっと指をさす。


「お兄さんもお兄さんです! 付き合ってもいないのに、ちゅーなんてダメダメですっ!」


 ああ、やっぱり俺のハレンチな行動を指摘したんだな。

 気持ちはすごく分かる。

 俺だってあっちの世界にいた時、道行くカップルがいきなりキスするのを見るとイライラしてたから。


「……へぇ~♪」


 ただ、カノンのリアクションは俺とは真逆で、少なくとも反省じゃない。

 なんと彼女は、キャロルに見せつけるみたいに、俺に腕を絡めてきたんだ。


「イオリ君、今日は調子がいいから診療所のまわりを散歩したいな。もちろんこうやって腕を組んで、なかよし~って感じで♪」


 しかも半ば無理矢理立ち上がらせて、今から外に出ようってつもりだ。

 待ってくれ、当たってるし柔らかいし、キャロルがすごい顔をしてるし。

 一番冷静に事態を把握できそうなブランドンさんは、腕を組んで大笑いするばかり。


「おうおう、見せつけてくれるじゃねえか! キャロルも負けてらんねえな!」

「あ、当たり前だよ……じゃなくてっ!」


 ばかり、だったらよかったなあ。

 ブランドンさんはキャロルを煽って、俺の反対側で腕を組ませてきた。

 なんだこりゃ、両手に花だ。

 大きいのとすごく大きいのが腕に当たってて、人生全部の徳をすべて使ってる気分だ。


「カノンさんとお兄さんは距離が近すぎます! なので、私が監視します!」

「ちょっと、ふたりとも距離が近すぎ……熱っ、じゃなくて、痛ででで!?」


 ところが、喜んでいられるのは一瞬だけだった。

 カノンは腕が離れないように炎の縄で腕を縛って、キャロルはとんでもない腕力で、絶対にすっぽ抜けないように俺の腕を固定してる。

 痛いし熱い、熱いし痛い、どっちがどっちか分からねえ!


「ぶ、ブランドンさん、今日は店番したい気分なので店に帰ります! すいませんけど、カノンとキャロルを任せても……」


 脂汗を浮かべながら、俺はブランドンさんに助けを求めた。


「いやあ、イオリもけっこう女の子から人気だがな、俺っちも昔はモテたもんだぜ? この筋肉を見せつけりゃあ、王都のマブい娘達がキャーキャーとだなぁ……」

「思い出に浸っとる場合かーッ!」


 だめだこりゃ。

 俺の叫び声は、むなしく病室に響くだけだった。




 ……結局、俺はカノンとキャロルを連れて診療所の外を散歩する羽目になった。

 ……両腕の感覚は、しばらくないなったよ。

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