第25話 蒼い炎、歪んだあの子
「やあ、イオリ。今日もあの子の面会だね?」
「あ、はい。カノンの調子はどうですか?」
「大分よくなったよ。家内に案内させるから、ちょっと待っててくれ」
カノンを助けてから1週間ほど、俺は毎日診療所に通ってた。
仕事を終えて、パン屋でおいしそうなパンを見繕って持っていくと、医者のポンチョ先生か奥さんが俺を病室に案内してくれる。
カノンはいつも体を起こして、俺を待ってくれていた。
そしてパンをテーブルに置くと、美味しそうに食べてくれるんだよ。
ただ、ポンチョ先生が言うには、「イオリが来ないと不安そうにしていて、爪で体を引っかいたり、何かをしきりに呟いたりしてる」らしいんだけど。
確かに時折、カノンはちょっとしたことで恐怖心が
『やだ、やだ! ぶたないで、友達なのに、やめて、ぶたないでえっ!』
『イオリ! またあの子が……!』
『落ち着け、カノン! 俺がいるから、ずっとそばにいるからな!』
その度に俺や先生、たまにブランドンさんとキャロルがなだめた。
原因は分からずじまい――まあ、俺とポンチョ先生は「あれだけ怖い目に遭ったんだから、まだメンタルが不安定なんだろう」って結論に至った。
だったら、いつもの笑顔を取り戻させるのが、俺の役割だ。
そんな風に思いながら、俺は今日も丘の上の診療所に来た。
ポンチョ夫人が案内してくれるけど、もうすっかり、病室の場所まで覚えてしまってる。
「カノン、元気か?」
がちゃりと扉を開けた俺の視界に、最初に入ってきたのは、空っぽのベッドだった。
「……カノン?」
いつもならベッドで待ってくれているのに、影も形もない。
嫌な予感が胸をよぎる。
俺の心臓が、不愉快なほど早く鳴る。
「カノン、どこいったんだ! カノン――」
病室の真ん中まで来て、ベッドのシーツを引っぺがして彼女を探そうとした時。
「――だ~れだ?」
不意に、俺の視界が
ふわりと香る花のような匂いが、俺の目を覆い隠している手のひらの主を教えてくれる。
「カノンだな」
「えへへ、正解っ♪」
ぱっと視界が開けると、病人服を着たままのカノンが後ろから躍り出た。
診療所での治療が功を奏したのか、ケガはほとんど残っていないし、カノンの目にもすっかり生気と明るさが戻ってる。
俺にいたずらができるくらいの活力も取り戻したなら、退院もそう遠くないはずだ。
ほんとに、ポンチョ先生と奥さんには感謝してもしきれないな。
「元気そうで何よりだ」
「イオリ君のおかげだよ。それに、先生と町の皆もよくしてくれたし……スキルだって、もうすっかり使えるようになったんだ!」
白と青の髪をなびかせて、カノンが指を鳴らす。
すると、彼女の指先に蒼い炎が
「カノンのスキル、【
にこにこ笑うカノンは、炎を伸ばして輪を作ったり、花火のようにポンポンと指先から発射したりと、スキルを披露してくれる。
炎は四方八方に飛び交うのに、俺に当たっても熱くない。
近くの家具もベッドもまったく燃えちゃいない。
可燃と姿形が自在の炎――なるほど、確かにAランクの強力なスペックだな。
「すごいよね、イオリ君? ね、ねっ?」
「あ、ああ、そうだな。蒼い炎なんて初めて見たし、すごいスキルだ」
ただひとつ、気になったのはスキルの能力とか右腕の紋章じゃない。
俺が反応しなくなっただけで、カノンの表情に焦りが見えたんだ。
「スキルのチカラも取り戻したし、ポンチョ先生がね、明日にもここを出られるって言ってくれたの! カノン、ここを出たらスキルでやりたいことがあるんだーっ!」
なんてのは、俺の考えすぎみたいだな。
「お、そりゃいいな。何をしたいんだ?」
「カノンをいじめたやつを、焼き殺す」
あ、やっぱりちょっと、ヤバいかもしれない。
声のトーンも一段階下がったぞ。
「カノン、覚えてるよ。いやだって言ったのにぶったり、蹴ったり。スキルで背中を焼いたり、雷の魔法で刺したり。服を破いて、ママがくれた髪飾りも捨てられたんだ」
「落ち着こうな、ほら、パンを買ってきたから食べような?」
「坂崎達はカノンを奴隷商人に売った。小御門も近江も、カノンを大好きって言ってた人は皆、カノンを見捨てた。カノンはずっと、友達だと思ってたのに」
「待て待て、ちょっと冷静になれって!」
「みーんな裏切り者。みーんな信じられない。だから焼いて、後悔させて、殺すの」
ヤバいヤバい、完全にヤバい。
自傷も暴れもしなくなった代わりに、負の感情がとんでもない方に向けられてる。
元からこうだったのか、強烈な体験がすっかり人格を変えたのか。
明るく爽やかなクラスのムードメーカーの銀城カノンは、すっかり深い闇を抱えてしまっているのだと、俺は察した。
髪の内側、インナーカラーで染まった青色が炎になってめらめらと揺れているのも、きっと感情の発露が原因だ。
「絶対に許さない、許さない、カノンが苦しんだ分だけ裏切られた分だけ長く焼いてやる泣いて謝ったらその分だけ熱く焼いてやるカノンの友達だなんて言ったら叫び声も上げられないように喉から焼いてやる……」
「分かった、分かったから! 今は炎をしまってくれ、頼むよ!」
とうとう炎がコントロールできなくなったのを見て、俺は反射的にカノンの手を握った。
診療所に来た時のように強く手を握り締めると、彼女の炎の揺らぎが収まる。
少しだけ呆けた調子で立ち尽くしていたカノンは、炎を完全にかき消した。
「――でも、イオリ君だけは別だよ」
彼女の顔が、ぐるりと俺に向いた。
「だって、イオリ君はカノンを助けてくれたもん。カノンね、君のことが大好きだよ」
明るい彼女の目は、相変わらず輝きに満ちたまま。
なのに、俺にはどす黒い闇が見えていた。
「ねえ、イオリ君はカノンのこと、キライ?」
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