第24話 安心できる場所

「銀城……大丈夫、大丈夫だ……」


 話を続けた自分を責めながら、俺は銀城さんの背をさすった。

 だけどそれ以上に湧きあがってくるのは、小御門や坂崎達への怒りだ。

 いくらAランクスキルの持ち主とはいえ、相手は女の子だってのに、スキルを封じたうえで心に傷を負うくらいの仕打ちをするなんて。

 それにマッコイも許せねえ――次に会ったら、狼の餌にしてやる。


「ごめんな、変なこと聞きすぎた。この話は、もうやめにした方がいいな」


 正直、もう話を続けるつもりはなかったけど、銀城さんが拒んだ。


「……イオリ君、手……握って……ぎゅって……そしたら、大丈夫だから……」


 どうしたものかとわずかに迷ったけど、まだ傷の残る手を、俺は静かに握る。

 そうしたら、次第に銀城さんの震えが収まってきた。


「聞いた俺が悪いんだ。本当に無理しなくていいんだぞ、銀城」

「ううん……話さないといけないことが、あるの……」


 ブランドンさんもキャロルも不安げに見つめる中で、病室に銀城さんの声が響く。


「リョウマ君……が、カノンを引き渡す前に、言ってたよ……イオリ君を殺したのは、自分達だって……」


 銀城さんにあいつが暴露ばくろしたのは、もう彼女を世の表側に出すつもりがないからだ。


「それに、坂崎が……悪い人を、いっぱい知ってるって……カノンを売ろうとした人も、坂崎とか、その友達が知り合ったって言ってた……」


 坂崎、と呼ばないあたり、よほど下衆げすな真似をしたんだろうな。

 小御門自身が手を汚さない分、あいつはためらいなく自分の手を汚して悪逆あくぎゃくな手段を取る――あいつにとって、暴力や支配は趣味の一環だからだ。


「坂崎コウスケか。確かにあいつなら、あくどいことに手を染めそうだな」

「イオリの友達、ってわけじゃなさそうだな」

「いつも子分を従えて、弱いやつしか獲物にしない上に、徹底的に痛めつける。小御門の目的に暴力が必要なら、あいつ以上にうってつけの男はいないですよ」


 学校でも異世界でも、坂崎と子分のやることは変わらない。

 犯罪にさえならなきゃ、殺人でも婦女暴行でも放火でも何でもやる。


「小御門がやらなきゃ、きっとあのまま、坂崎が俺を殺してた」


 静かに俺が言うと、隣にいるキャロルの瞳孔が開いていた。


「お兄さんに、乱暴を……」

「どうどう。鼻息が荒くなってるぜ、キャロル」


 ふう、ふう、と白い息を漏らすさまは、まるで闘牛みたいだ。

 キャロルの変貌ぶりも驚きだが、ひとまず考えるべきは坂崎とマッコイについてだ。


「マッコイをカンタヴェールから追い出した時、転移者の知り合いがいるって言ってた。きっと、坂崎のことだ。小御門や近江が動かないとしても、話を聞いた坂崎だけは報復に来るかもしれない」


 恐らくマッコイが坂崎に事情を話せば、あいつがここに来る。

 スキルの力を存分に活かして、皆に危害を加えるはずだ。


「その時は、俺が……」


 そうならないように、俺は身を挺してひとりでカンタヴェールを守るつもりだった。


「――さっきも言ったろ。お前さんと、カンタヴェールの町が迎え撃つぜ」


 俺が話し終えるより先に、ブランドンさんが肩を叩いた。

 指や腕の太さから確かな力を感じるけど、相手はスキルを持っているだけじゃない、人を殺すのに何のためらいもないなんだ。


「……でも、相手はスキルを……」


 首を横に振る俺に、ブランドンさんは笑いかける。


「関係ねえさ! お前さんに好きなように暴れろって言ったのは、俺っちだしな!」

「お兄さんは、私の命を守ってくれました。今度は私達が、お兄さんの大事なものと、あなたを守る番です」

「薬屋も武具屋の連中も、がきんちょもじいさんばあさんも、同じ気持ちだ。嬢ちゃんをここに運び込む前に聞いたから、間違いねえぜ!」


 ここまで言ってくれる人達を信頼しないのは、かえって失礼だ。

 ブランドンさんもキャロルも、カンタヴェールの皆も、味方でいてくれるんだから!


「……こんなに頼もしい味方がいれば、百人力ですよ!」


 俺はブランドンさんの手のひらを、力強く叩いた。

 手首が折れるかと思ったが、このパワーが味方なら、怖いものなしだな。


「よぉーし、こっからは通常営業だ! 俺っちは頼まれてたアイテムの合成をするから、キャロルは店番をよろしくな!」

「うん、分かった。お父さん、合成するアイテムはちゃんと量を測ってね」


 ひとまず今後の方針が固まったところで、ふたりは病室を出てゆく。


「それじゃあ俺も、店の手伝いを……」


 俺もグラント親子について行こうと立ち上がると、不意に手の先に重みを感じた。


「……お願い、イオリ君。ここにいて」


 見ると、銀城さんがぎゅっと、さっきより強く俺の手を握っていた。

 まるで離れると、死んでしまいかねないと言うかのように。


「銀城さん……」

「……カノン、って呼んで」


 震える声と、うるんだ瞳が、俺をもう一度椅子に戻す。


「今のカノンの、安心できる場所は……イオリ君のそばだけ……だから……」


 俺の手の甲に、カノンの爪が食い込む。

 痛みはない代わりに、彼女の苦しみが伝わってくる。


「眠れるまで……一緒にいて……!」


 必死に声を絞り出したカノンを、ひとりにはできなかった。


「カノンが眠くなるまで、ここにいるから。安心してくれ」


 俺が彼女の手を握り返すと、静かにすすり泣く声が、カノンから漏れた。




 ただ、俺はこの時、気づいてもいなかった。

 ――銀城カノンという人間が、とんでもない依存体質だということを。

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