第23話 追放された後

 それからしばらくして、銀城さんは町の診療所に運び込まれた。

 医者のポンチョ夫婦から手厚い治療を受けたけど、一番深く傷ついているのはメンタルみたいで、ちゃんと話せるようになったのは翌日からだ。

 だから次の日、面会を許された俺達は銀城さんに会いに行った。


「――どう、落ち着いた?」


 声をかけながらベッドのそばの椅子に腰かけると、体を起こした銀城さんが頷く。


「……うん……」


 頭や手、首元にガーゼを貼った痛々しい姿で、目にはまだ光がない。

 あれだけの仕打ちを受けた傷が治るのには、きっと俺が思っているよりもずっと長い時間がかかるはずだ。

 もっと早く彼女の所在に気付いていれば、と後悔しながら銀城さんの背中をさすっていると、キャロルとブランドンさんが部屋に入ってきた。


「ミルクのお代わりならありますから、遠慮しないでくださいね」


 コップとお盆をテーブルに置くキャロルを見て、ブランドンさんが腕を組んで笑った。


「キャロル、知らないうちにすっかり人見知りがなくなったな! イオリのおかげか~?」

「も、もう! 茶化さないで、お父さん!」

「わはは、すまんすまん!」


 ソフトモヒカンの頭を掻きながら、ブランドンさんは銀城さんを見つめる。


「ギンジョー・カノンだっけか? 寒いと思ったら俺っちにも言ってくれ、カンタヴェール中からふわふわの毛布も集めてきたからな!」

「……ごめんなさい……」


 彼女の返事は、どうしようもないやるせなさと苦しさに満ちた謝罪だ。


「カノンを助けたから、怖い人が……また来るかも……カノンのせいで……!」


 シーツをぎゅっと握りしめて、銀城さんが絞り出すように言った。

 きっと彼女の頭の中には、マッコイの恐怖だとか、自分がカンタヴェールにかける迷惑だとかが渦巻いているんだろうな。

 でも、そんなことで怒るようなやつは、この町にはいない。


「銀城が謝ることじゃねえって。もう一度来ても、俺のスキルで追い払ってやる。ただ、ここじゃあブランドンさんやキャロル、町の皆の方がよっぽど怖いと思うけどな」


 俺がスキルを示す紋章を見せると、ブランドンさんもムキムキの筋肉を披露する。


「マッコイの野郎には、前から散々ナメられてたんだ! 俺っちがマジギレしたらどれだけやべえか、嫌ってほど味わわせてやるぜ!」

「私も、お兄さんを絶対に守ります。皆もきっと、同じ気持ちですっ!」


 キャロルもぐっと拳を握って同意する姿を見て、銀城さんはうつむいた。


「……うらやましいな」


 漏れ出すのは悲哀ひあいとか、苦痛とか――ブラスの感情なんて欠片もない、俺の知る銀城さんからは出てこないような声だ。


「カノンも……信頼できる人がいたら、こんな目に……遭わなかったのかな……?」


 銀城さんの話はきっと、こうなる経緯だ。

 そう悟ったからこそ、俺もグラント親子も口を閉じて、彼女の話に耳を傾けた。


「……イオリ君がいなくなってから……君が消えた理由を、皆に聞いたんだ……そしたら、夜のうちに相談して、出ていったって……」


 彼女が語り出したのは、俺が姿を消した翌日から。

 小御門のやつ、俺を斬っておいて、銀城さんには大嘘つきやがったな。

 この調子だと近江アイナもしらばっくれたんだろうし、坂崎と子分は……まあ、あいつらが本当のことを話すわけがないか。


「でも、カノンは信じられなかった……だって……神殿の外に、血が残ってたから……」


 キャロルがちらりと、俺を見る。


「お兄さんが、斬られたところですか?」

「間違いないな。あいつら、血痕けっこんを処理したんだろうが、詰めが甘かったみたいだ」


 人に嘘をついておきながら、証拠を残すなんて間抜けもいいところだ。

 それとも、SSランクのスキルを手に入れて、自分に敵はいないだなんて調子に乗りまくってたもしれないな。


「証拠があるなら、連中を問い詰めてやりゃあ良かったじゃねえか!」

「……聞ける空気じゃないよ」


 ブランドンさんの言い分に対して、銀城さんは首を横に振った。


「リョウマ君やアイナちゃん、モルバさんと、クラスの乱暴な人達が、皆を支配してたの……自分達は、この世界の救世主だって言い出して……誰も、逆らえなかった」

「救世主、か。俺っちの経験則でいやあ、その手の連中はろくな輩じゃねえな」


 うんうんと頷くブランドンさんには、俺は全面的に肯定できるな。

 あの小御門リョウマって男は、きっと異世界に転移する前から、とんでもない思想を心の中に抱え続けてきたに違いない。

 そしてスキルがあれば何でも許される世界に来て、自分の欲望を爆発させたんだ。

 都合のいい女とクラスメートしもべを手に入れたあいつは、きっと近いうちにとんでもない暴挙に出ると、俺は確信していた。


 あいつの異常さにこめかみを抑えるしかない俺を見つめ、銀城さんが話を続ける。


「神殿でスキルの使い方とか、こっちの世界のことを学んでるうちに……あの人達は、先に神殿を出て行って……カノン達は、最後に神殿を出たよ」

「小御門達と出て行った奴は誰か、覚えてないか?」

「ええと、リョウマ君とアイナちゃん……坂崎君といつも一緒にいる子……カノンと神殿を出た子の中にも、あの人達について行く子がいたよ……」


 俺の殺害未遂に関与した連中以外にも、小御門について行く生徒がいたのか。


「まるで洗脳か、そうじゃなきゃ脅迫だな」


 あいつの本性を知ってなお、まだ従ってるなら大したもんだ。

 銀城さんがそうじゃなくて、というかそもそも小御門のことを信用していないらしくて、本当にありがたい。

 俺を探そうとしてくれたのも嬉しいし、信用してくれたのも同じだ。

 ただ、願わくばそう思ってくれるだけでいてほしかった。


「カノンはね、あの人達がイオリ君のことを知ってると思って……会いに行ったの……」


 銀城さんの性格からして、そうはいかないはずだ。

 しかも彼女が小御門の居場所を突き止めたとして、あいつらが、自分に従わない人間を放っておくはずがない。


「そしたら、いきなり抑えつけられて……スキルを抑える腕輪を、つけられて……!」


 話しながら、銀城さんの体が震えだす。


「坂崎君が、奴隷商人を呼んで……つれていかれて……」


 しまった、と俺達が顔を見合わせた時には遅かった。


「怖い人達が、カノンを……いっぱい、いじめた、いじめたの……!」


 彼女は大粒の涙を流し、身を縮こまらせた。

 いつもの明るく元気な、クラスのムードメーカーはどこにもいない。

 いるのはただ、痛みと苦しみがフラッシュバックし、人格を壊された女の子だった。

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