第22話 イオリの怒り、町民の怒り

「あ、あわわ……!」

「無法な手段で悪いけど、こっちも手を選んでいられないんだよ」


 俺は腰を抜かしたマッコイの前に立ち、自分でも驚くほど鋭い目つきで睨む。


「もう一度だけ言うぞ――銀城さんを解放しろ」


 もっとも、睨み、脅してやったところで簡単に首を縦に振らないのは、織り込み済みだ。


「ふ、ふ、ふざけおって! お前らも何をぼさっとしとるんじゃ、この田舎者の首をへし折ってやらんか!」


 案の定、よたよたと立ち上がったマッコイは、護衛達の背中を叩いて叫んだ。

 革製の鎧に身を包んだ男達が俺に襲いかかろうとするけど、避ける必要なんてない。


「お兄さんに手を出すなら、許しません」

「グラント親子に腕力で勝てると思ってんのかァ!」


 連中が握りしめた斧やナイフが俺に届くより先に、グラント親子がその手を掴んだ。

 牛角族への差別的な言葉を吐こうとした男達だけど、ブランドンさんやキャロルの握力が強まっていくと、次第に顔が苦悶に染まってゆく。


「ぐお、痛でででで!」

「千切れる、ぢぎれるぅ~っ!」


 悲鳴を上げるふたりの中で、特に苦しそうにしているのは、キャロルにやられてる男だ。

 当たり前だ、キャロルの腕力は、鉄くずを球体にするブランドンさんが「自分より強い」って言うほどなんだぜ。

 波打つ茶色の髪が逆立って、角が天を衝くくらい怒ってるならなおさらだな。

 だけど、ブランドンさんだって負けちゃいない。


「どりゃああああーっ!」


 彼が一本背負いの要領で男を投げ飛ばすと、地面に叩きつけられた敵は一撃で気絶して、びくびくと痙攣けいれんするだけになった。


「あんぎゃあああッ!?」


 キャロルも腕を握る男をぶん投げて、壁にぶつけて撃破してしまった。

 ブランドンさんよりも遠慮がない分、ダメージは明らかにこっちのがひどい。


「イオリには指一本触れさせないわよ!」

「金持ちの飼い犬が、調子乗ってんじゃないぞ!」


 さて、残された護衛達も、もちろんただじゃ済まない。

 家から飛び出したカンタヴェールの町民が、そろって色んなものを投げつけてるんだ。


「「出てけ、出てけーっ!」」


 石に土団子、花瓶にコップに皿、果てはイスやテーブルまで。

 いくら屈強な護衛といっても、これだけの集中砲火を浴びればひとたまりもない。

 自分を守ってくれるはずの護衛がひとり、またひとりとやられていく様子を、マッコイはただ唖然あぜんとして見つめるだけだ。


「バ、バカな……こいつら、わしに逆らうなど気が触れて……ひっ!?」


 だったら、俺と巨大怪鳥の役目は、こいつにお仕置きしてやることだな。


『キーッ!』


 舞い降りた鳥がくちばしを開いて鳴くと、マッコイはまた腰を抜かす。


「い、言っておくがな、わしはトルメン男爵やペンルーボ女侯爵とも知り合いじゃ! わしの身に何かあれば、貴族が黙っておらんぞ!」


 それでもまだ、人の名前を借りて強がる余裕はあるんだな。

 こいつにはしっかりと、自分の立場を脳みそに刻み込んでやる必要がありそうだ。


「じゃあ、こうするか。あんたは王都に向かう途中の森で、魔物に食われて死んだ」

「は……?」

「ブリーウッズの森には最近、魔物がよく出るらしいんだよ。あんた達はそうと知らずに森を抜けようとして、バケモノに襲われて死んだ……運が悪かったってやつだ」


 俺のたとえ話を聞いているうち、マッコイの顔がどんどん青ざめてゆく。


「まさか……」

「森まではこいつが連れてってくれるよ。あんたらを爪で八つ裂きにしてから、だけどな」

「~~~~~~ッ!」


 ここまで説明してやって、マッコイは自分の末路を悟ったみたいだ。

 あまりふざけたことを言ってると、死ぬよりひどい目に遭うってな。

 声にならない声を上げた奴隷商人が、立ち上がる余力もないまま後ずさっていった。


「ええい、もういい! 転移者の奴隷くらいすぐに手に入るわ、そんなものはくれてやる!」


 おっと、とうとうマッコイが音を上げたな。

 乱暴な手段を取ったのはこっちだし、銀城さんを渡してくれるなら、俺としてはこれ以上手を出すつもりはちっともなかった。


「だが、よぉく覚えておけ! わしの知り合いには転移者もおる! 近いうちに、必ずカンタヴェールを更地に……ぶひゃああ!?」


 でも、まだ俺達に危害を加えるつもりなら、話は別だ。

 マッコイの服をくちばしで掴み、持ち上げた怪鳥がバサバサと翼をはためかせる。


「近くの川に落としてやれ。終わったら、帰ってきていいぞ」


 俺の命令を聞いた巨大な鳥は、そのまま川の方に向かって飛んでいった。


「だ、誰か、助けてくれぇ~……」

「マッコイ様、お待ちを!」

「ひいぃ、もう物を投げるのはやめてくれ!」


 遠くなるマッコイの声を追いかけるように、ひいひいと悲鳴を上げながら、護衛達は自分の主を追いかける。

 馬車を置いていくほど余裕のない後ろ姿を見つめながら、俺は小さく笑った。


「あはは……ちょっとやりすぎたかもな!」

「そんなことねえよ、イオリ! 俺っちもキャロルも、スカッとしたぜ!」

「お兄さん、すごくカッコよかったです……!」


 連中がすっかり見えなくなった頃には、町中の住民が俺のところに来てくれた。


「あいつらがもう一度来たら、今度はナメクジの瓶詰めを投げつけてやるさ!」

「そうよ、金持ちの好き勝手にさせるものですか!」

「ぼくらはイオリの味方だよ!」


 誰もが俺を守ってくれるのが、とても嬉しい。

 カンタヴェールに迷惑をかけるかもしれないっていうのに、皆は俺を心配して、何かあれば一緒に戦ってくれるんだから、嬉しくないわけがないだろ。


「ありがとう……だったら早速、毛布と温かい飲み物を持ってきてほしい!」


 ジーンとくる気持ちを抑えながら、俺は皆に頼みごとをしつつ、馬車の扉を開けた。

 中に取り残された銀城さんが、びくりと体を震わせる。

 身を縮こまらせながら俺を見る目に、あの時見ていた明るさはない。


「銀城さん、分かるか? 俺だ、天羽イオリだ」


 それでも俺がゆっくりと近づくと、銀城さんも少しずつ警戒を解いてくれる。


「……イオリ、君……?」

「そうだ、クラスメートのイオリだ!」


 努めて彼女を怖がらせないように、俺は元気づけるように声をかけた。

 だけど、銀城さんの感情はもう決壊寸前だったみたいだ。


「……う、うう……うわああああぁぁん……!」


 銀城さんは声を上げて泣き、俺の胸元に飛び込んできた。

 ぼろきれのような服越しに見える肌の傷痕やあざが、短い間にどれだけ残酷な仕打ちを受けてきたかを物語ってる。


 ――俺を助けてくれた人が、こんな目に遭うなんて。


 複雑な気持ちと、守りたい気持ちがないまぜになったまま、俺は彼女を抱きしめた。

 少しも経たないうちに、毛布を持ってくる皆の声が聞こえてきた。

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