第21話 明るいあの子は奴隷少女
心臓が止まるかと思った。
そりゃそうだ、あの銀城さんが奴隷扱いされてるんだから。
「どうした、イオリ?」
異変に気付いたらしいブランドンさんが、俺の肩を叩いた。
「さっき馬車の中にいた奴隷は、俺のクラスメート――一緒に来た転移者です!」
俺が説明すると、グラント親子の顔色が変わる。
恐らくだけど、ふたりが戸惑うくらい、俺は必死の形相になってるんだ。
「……マジか?」
「雰囲気は変わってますけど、見間違えるはずがない! なんで奴隷になってるんだ!」
ほとんど説明を投げ捨てるように、俺は馬車の前に立つべく走り出した。
もう一度すれ違った時に馬車の中を見たけど、中にいる女の子は目が
それでも、見間違えるわけがない!
彼女は銀城カノンに間違いない!
「マッコイ! 止まって、止まれ!」
俺が馬車の前に躍り出ると、マッコイは御者に言って馬を止めさせた。
「何かね、平民? 靴磨きなら間に合ってるぞ?」
「そうじゃない! 馬車の中の奴隷は俺の知り合いなんだ、開放してくれ!」
必死の思いで声を上げても、この程度で奴隷商人が心変わりするなら世話はない。
「馬車を出せ。付き合ってられん」
鼻を鳴らして俺を無視したけど、こっちもはいそうですか、で終わらせられないんだよ。
「どうして転移者を奴隷にできたんだ、それくらい教えてくれたっていいだろ!」
自分でも驚くほど声を荒げる俺を、とうとう後ろからブランドンさんが引き留めた。
「イオリ、よせ! こいつは奴隷を色んなところからさらって売り飛ばす極悪人だ、聞いたって何も言いやしねえよ!」
「随分と言ってくれるのぅ。知り合いの
そんな俺達を見て、マッコイのやつがにやにやと笑う。
「あの奴隷はな、同じ転移者がくれた貴重な品物じゃよ」
「転移者だと!? まさか、茶髪の男とその恋人か!?」
「茶髪……さての、どうだったかのぉ~?」
しらばっくれるマッコイの表情から、俺は疑問を半ば確信に変えた。
銀城さんを奴隷にしたのには、間違いなく小御門リョウマと近江アイナが――あるいはモルバ神官が噛んでる。
あいつら、俺を殺すだけじゃ飽き足らずに、クラスメートを奴隷にまでしたのか。
「こういう美人はの、綺麗なままより、惨めなさまの方が売れるんじゃ。最初は抵抗しとったが、スキルを封じ込めればただのメスよの!」
小御門達への怒りを募らせてる間にも、マッコイは俺の神経を逆なでする。
銀城さんをひどい目に遭わせたのを、嬉々として語りやがる。
「わしが食事を抜いて、何度か殴ったら大人しくなったわ。奴隷の扱いも、楽なもんじゃ!」
しかもこいつが、銀城さんの目から光を奪った張本人だ。
貴族だ何だが許そうが、こんな輩を許せるわけがないだろ!
「ふざけるなよ、お前……!」
「お兄さん、落ち着いてください!」
キャロルやブランドンさんが押さえてないと、ぶくぶく肥え太った豚野郎を殴り殺しかねない状況でも、構わず当の本人はにたにた笑った。
「おっとぉ~? 平民、お前も転移者かのぅ?」
あいつは俺の目を見ちゃいない、俺の腕ばかり見てる。
「この女は、オーデン伯爵のもとに売りつける予定でな。転移者の奴隷を集めとる上顧客だ、言い値で買い取ってくれるに違いないわ!」
俺との関係性を知ってるのか、心臓の奥の怒りを煽り立てることばかり言いやがる。
「傷まみれ痣まみれ、糞まみれになってゴミのように捨てられるまで、あのメス奴隷に自由なんぞありゃせん! 買い手に引き渡されて、絶望してる時の女の顔が、わしはもう好きで好きでたまらんのよ~っ!」
「……ッ!」
もう、俺は気を抜くと頭に昇った血で失神しそうだった。
どうすればこいつを地獄に叩き落とせるか、頭の中がそれだけで埋まった。
「くくく、お前も買ってやろうか? 牛角族よ、こいつの値段を教えてくれ!」
俺の拳が握る力で赤くなっているのも構わず、マッコイは町中に聞こえるような大声で、グラント親子に俺の
ふたりが無視していると、今度は周りの町民達に同じように問いかける。
「こやつらでなくとも、町の連中なら誰でもよいぞ! このふざけた小僧を300ソリア金貨で売らんか! どうじゃ貧乏人ども、当分遊んで暮らせるぞ!」
ソリア金貨300枚といえば、大工が半年働いてやっと稼げる額だ。
マッコイもきっと、田舎町の人間なら転移者を売ると踏んだに違いない。
「あいつ、イオリを売れって言ってるのか?」
「冗談じゃないわよ……」
だけど、カンタヴェールにそんな人はいないって、俺は知ってる。
ついでに言えば、俺を売る話題が出た途端、ブランドンさんとキャロルが怒りで打ち震えているのも、俺は気づいてる。
「言っちゃいけねえことを言ったな、マッコイ」
「だったらどうするのかね、えぇ? 貴族と親交のある大商人のわしに逆らって、住みかを追われた平民なぞいくらでもおるんじゃぞ?」
ブランドンさんや町民の態度が気に食わないのか、マッコイは唾を吐く。
「小僧、今のは忠告じゃ。これに懲りたら、あまり調子に乗らんことじゃな」
そうして馬車を動かして町を出て行こうとする奴隷商人を、俺は逃がすつもりなんて毛頭ない。かといって、皆の今後を考えれば攻撃もできない。
くそ、このまま逃がすわけにはいかないってのにと歯軋りしてた時だ。
「……構うこたあねえ。やっていいぜ、イオリ!」
俺の背中を、ブランドンさんが押してくれた。
周りを見ると、キャロルも、カンタヴェールの皆も、俺を見つめてる。
視線の意味は分かってる――思う存分、暴れてやれってことだ!
「ありがとうございます、ブランドンさんッ! スキル【生命付与】!」
にっと笑い、俺は間髪入れず馬車に手を触れた。
次の瞬間、馬車がめきめきと形を変え、屋根が翼のようにはためいて宙を舞った。
へらへらと余裕をかましていたマッコイが、馬車の変化に伴い転げ落ちる。
何が起きたのかと天を
「な、なんじゃああああッ!?」
目玉が飛び出るほど驚いたマッコイの前で、俺は言った。
「先に言っとく。この鳥は、忠告なんか聞かずにお前らを食うからな」
馬車の素材で組み上げられた巨大な鳥が、俺の意志を代弁するように鳴いた。
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