第27話 【sideカノン】信じたいのに

 笑顔を広めなさい、人を信じなさい、良くないことにははっきりと良くないと言いなさい。

 幼い頃に死んだママから教わったのは、この3つ。

 でも、ママの言葉がカノンのすべてだった。

 いつでもどこでも、どんな時でも、色んな人と仲良くなって、助けたり助けられたり。

 そうすれば皆が幸せになる、もっと楽しくなるって信じて疑わなかった。


 ――でも、異世界に来て、カノンが間違ってるって思い知らされたの。

 ――誰も彼もが最低最悪の人間になった瞬間が、今でも浮かび上がるよ。


『では、追放してしまいましょうか』


 モルバ神官の言葉で、あの日、神殿の空気が変わった。

 天羽イオリ君がスキルの鑑定を受けて、最低ランクのチカラしか持ってないって知った時、皆が彼をのけ者扱いしたんだ。


『そうだ、近江君まで彼をのけ者にするなんて! 僕らはクラスメートじゃないか!』


 幸い、小御門がイオリ君をかばってくれた。

 彼がイオリ君を守るなら、ひとまず安心かな。

 なんてカノンの考えは、どこまでも甘かった。


 次の日、イオリ君は神殿から姿を消した。


『リョウマ君、本当に知らない!? イオリ君が神殿からいなくなったんだよ!?』

『あんなスキルもないザコなんて知らねえっつーの! どうせいじけてどっかに行って、勝手にくたばってんだろ!』

『今は真面目な話をしてるの、コウスケ君は黙ってて!』


 坂崎や他の皆が茶化してるのが、信じられなかった。

 クラスメートのひとりがどこにもいないのに、へらへら笑ってるんだよ。

 特に坂崎と子分達は、ずっとにやついてカノンを見つめてくる――一度だけ仲間を使ってカノンを囲んで、告白してきた時と同じ目だ。

 皆のことは大好きだけど、彼だけはどうしても距離を取りたくなるの。


『……銀城さん。彼は今朝、僕と相談して、自分から神殿を出たんだ』


 そのうち小御門の方から、残念そうな顔で真相を話してくれた。


『天羽君の方から、自分のことはいいから、異世界をよりよく導いてくれと言ったんだよ』

『……そう、なんだ』

『ここで暮らしているうち、いつか彼に会える時も来るさ』


 ――嘘つき。

 小御門はいつもの優しそうな笑顔で事情を話してくれたし、皆も納得してるみたいだったけど、その全部が嘘だって知ってる。

 神殿の外、すごい勢いで流れる川がすぐ真下にある広間に、血がついてたもの。


(イオリ君がどうこうじゃない、クラスメートを見捨てるなんて絶対におかしい!)


 カノンは真実を知りたい、正しいことをしたいって気持ちでいっぱいだった。

 そのうち彼と近江、何人かの生徒は先に神殿を出た。

 カノン達はもうちょっとだけスキルとか、この世界について勉強して、ひとりでも色々とやっていけるようにしてから出るようにしたの。


 カノンの目的は決まってた。

 天羽イオリ君がどうしていなくなったのかを突き止める。

 そして、小御門リョウマが真実を隠していた理由を聞いて、本当のことを知るって。


 しばらく町を渡り歩いて、困ってる人を助けているうち、転移者の居場所が分かった。

 とある町の大きな屋敷を拠点にしてるって。

 これまでに来た転移者も含めて、とっても大きな組織を作ってるって。

 嫌な胸騒ぎがして、カノンはすぐにその町に行った。

 屋敷はすぐに見つかったよ。

 あまり裕福じゃない町なのに、その屋敷だけ驚くほど豪奢で、不釣り合いだったもの。

 カノンが来たって伝えたら、転移者の皆はあっさりと案内してくれた。


『久しぶりだね、銀城さん』


 待っていたのは、大きな椅子に座った、王様みたいな小御門。

 隣には近江が立って、部屋をぐるりと取り囲むように坂崎や乱暴なクラスメートがいて、中にはカノンと仲の良かった女の子もいる。

 ううん、違う――一緒に転移した生徒がほぼ全員、ここに集まってる。


『……ずっと気になってたの。リョウマ君、イオリ君がどこに行ったか知ってるよね?』


 なんだか嫌な視線を感じながら、カノンは小御門に聞いた。


『いいや、彼とは一度も会ってないね。異世界のどこかで、元気でやってるだろうさ』

『じゃあ、神殿に残ってた血の跡は? 転移してきた日に同じところを見たけど、血なんてなかったよ。あれは誰の血なの?』

『気のせいだよ。天羽君がそんなに気になるのかな?』

『イオリ君が、とかじゃないよ!』


 カノンは思わず、声を荒げた。


『クラスメートが死んだかもしれないんだよ、誰かが殺したかもしれないんだよ!? それなのに何とも思わないの!? 同じ世界の人間なのに!』

『…………』

『そんなのやだよ、クラスの誰も欠けてほしくない! もしも追い出しただけなら一緒に探しに行きたい、だけど――』


 そこから先は、言えなかった。


『――うるせえぞ、クソ女が!』


 クラスメートのひとりが、カノンの頭を殴りつけたから。


『がッ……!?』


 頭蓋骨が割れるような痛みが全身にはしり、床に倒れ込む。

 ずきずきと脳みそがきしむ中、皆の足音が近づいてくるのが聞こえる。


『まったく、正義感も度が過ぎると厄介ね』


 近江の声。


『いつまで天羽が死んだのを引きずってんだよ、このあばずれ!』


 坂崎の声。


『あんなの、忘れちゃえばいいのに』

『笑顔を広めるとか、皆で仲良くとか、いつまで子供みたいなこと言ってるんだろうね』


 カノンの友達の声。


『ああ、大正解だよ、銀城さん。天羽イオリみたいにスキルのない人間は、僕達の目的には不要だから殺した。君が予想していた通りだ』


 そして、小御門の声。


『……ど、どうして……?』

『無能だから。他に理由がいるかい?』

『……無能……?』

『君は誰もが仲良くしていれば、きっと物事がいい方向に動くと思ってる。だけどね、無能はいるだけで周囲の才能を損なうんだ。仲の良し悪しなんて関係ない、ましてやクラスメートかどうかなんて、歯クソほどの意味もないんだよ』

『……だからって……』

『そもそも、天羽はもう僕が殺したからね。探してもなぁ~んの意味もないよ』


 カノンが認めたくなかった事実を、小御門はあっさり伝えた。


『銀城カノンさん、いい加減お花畑みたいな幻想から卒業しなよ。僕達のような選ばれた偉大な人間には、もっと素晴らしい使命があるんだ』


 そしてカノンの髪を掴んで持ち上げて、にやりと笑う。


『異世界を僕達の支配する――もっと完璧な世界にするっていう使命がね』

『……どうか、してる……』

『どうかしてるのは君の方さ。でも、君にチャンスを与えるよ』


 顔を近づけて、小御門が言った。


『僕に従え、銀城カノン』


 ――カノンは、首を縦には振らなかった。

 そこから始まったのは、クラスメートからのリンチだった。

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