第13話 オーク、エンカウント!

「――じゃあ、ブリーウッズの森に魔物はいないんですか?」

「正確に言うと、人を襲う魔物はいねえ。いるのはスライムやトレント、ジャッカロープ、たまにバイコーンを見かけるくらいだ」


 馬を借りてすぐに、俺とブランドンさんはカンタヴェールからブリーウッズの森に向かっていた。

 手綱たづなを握っているのはブランドンさんで、俺は後ろにしがみついてる。

 まあ、馬を乗りこなせなんて言われても絶対無理なんだけどな。

 スキル【生命付与】で生み出す選択肢もあったけど、オークを倒すことを考えたら、パワーを温存しておきたかったんだ。


「お前さんもスライムは見ただろ? ありゃ、森からはぐれたやつだよ」


 そしてさっきから話しているのは、森の魔物事情だ。

 ジャッカロープやバイコーン、トレントとかの多くのファンタジー世界で危険度の低い魔物しかいない森なら、キャロルは間違いなく軽装で向かったはず。

 だから、オークに出会った時が一番恐ろしい。


「どうしてスライムがいても、オークがいないって言いきれるんです? もしかすると、どこかから移り住んできたかもしれないでしょ?」

「俺っちがカンタヴェールで物心ついてから40年経つが、ここで見たことねえな」


 暮れゆく陽色に染まる平原を、馬が疾走する。


「オークの生息地からここに来るまで、デカい川を渡らないといけねえ。オークってのは水を嫌がる魔物でな、自分から川を越えようなんてしねえさ」

「つまり……誰かが、オークを森に放ったというわけですか」

「もしもそんなクソ野郎がいたら、首をじ切って畑のやしにしてやる」


 ぎりり、と歯をきしませるブランドンさんが、ふと俺の腰元を見た。


「ところでイオリ、そのナイフはなんだ?」


 俺が腰に下げているのは、武具屋からもらったナイフだ。

 引っ越しの報酬でもらったもので、まだ使ったことはないけど、お守りとして持ってる。


「武具屋のおじさんにもらったんです。ストライド鉱石で作ったナイフで、折れにくくて手入れも必要ないから、護身用にぴったりだって」

「言っちゃ悪りいが、オーク相手にゃあ心もとないな。そんなもんを振り回してるうちに、あいつらはお前さんを殴り倒しちまうぜ」


 もちろん、俺がナイフを握ったところで、魔物どころか暴漢にも勝てる気がしない。

 だけど、スキルと組み合わせれば、どんな敵にも負けないって自信がある。


「俺がナイフを使うわけじゃないですよ。もっと強くて、危険な生き物に使わせます」

「そりゃあ楽しみだ……ついたぜイオリ、ブリーウッズの森だ!」


 馬が脚を止めたのは、暗い森。

 ほとんど日が暮れかかっているのもあるからか、奥がまるで見えない。


「確かに広くはないですけど、なんだか嫌な雰囲気ですね」

「森なんてのはどこも同じようなもんだ。だけども、今はビビってる暇はねえぜ」


 馬から降りながら、俺はブランドンさんに言った。


「ビビりなんかしませんよ、ブランドンさん! 案内してください!」

「よっしゃ! 俺っちについてこい!」


 ぱん、と拳をぶつけてから、俺達はブリーウッズの森に入っていった。

 夕陽もまるで射し込まない森の中じゃ、目が慣れてくるまでは、ブランドンさんが持って来た太い松明の灯りだけが頼りだ。

 しかもこの火は、何というか、離れていても熱いくらい輝いてる。


「その松明、なんだかすごく明るくないですか?」

「双角屋特製の『カートリッジ式松明』はな、つまみをひねれば明るさを調節できるんだぜ! ぶっ壊れちまうが、火を吹きだすこともできる優れモンだ!」


 それってちょっと使い方を間違えたら、自分が燃えるんじゃないのか。

 やっぱり、ここのアイテムってかなり物騒だぞ。


「でも、これだけ明るいならキャロルからも俺達が見えるはず……っ!」


 ずんずん森の中を進んでいく俺達が、ふたりして黙った。

 なぜなら、灯りが照らした先にキャロルがいたからだ。


「ブランドンさん、あれ、キャロルです!」


 彼女がただ迷っているだけなら、俺もブランドンさんもほっと一安心するだけだ。

 そうじゃないのは――キャロルが大木を背にして、今まさに、醜いオークの群れに襲われてるからだ!


『ブヒャアアッ!』

『ブヒ、ブオォ!』


 夜闇に慣れてきた目に映るのは、思い描いた通りの姿のオーク。

 そんなのが4匹、いや、5匹は群がって、キャロルを取り囲んでる。


「や、やだ、やだぁ……!」


 すくんで震えるキャロルを目の当たりにして、先に叫んだのはブランドンさんだった。


「キャロルーっ!」


 森を引き裂くほどの怒号を聞いたキャロルも、オークもこちらを見た。


「お父さん、イオリさん……!」

『『ブモオオアアアッ!』』


 特にオークは、これから獲物を襲うところだったのを邪魔された苛立ちからか、有無を言わさず、棍棒を振り上げてこちらに突進してきた。


「クソ野郎、キャロルから離れやがれ!」


 ブランドンさんも負けじと、筋肉をたぎらせ、拳を握り締めて構える。

 彼のパワーがとてつもないのは俺も知ってるけど、5匹じゃあ分が悪い。

 だったら――俺のスキルの使いどころだ。


「スキル【生命付与】!」


 俺が近くの木に手を触れると、地面が膨れ上がり、太い根っこが何本も飛び出してきた。

 それは縄を編むように折り重なって、ぐるぐるとうねって、ついには10メートルを超える巨大なまだら模様の蛇になった。

 しかも俺の腰からナイフを引き抜くと、ばねのように身をねじって――。


『ブギャアアアアッ!?』


 勢いよく跳び、ナイフでオークの頭を貫いた。

 俺が殴るよりも何倍も強い力で飛んでゆくナイフは、もはや大きい弾丸だ。

 オークを一撃で死に至らしめるなんて、造作もない。

 驚くブランドンさんとキャロル、何が起きたのかまだ理解できていないらしいオークの群れの前で、戻ってきた蛇を撫でながら、俺が言った。


「キャロルに指一本でも触れてみろ。丸呑みよりも惨いやり方で、殺してやる」


 鋭いナイフの先から血を滴らせ、ナイフを咥えたまま、蛇が舌をちろちろと出す。

 俺の目も蛇の目も、当然ながら怒りに満ちている。


 当たり前だろ――大事な人を、傷つけられそうになったんだからな!

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