第12話 帰ってこない娘
「『トレントモドキの太枝』の在庫の数は、と……またズレてるな」
その日の夕方、俺は『双角屋』の物置でアイテム作りの素材を数えていた。
普段はしない業務なんだけど、今日はブランドンさんの頼みだ。
『素材の数をまとめてる帳簿があるんだがな、最近数字がおかしいってキャロルにどやされてんだよ! イオリ、今のうちにこっそり数を合わせといてくれ!』
『キャロル、こういうのはすぐ気づきそうですけど……』
『その時は俺っちと一緒にあいつの機嫌を取ってくれ、わはは!』
性格上、ブランドンさんは使ったアイテムの数をいちいち記録しない。
そこでキャロルが代わりに定期的に帳簿をチェックしてるんだけど、つい最近、とうとう
「ブランドンさん、すっごくいい人なのはわかるんだけど、キャロルや俺がいないと店がとんでもないことになりそうだな……」
でも、彼が苦手な仕事を俺が代わりに引き受けてちゃ、結局意味がない気もするぞ。
どちらにせよ、俺は頼まれたことをやるだけなんだけど。
「よし、後はこの棚を――」
半分以上の棚で数字の間違いがあると知り、俺が呆れた調子で苦笑いした時だった。
「――イオリ、イオリはいるか!?」
何かを押し倒すような乱暴な音と共に、ブランドンさんが物置に入ってきた。
てっきり何か忘れ物でもしていたのかと思ったけど、そうじゃない。
彼の目は、まるで大事なものをなくしてしまったかのように血走ってるんだ。
「どうしたんですか、ブランドンさん?」
俺が問いかけると、彼は壁を叩いて言った。
「キャロルを見てないか!? 素材を取りに行ってから、誰もあいつを見てないんだよ!」
壁にひびが入るほどの力で拳を叩きつけた理由が、やっと俺にも分かった。
物置には窓がないけど、入り口がすっかり暗くなっているから、もうすっかり夜になってしまってるのは察せる。
ただ、そんな時間になってもまだキャロルが帰って来てないなんて知らなかったぞ。
「まだ帰って来てないですよ! キャロル、普段はどこに素材を取りに行くんですか?」
「ブリーウッズの森だ! ここからだとそう遠くねえが、いつも日が暮れる前に必ず帰ってくるってのに、どうしちまったんだ……!」
「森の中で、迷子になったとか?」
「そんなに広い森じゃねえよ、ちょっと歩けば出られるくらいだぜ!」
ブリーウッズの森に行ったことはないけど、ブランドンさんが言うなら間違いない。
「だったら、どうして……」
帳簿を置いて、彼女がなぜ帰ってこないのかと考える俺の耳に、今度は別の声が入ってくる。
「おーい、ブランドンの旦那!」
物置を出た俺とブランドンさんのところに駆けてきたのは、ひげ面の男性。
彼は確か、丘の上で診療所を開いているポンチョ先生だ。
「センセー、どうしたんだ!」
ぜいぜいと肩で息をする先生は、ひどく困惑した声で言った。
「キャロルがブリーウッズの森に行ったって言ってたよな! うちのじいさんが、今朝その辺りで
俺もブランドンさんも、顔を見合わせた。
「……オーク、だと?」
「ブランドンさん、オークってあの……」
「ああそうだ、あのオークだ! 何でも食って何でも殺す、ブタのツラした魔物だよ!」
やっぱり、どのファンタジー世界でもオークはそういう怪物扱いなんだよ。
俺が知る限りの情報だと、オークといえば、ぶくぶくと太った体に豚の顔、腰みのを巻いた緑色の肌に棍棒を担ぐ、凶悪で凶暴な魔物だ。
そして
もしもキャロルがそんな怪物に襲われていたら――シャレにならない。
「でもおかしいぜ、ブリーウッズの森どころか、この辺りにオークなんていねえはずだ! どこかから移り住んだなら、行商人が教えてくれるはずなのによ……!」
しかもブランドンさんの言葉が正しければ、本来なら森にオークはいないらしい。
よくよく考えてみれば当然だ。
もし、ブリーウッズの森でオークが出て来るなら、ブランドンさんは絶対にキャロルを、ひとりで森に行かせたりしない。
彼が一人娘に森に行く自由を許しているのは、安全だと知っているから。
そしてキャロルも安全だと知っているから。
だとすれば、緊急用の装備なんて持っているわけがない――オークに何かされたとしても、彼女の性格からして、抵抗なんてできるはずがないだろ!
「とにかく、ブランドンさん! キャロルがもしもオークに襲われてるなら、今すぐにでも助けに行かないと!」
「おう、分かってらぁ!」
ばきぼきと拳を鳴らし、ブランドンさんがどかどかと歩き出す。
「センセ、もしもキャロルが帰ってきたら、森まで俺っち達に伝えに来てくれ! あと、馬を借りるぞ! 俺っちでも乗れるほどデカい馬は、そいつしかいねえからな!」
「わ、分かった!」
ポンチョ先生が馬を取りに行くのを見ながら、俺はブランドンさんの隣に立つ。
「イオリ、お前さんは残ってていいんだぜ」
俺の考えを察したブランドンさんが肩を叩くけど、黙っていられるわけがない。
命を助けてくれた人に迫る危機が過ぎるのを、家で祈りながら待っているだけなんてまっぴらごめんだ。
「キャロルが危ないって時に、じっとしてなんていられませんよ!」
真剣な目でブランドンさんに言うと、彼は白い歯を見せて笑った。
「……よく言った! 行くぜ、イオリ!」
ブランドンさんがソフトモヒカンを、俺が黒髪を同時に撫でつけた。
大きな馬をポンチョ先生が連れてきた時には、もう覚悟は決まっていた。
絶対、キャロルを無傷で助け出すってな!
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