第9話 “なんだってできる”

『バウ、ワウ!』

『ワオォーン!』


 鎧で組み立てられて兜を被ったシェパード。

 椅子が変形したゴールデンレトリバー。

 スライム状の素材でできたダックスフント。

 物置から出てきた犬達が、俺の前に並ぶ。


「おいおい、ありゃなんだ?」

「グラントのとこの物置に……あいつ、転移者だろ?」


 少なくとも30近いワンちゃんが出てくる光景を見たのか、あるいは誰かから話を聞いたのか、カンタヴェールの町民達も集まってくる。

 とはいえ、俺のやることは変わらない。


「とりあえず中のものを並べ直していきましょうか、ブランドンさん」

「お、おう……」


 ひとまず俺は、ブランドンさんの指示に従って犬を移動させる。

 どれだけ大きいものも重いものも、ベロを出しながらついてくる動物になれば、運ぶ必要なんてないから、片付けもすいすい進むな。


「すげえな、あれだけ重い鎧も棚も、犬になってひとりでに歩いていきやがる!」


 俺の背丈ほどもある棚でできたハスキーがのしのしと通り過ぎるのを見ているうち、ブランドンさんが何かに気付いて、ため息をついた。


「すまねえ、イオリ。そこに重ねてあるものは、大分前に山で拾ってきた、ただの鉄材だ。あとで俺っちが捨てとくから、放っておいてくれ」


 彼が指さしたのは、まだスキルの影響を受けていない、物置の奥の鉄材。

 あれはあれで、どこかに捨てに行くのも面倒そうだな。


「いえ、どうせ捨てるのなら、俺が処理しておきますよ」


 だったら、今度は別の動物に変えるとするか。

 俺が鉄材に触れると、山盛りになっていたそれがすべて、鋼色のモグラに変わった。

 鼻先が鋭いドリルに、爪が鉄になっているモグラ達は互いに頷き合うと、わらわらと物置の外に出て、土を掘ってひとりでに埋まってゆく。

 そうしてモグラが、穴の中からしっかり蓋をしてくれれば、処理完了ってわけだ。


「こいつはたまげた……SSランクってのは、想像以上だぜ……!」


 周囲から驚きの声が上がる中、次に俺の視界に入ってきたのは、小さな箱。

 ただし、そこらに部品が散らばっているジャンク品みたいだけど。


「ブランドンさん、これって何ですか?」

「あ、ああ……そいつはアイテムボックスだけど、壊れてんだよ」

「じゃあ、せっかくだし直しちゃいましょう」

「な、直す……?」


 いよいよ何をするつもりかさっぱりだ、ってブランドンさんの顔が言ってる。

 これについては、【生命付与】で実演してあげた方が分かりやすい。

 俺がアイテムボックスに触れると、パーツも含めたすべてが白い蝶に変わった。


「部品に生命を付与して、蝶にしました。これがひとつに集まれば、大きい蝶になって……」


 説明している最中にも、蝶が1カ所に集合して、ひとつの大きな蝶の形をとる。

 そして蝶が元の形に戻ると――そこには、すっかり元通りになったアイテムボックスがあった。

 ここまでやってのけると、とうとうブランドンさんだけじゃなくて、キャロルや町の皆も驚きの声を上げた。


「……信じられねえ……アイテムボックスの形になった……!」

「イオリさん、すごいです……」


 いやあ、スキルで人を驚かせるのがこんなに面白いなんて。


「SSランクの【生命付与】スキルだからできる、隠し技みたいなものです。構造が複雑だとか、修復に複雑な工程が必要なものには使えませんが、これくらいなら元通りですよ」


 当たり前のように使ったけど、普通に考えれば、蝶が集まって物体が直るわけがない。

 物理だの何だのって法則を無視できるのは、SSランクの特権だ。


「あとは生き物にしたアイテムと家具を、元の場所に戻して、と……」


 そうこうしているうち、101匹以上いるワンちゃんが、すっかり物置の正しい位置に整列してくれた。

 俺が指を鳴らすと、犬は一斉に元の姿に戻る。

 こうして、あっという間に物置の中は完璧に整理された。


「よし、できました! ブランドンさん、どうでしょう?」

「お前さん、すっげえな! 俺っちが使い始めた頃より、綺麗になってるじゃねえか!」


 ほとんどゴミ置き場のようになっていた物置は、もうどこにもない。

 整然と片付けられたのを見て、ブランドンさんがソフトモヒカンをかき上げながら、嬉しそうに鼻を鳴らす。


「いやー、助かる助かる! これなら、また山ほど素材が詰め込める――」

「お父さん?」

「……ほ、ほどほどに整理しながら使うとするか! ははは、はは……」


 でも、キャロルにじろりと睨まれて、たちまち委縮してしまった。

 コントのようなふたりのやり取りをみていると、今度はキャロルが俺の方をちらりと見て、ぺこりと頭を下げた。


「あ、あの……イオリさん、あ、ありがとう、ございます」

「いやいや、お礼なんていいって。俺はブランドンさんやキャロルに命を助けられたんだから、これくらいのこと、いつでも大歓迎だ」


 俺のスキルはSSランクだけど、決して無敵でも万能でもない。

 青い紋章の一部が輪郭りんかくだけになっているのは、俺がスキルを使いすぎて、エネルギーを消耗した証拠だ。

 要するに、スキルはゲームでいうところのMPを消費する。

 これがすっからかんになれば――時間を置けば回復するとはいえ、俺は文字通りの無能に逆戻りだな。


「俺にできることはなんだってできるし、何でもする。それが俺なりの、ふたりやカンタヴェールへの恩返しだよ」


 だからこそ、できるうちに恩返しをやりたいんだ。

 そういう意味も込めて、俺は笑顔でキャロルに応えた。


「「ん?」」


 ところが、俺の言葉は彼女だけじゃなくて、カンタヴェールの人々も聞いていた。

 町の皆の目がぎらりと光って、俺にじりじりと近寄ってくる。


「な、なあ? 何でもできるって言ったよな?」

「例えば、大きい荷物を動物に変えて運べるかねえ?」


 うまく言えないけど、なんだか嫌な予感がする。

 老若男女問わず、皆の目が好奇心と興味でギラギラと輝いてるんだよ。

 おまけにブランドンさんやキャロルまで、「もっと俺のスキルが見てみたい」って目で訴えかけてるんだよなあ!


「さっきのトカゲ、かっけーっ! なあなあ、もういっぺん見せてくれよーっ!」


 ついに、猫耳を生やした子供達が駆け寄ってきたのをきっかけに、ダムは決壊した。


「狩りについてこれる猟犬を作れるかい?」

「畑仕事が大変なのよ~っ!」

「わわっ! 待って、話は聞くから一列に並んで……ぶ、ブランドンさん、助けてくださーいっ!?」


 腕を組むブランドンさんが大声で笑い、キャロルがおろおろしている。

 ふたりを見たのを最後に、俺はたちまち、町の住民にもみくちゃにされてしまった。

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