第8話 『双角屋』と物置と

 グラント親子に拾われて3日後、俺の傷はみるみるうちに回復した。


 小御門に袈裟懸けさがけに斬られた傷跡は、完全には消えなかったけど、これはこれでどこかの剣士みたいでカッコいいかも。

 背中の傷じゃないから、恥でもないはず。

 ついでに部屋にいる間に、この世界についていくつかブランドンさんに話も聞けた。

 ざっくり説明すると、下記の通り――長いから、読み飛ばしてもいいぞ?


 ①いくつもの国家をまとめ上げた巨大な島国が、イグリス大王国。複数の独立国家が、転移者の助けでひとつになったという逸話いつわが残ってる。造船技術の発達で、大陸との行き来は難しくない。言語はイグリス公用語、通貨はソリア金銀銅貨。


 ②文化の発達が目覚ましく、特に王都ロンディニアは諸外国から仕入れた技術や文化、転移者が一番集まる場所。風呂やトイレはもちろん、高度な技術を除けば、俺達は向こうとあまり変わらない生活ができる。


 ③カンタヴェールはそこからずっと離れた、時計塔が目立つのどかな町。行商人が泊まっていくのもあって物資の流通は割と多い。冒険者ギルド支部もあり、王都でのせかせかした生活に疲れて引っ越してくる者も少なくない。


 こんな話を聞いているうち、俺の傷はすっかり良くなった。

 そしてとうとう、ベッドの外――部屋の外に出る機会がやってきた。


「お、似合ってるじゃねえか!」


 ぼろぼろになった制服は捨てて、代わりにブランドンさんの服を着せてもらった。

 ちょっぴりラージサイズのシャツとジャケット、カーゴパンツにブーツ。

 ラフな感じが、ぶっちゃけ俺の好みだ。


「俺っちのだから、ちょっと古臭いのは勘弁してくれ。だがまあ、なんつーか、イイ感じだよなあ、キャロル?」

「イオリさん……かっこいい、と、思います……」

「あはは、ありがとう」


 がははと笑うブランドンさんと、彼の後ろに隠れてチラチラと俺を見るキャロル。

 ふたりに似合ってると褒められて、俺もついはにかんでしまう。


「ところでブランドンさん、これっていくつの時の服なんですか?」

「ん? あー、ガキの頃に着てたはずだ。確か、8歳やっつくらいだな」


 ……8歳からこんなに大きかったんだ。

 何気なく聞いてみたけど、もしかするとキャロルも父親くらい大きくなるかも?


「うし、傷もふさがって服も調達したところで、早速今日から『双角屋』の手伝いをしてもらうぜ! まずは店を案内してやるよ!」

「はい、よろしくお願いします」


 ぺこりと頭を下げた俺を連れ、ふたりが階段を下りてゆく。

 後ろを歩く俺が階段を下りきると、そこは夢のような空間だった。

 棚に並ぶせわしなくガシャガシャと動く不思議なアイテム、どろどろの軟体をこねくり回す装置、ふわふわと宙を漂う道具。

 何もかもが奇々怪々で、好奇心をくすぐる。

 意味不明だけど、それもまたファンタジーのお店、って感じだ。


「見たことないものばかり……これ、全部ブランドンさんが作ったんですか?」

「行商人から仕入れたものもあるが、ほとんどは俺っちの手作りだ」


 店の中を歩きながら、ブランドンさんが言った。


「この『ミミックチェッカー』も『カートリッジ式松明』も、そのひとつだ。最近の転移者連中は好きになれねえが、俺っち達はスキルの恩恵を受けてるってのも、おかしな話さ」


 特にミミックチェッカーを使ってみたいと思っているうち、ブランドンさんはアイテムを放って、さっさと店の出入り口へ向かってしまう。


「あれ? 外に出るんですか?」

「おう。お前さんにやってほしい仕事は、外にあるからな」


 ブランドンさんが店の扉を開け、俺が外に出る。

 今度はアイテムショップを見るよりもずっと、もっと驚きの世界が広がっていた。

 煉瓦造りに石造り、木造りの家屋。馬車をひく馬に、猫耳や犬耳が生えた人。

 どこまでも続いて見える白い坂道と大きな丘、畑に薬屋、武具屋に宿屋。

 何もかもすべて――創作の中で憧れてきたファンタジーの世界そのものじゃないか!


「すごい……ファンタジー小説みたいだ……!」

「転移してきた奴は、だいたい同じ感想だ。そんなに珍しいもんかねえ?」


 感動に打ち震える俺を見て、ブランドンさんもキャロルも苦笑いする。

 いやいや、これで興奮しない方がどうかしてるだろ。

 武具屋にはオリハルコン製の武器が売っているのか、獣の耳が生えた人達を何と呼ぶのか、ドラゴンはいるのか。

 聞きたいことが腹の底から爆発したように出て来るのに、言葉にできないくらい、俺は心底異世界の様子を楽しんでるんだ。


「武具屋も宿屋も、冒険者ギルドだって、俺っちが生まれた頃からずっとあるもんだぜ」

「もしかして、ポーションとかエリクサーとかもあるんですか?」

「は、はい……エリクサーは稀少なので、お、王都に行かないと買えないです、けど……」


 俺の問いに、キャロルがおずおずと答えてくれた。


「ま、この世界のことは、メシでも食いながら好きなだけ教えてやる」


 このままじゃキリがないと思ったのか、ブランドンさんが俺の背中を押して、アイテムショップ『双角屋』の裏へと連れてゆく。

 腕の紋章が気になるのか、田舎町特有の偏見へんけんなのか、俺に視線が集まってる気がする。

 ちょっとだけ緊張する俺の前で、ブランドンさんは足を止めた。


「その前に、お前さんの仕事場を紹介するぜ……ここだ」


 俺の視線の先にあるのは、大きな物置。

 某クラフトゲームによくある、豆腐みたいな四角形の建物だ。


「物置、ですか?」

「うんにゃ、ただの物置じゃねえぜ!」


 ブランドンさんが扉を開けると、中身がごちゃっと飛び出してきた。

 店の棚に並んでいたものや、それが壊れたらしいもの、もう何に使うかさっぱり理解できないものに、本、鉱物、家具、その他諸々。

 家庭にある道具とかを全部まとめて投げ込んだ結果のような集合体。

 それら全部が、土砂崩れのように出てきたんだから、俺も驚いた。


「超ド急にぐちゃぐちゃの、片付けが苦手な俺っちが、ほったらかしにしてる物置だっ!」

「お父さん、自慢することじゃないよ」


 げんなりした調子のキャロルの隣で、ブランドンさんが大笑いする。


「わははは、使わないアイテムだとか部品だとか、いらないものを詰め込んでるうちにこうなっちまってな! イオリ、お前さんに整理してもらいたいんだよ!」


 なるほど、店の手伝いというより、片付けが俺の仕事ってわけか。


「ああ、もちろん今日中にってわけじゃねえ。毎日少しずつ、ひと月くらいで――」


 だったら、俺のスキルはうってつけだ。

 ひと月なんて冗談だ――俺のスキルを使えば、一瞬だっての!


「――【生命付与】」


 俺が飛び出してきたアイテムや家具に触れると、紋章が光る。

 それと同時に、手のひらの先で変化が起きた。

 アイテムから足が生え、テーブルに耳がついて、本からぴょこんと尻尾が出てくる。

 そしてたちまち、物置の前に、大小さまざまな犬が並んだ。


「……おい、マジか」


 ブランドンさんとキャロルが、口をあんぐりと開けて驚いてるのが、俺にはおかしくてたまらなかった。

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