第7話 イオリのこれから
「仕事柄、転移者とは何度か会ったことがあるが、確かにそんな大きな紋章は初めて見るな。お前さんのスキルは、何ができるんだ?」
「名前通り、どんなものにも命を吹き込めます。こんな風に」
俺は立て続けに、ブランドンさんとキャロルの前でスキルを使ってゆく。
テーブルに置かれた薬入りの瓶を、液体が入ったままカエルにする。
枕を膝の上に持っていき、ふわふわのリクガメに変えると、驚きの声が上がった。
「まさか、SSランク……噂にゃ聞いてたが、生きてるうちに拝めるとはな」
「すごい……」
たちまち
特にキャロルは、カエルが苦手らしい。
……言っちゃ悪いけど、この反応は見てて楽しいかも。
そのうちカエルが俺のもとに跳ねてくると、ブランドンさんが腕を組んで頷いた。
「だがまあ、これで納得できたぜ」
「何がですか?」
「お前さんを川辺で拾った時、デカい傷があったんだが、見たことのない動物が押さえてたんだよ。それがなけりゃ、きっと血を流しすぎてくたばってただろうさ」
見たことのない動物――多分、岩や流木が【生命付与】で形を変えたものだろうな。
どうやら俺は、無意識でスキルを使ってたみたいだ。
「しっかしまあ、お前さんと一緒に来た転移者は、つくづく見る目がねえな。それに、そんな強いスキルがあるなら、連中をぶっ飛ばしちまえばいいんじゃねえか?」
ブランドンさんの言葉にも、一理ある。
でも、それは俺自身がわざわざ出向くほどの優先事項じゃないからな。
「このスキルは、俺が自由に生きるためのスキルなんです。自分からわざわざ、あいつらのところに行ってどうこうする気もない……けど」
まず俺がやるべきことは、川底の男と約束したように、異世界を楽しむこと。
そしてその先に、あいつらとの衝突があるのなら――。
「戦う必要があるのなら、俺は容赦しません」
――俺は【生命付与】スキルの凶悪な面を、出し惜しみしない。
お前達が殺し損ねた人間が、どれほど強くなったのかを教えてやるさ。
「わっはっは、気に入ったぜ!」
リクガメの甲羅を撫でる手の力が強まった時、ブランドンさんが俺の背を叩いた。
本人はじゃれてるつもりなんだろうけど、ゴリラ並に腕力が強いぞ、この人。
「いい目をしてやがる! なよなよしてるばっかりじゃねえ、いざって時に腹をくくれる根性を持ってるやつが、俺っちは大好きなんだ!」
「そ、そりゃどうも……」
頬を掻きながら礼を言うと、ブランドンさんは立ち上がり、胸をドンと叩く。
やっぱり牛というより、ゴリラなんじゃないか、この人は。
「なあ、イオリ。行く当てがないなら、しばらくここにいるってのはどうだ?」
――ゴリラとか言ってごめんなさい。
――この人は聖人です。
「……いいんですか?」
予想外の提案に喜びを隠しきれない俺に、ブランドンさんが白い歯を見せて笑った。
「もちろん、ただじゃねえぜ。俺っちはここで『
異世界でどうやって暮らしていけばいいのか、誰をあてにすればいいのか。
これから俺の中で沸き上がってくるはずの不安を、この人は全部解消してくれるんだ。
断るわけがない――仕事がどれだけきつくても、断るわけがない!
「ぜひ! ぜひ、やらせてください!」
「おいおい、俺っちが言っといてなんだが、簡単に引き受けていいのか? アイテムショップの素材集めも店の片付けも、きつーい仕事だぜぇ~?」
「任せてください、何だってやってみせます!」
「よーし、ますます気に入った! お前をここで雇ってやるぜ、イオリ!」
俺もブランドンさんも熱がこもってきたのが、互いの視線でよく分かる。
何というか、もしかすると俺達って気が合うのかも?
キャロルが彼の後ろで、少しだけはにかんでるのもとっても嬉しく思えるな。
「とりあえず、傷をしっかり治さねえとな! こいつを塗って、さっさとふさぐぜ!」
ゲコゲコと鳴く瓶のカエルの隣にある
中に入ってるのは、ちょっぴり臭う、黄土色の軟膏だ。
「な、軟膏でどうにかなるんですか?」
「チッチッチ、この軟膏はカンタヴェールいちの
なるほど、ファンタジー世界の軟膏なら、信用できそうだ。
何が調合されているのかと興味が湧いているうち、ブランドンさんは膝を叩いて立ち上がった。
「そこのポーションは、今日のうちに飲み干しとけ! 再生力を高めてくれるからな!」
「何から何まで、助かります」
「いいってことよ! そんじゃあ、俺っちとキャロルは1階のアイテムショップにいるから、何かあったら呼んでくれ! 行くぞ、キャロル!」
またも大声で笑いながら、ブランドンさんが部屋を出ていく。
「うん……い、イオリさん、お大事に……」
キャロルも慣れない様子の笑顔を見せて、父親について部屋を後にした。
残されたのは俺と瓶のカエル、枕のリクガメだ。
ひとりになってやっと、俺の中に、異世界にいる実感が膨れ上がってきた。
(……いい人に拾ってもらえて、よかったなあ)
仮にどこぞの蛮族に拾われていたら、気絶しているうちに丸焼きにされていたかも。
ファンタジーならではのエルフがいるとしても、ドワーフがいるとしても、人間の話なんて聞いてくれなかったかも。
そう考えると、話が通じて情に厚い、グラント親子に拾われた俺のなんと幸運なことか!
こっちは命を救われたんだ――お礼は倍返し、じゃないとな!
「恩返しもしたいし、傷を早く治さないと……ポーションも、飲んでおかなきゃ!」
ひとりごちた俺は、カエルを掴んで、中のポーションをごくりと飲んだ。
「……にっがぁ……」
――ヨモギとパクチーを混ぜたみたいな味だった。
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