第6話 牛の角
「……また、知らないところか……」
――人生で3回もワープした人間なんて、俺くらいだよな。
なんてくだらないことが思いつくくらい、もうすっかり景色の変化に慣れてた。
今度は見知らぬ天井、しかも俺はふかふかのベッドの中のおまけつき。
しかも直感的に、俺の傷には包帯が巻かれているのを感じられた。
(あの人の言ってた通り、川の中じゃない。ここはどこだ?)
ひとまず軋む体をゆっくりと起こすと、視界の端に何かが映った。
「きゃっ」
ついでに、小さな悲鳴付き。
「……?」
誰だろうと思いながら視線を向けると、そこには女の子がいた。
ウェーブのかかった茶色のロングヘアーと太い眉、いかにもファンタジー世界って雰囲気の
背丈は俺より頭ひとつか、もう少し低いくらい。
だけど、何より目立つのは――頭から生えてる、一対の
俺の腕よりも太い腕が、立派にこめかみあたりから生えてるんだ。
……もちろん、服を押し上げるくらい大きな胸部よりも目立ってるぞ、うん。
そんな子が恥ずかしそうに身を縮こまらせてるなんてのは、自分が異世界転移したって理解してなきゃ、夢でも見てるのかと思うだろ。
彼女と俺がしばらく黙ったまま目を合わせていると、部屋のドアが開いた。
「――目が覚めたか」
入ってきたのは、野太い声の男だ。
濃い茶色のソフトモヒカンと鷹のような鋭い目、青黒いニッカーボッカーと腰に下げた金槌や工具、少女と同じくらい太くて長い角。
だがこっちの場合は、2メートルを超える
(でっか!)
思わず出てきたツッコミが、視線にも表れてたっぽい。
男は
「なんだ、人の頭をじろじろ見て。
牛角族、エルフとかドワーフとか、獣人とかみたいな、人間とは違う種族なのかも。
何であれ、助けてくれたのならお礼のひとつは言わないと。
「い、いえ、すいません……その、助けてくれて、ありがとうございます」
「気にすんな。困ってる人がいたら助けるってのが、俺っちの信条だ」
がっはっは、と男が笑っただけで、部屋がちょっぴり揺れた。
「俺っちはブランドン・グラント。こっちは娘のキャロルだ。お前さんは?」
「え? えっと……天羽イオリ、です」
「アモウ・イオリ? 変な名前だな、転移者か?」
転移者なんてワードが出てくると思ってなくて、俺は目を丸くした。
この世界には、異世界からの来た人間って文化が根付いてるみたいだ――右腕の紋章を見ればまるわかりなんだろうけど。
「あ、あの……ここはどこですか?」
だったら、とばかりに俺はブランドンさんに質問してみた。
「ここはカンタヴェール。イグリス大帝国でも東端の町だ」
「……カンタヴェール?」
で、その質問に意味がないのを悟った。
そりゃそうだ、異世界の地名を聞いてもピンとくるはずがないだろ、俺のバカ!
「ああ、こんな田舎町は知らなくても無理はねえな。転移者でも、港町ドーバンは分かるだろ? あそこから北に進んだ先にある町だよ」
参った……全部が全部、ちんぷんかんぷんだ。
でも当然、俺が知っているのを前提にしてるから、ブランドンさんは話を続ける。
「お前さんはな、ピンヒルの町に行く途中にある、ヨーカー渓谷沿いの川辺に倒れてたんだ。俺っちとキャロルが見つけてなけりゃ、今頃魔物の腹に収まってただろうな」
「ぴ、ピンヒル? ヨーカー?」
「おいおい、どこかで頭でも打ったのか? ヨーカー渓谷くらい……」
そしてやっと、彼も違和感に気付いたみたいだ。
会話の
「……転移して、まだ間もないんだな?」
俺は頷くほかなかった。
精神世界で1千年努力してても、こっちの常識は皆無なんだから。
「……ここはイグリス大王国っつってな、ユーリニア大陸のそばにあるでっけえ島国だ。転移者はだいたい王都ロンディニアに行くんだが、お前さんはそうじゃねえな」
「イグリス、ロンディニア……イギリスとロンドン、じゃなくて?」
「イグリスとロンディニアだよ。転移者には、馴染みが薄いか?」
いやいや、イギリスとロンドンの方がよく聞きますけど。
「ストーア川は、大神殿のそばにも通っていたはずだ。あそこから流されてきてヨーカー渓谷までってのは、大層な距離だが、おかしくもないか」
ふむふむ、と少し考えこんでから、ブランドンさんはキャロルと顔を見合わせて言った。
「怪我が治ったら、神殿まで連れてってやる。あいつらに引き取ってもらって……」
俺を――あの神殿に返すと。
「ダメだ、神官や皆のところには戻れない!」
前のめりになって、俺は叫んだ。
モルバ神官や小御門に俺が生きていると知られれば、連中が何をしでかすか。
「……どうやら、事情があるみたいだな」
よほど迫真の顔つきをしてたのか、ブランドンさんの目が細くなった。
「話してみな。困りごとってのは、吐き出すとすっきりするもんだ」
彼にうながされるまま、俺はここまで流されてきた経緯を話した。
モルバ神官によって転移されたこと、スキルのランクを理由に追放されかけたこと、他の転移者の企みで殺されかけたこと。
川底の男とスキルを強化する訓練以外のすべてを、ブランドンさんに話した。
「……というわけです。
話を聞き終えたブランドンさんは、腕を組んで神妙な顔を見せた。
キャロルも同情してくれたのか、どこか悲しそうな目をしてる。
「ふうむ、だったら、お前さんを神官どもや転移者に会わせるわけにゃあいかねえ。安心しな、転移者はだいたい王都に行っちまって、こんなところには来ねえさ」
俺はひとまずほっとした。
部屋の外に出て、厄介な連中と鉢合わせる心配はなさそうだな。
「確かに転移者といやあ、近頃はろくな奴がいねえがな。スキルを手に入れて、神様にでもなったつもりか知らねえが、犯罪まがいのことをする
「そうなんですか?」
「おまけに神官どもは、転移者が世の中を良くするんだとかなんとか言って、王様を騙して好き勝手してやがる。まったく、ろくでもねえ連中だよ」
なるほど、横暴なのは今回の転移者や、モルバ神官だけじゃないらしい。
こうなると、老人の言ってた「スキルで世の中を良くする」ってのも怪しいな。
「……でも、俺は拾ってくれたんですね」
「キャロルが言い出したのさ。悪い人じゃない気がするって……おっと」
不意に、ブランドンさんが腰に下げた金槌を落とした。
訓練中の癖が出て、ほとんど反射的に俺はその金槌に触れた。
『ちゅーっ』
すると、金槌はたちまち変身して、鉄製の体と木製の尻尾を持つネズミになった。
しばらく床を這い回っていたネズミが俺を見つけて、ベッドを這いあがって肩に乗るさまを見て、ブランドンさんもキャロルもぽかんとする。
「……それが、お前さんのスキルか?」
「はい、俺のスキル……【生命付与】です」
俺の黒い髪にひげを寄せるネズミを撫でながら、俺は答えた。
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