第5話 1千年の努力
――それから俺は、時間を忘れてひたすらスキルを使い続けた。
お腹がすかない上に、何かの拍子で怪我をしてもすぐに治る世界は、心の問題で睡眠が必要な点以外は、無限にスキルの修業ができる最高の場所だ。
きっと、眠る必要もなければ、もっと長い時間を努力に注ぎ込めるはずだ。
もっとも、スキルの成長速度は信じられないくらい遅いんだよな。
「はあ、はあ……ダメだ、うんともすんともいわない……!」
落ちている木の枝や大木、岩を獣に変えようとして、ひたすらスキルのイメージを続けた。
日が暮れない世界で、延々と手を突き出してるうちに正気を失うかと思ったぞ、マジで。
「いいぞ、こっちに来い……ぎゃーっ!」
スキルがうまく発動したから終わりじゃない、そこからが本番だ。
タンカー船から剥がれた
爪と牙を持つ巨大な鉄の塊にのしかかられた時は、流石に死を覚悟した。
それでも少しずつ、少しずつスキルは成長して、ランクも上がった。
「よーしよしよし、いい子だ!」
水にスキルを使って生み出した、半透明の兎を
紋章の長さは手の甲を越えていた――Bランクまでランクアップしたからだ。
(言葉に出さなくても、イメージするだけで動かせる! ひとつのものだけじゃない、複数の生命を操れる!)
ランクが上がると、本能的にできることが増えたのだと理解できる。
できることが増えれば好奇心が湧きあがり、スキルで様々な動物を生み出す。
完全に
(ランクが上がれば、より多く、より大きいものに影響を及ぼす! だったら……!)
命を創り出し、できることをすべて確かめて、解除して、再び創り出す。
そんなことを延々と続けていた時、白いドアの向こうから男が戻ってきた。
「やあ、久しぶりだね。【生命付与】スキルはどれくらい……」
彼の言葉は、驚愕と大きな波の音にかき消された。
なんせ目の前にいるのは――タンカー船に【生命付与】して生み出した、鉄のクジラだ!
うねる鰭、噴き出す潮、泳ぐたびに波を起こす体!
300メートルを超える巨大な生き物を、俺はすっかり操れるようになったんだ!
「……驚いたな。インテリアのつもりで置いたんだが、生き物に変えてしまうとは……!」
「おかげさまで。これくらいの数と質量なら、もとの特性を残したまま命を吹き込めます」
砂浜でクジラを眺める俺の右腕を、男がじっと見つめる。
「スキルランクは、と……SSランク。この世界で手に入れられるランクの最上級にまで、【生命付与】を成長させたのか」
右腕全体に伸びた紋章は、俺のスキルがSSランクまで成長した証だ。
「いやはや、私が見込んだだけはあるよ。想像以上の才能の持ち主だったな」
「俺だけじゃあ、何もできませんでした。全部、あなたのおかげです」
「
男がぱん、と手を叩くと、ビーチの風景がすべて消え去った。
クジラも海も、木々も岩場もなくなって、戻ってきたのは白い空間だ。
「俺、どれくらい修業し続けてたんですか?」
何気なく聞くと、男はふむ、と思い出すように答えた。
「そうだね、ざっと1千年くらいかな?」
「い、い、1千年!?」
目玉が飛び出すかと思ったぞ!
いくら努力したからって、1千年も過ぎてるのに気づかなかったのか!?
……感覚がバグったまま元の生活に戻るの、なんだか不安だなあ。
「集中すれば時間を忘れるって、よく言うだろう? EランクのスキルをSSランクまで引き上げたんだから、それくらいかかるのも仕方ないさ」
モルバ神官がランクの高いスキルを神聖視する理由が、ちょっと分かった気がする。
1千年かけてやっと最上級に達するなら、スキルのランク差なんて、普通に生きている間にはほぼ埋められないはず。
ここじゃあ、高ランクのスキルは覆せない才能になるってわけだ。
だからって、俺を殺すのに加担したのを許すわけじゃないぞ。
「ああ、ちなみに私の体感時間は3日だ」
「3日!?」
「精神世界なら、時間を歪ませるのも造作ないからね。『男子3日会わざれば
「今更ですけど、頭がおかしくなりそうですね……」
この世界から出たら、浦島太郎みたいになってないよな?
体感時間がどうかしそうな会話の末に、男がにっこりと笑った。
「それじゃあ、私の役目はここまでだ。この空間を完全に解除するとしようか」
でも、不穏な言葉を、俺は聞き逃さなかった。
「役目って……どういう意味ですか?」
「言った通りの意味だよ。君の精神を下の世界に返して、精神世界を消し去る。私は川の底で、すべての力を使い果たして死ぬが、大したことじゃない」
――死ぬ?
――精神世界を消すと、死ぬ?
待て待て、黙っていられるわけがないだろ!
「大ごとですよ! スキルを解除したら、俺がすぐに川底から引き上げて……」
どうにかできないかって救出案を出してみるけど、男は首を横に振る。
「いいや、不可能だ。君の体は既に、あの川からずっと離れたところにある」
「そんな……」
もしも俺にスキルを使わなきゃ、まだ生き続けられるかもしれなかったのに。
そう思うと、SSランクまでスキルが成長したなんて、喜んでいられなかった。
「悲しむ必要はない。私は、私を殺した連中のために残されたスキルを、君に使ってもらっただけで、生き続けた意味を見いだせたのだからな」
これから消えるというのに、なんで笑っているんだろうか。
「……どうして、俺にそこまで……」
その理由は、彼が言ってくれた。
「君にこの世界で、自由に生きてほしかったからだ」
「……!」
「自分を信じて、自分を愛して、自分の思うままに生きてくれ。このくそったれな異世界で、私にできなかったことを、君に託すよ」
この人も、俺みたいに何の自由もない生き方をしてきたのか。
向こうの世界じゃいじめられて、こっちに来てからはスキルがないとバカにされて、挙句の果てに殺される。
同じような苦しみを体験したからこそ、俺を助けてくれたのかも。
きっと、答えは分からないままだし、聞いちゃいけない気がする。
「……はい……ありがとう、ございます……!」
だから俺は、強く頷くだけにした。
彼も気持ちを察してくれたのか、今までで一番大きな笑顔を見せて、指を鳴らした。
みたび光がまたたいて、視界が真っ白に染まる。
男の姿も、光の中に消えてゆく。
(――そういえば、名前を聞いてなかったな)
1千年もいたんだから、聞いとけばよかった。
おかしく思っているうち、俺はまた意識を手放した。
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