その三十三 殺し屋
休憩室にジゼル様がいたので誘ってみる。
「明日の朝、一緒に王城裏の塀の外を掃除しませんか!」
「急にどうしたのですか?」
ジゼル様が怪訝な顔をする。
彼女の仕事は給仕がメインで掃除などしない。
「ロラン様が明日の朝食後に、魔法を練習されるそうなのです」
「ぜひ行きましょう!」
理由を聞いて、ジゼル様がふたつ返事で承諾した。
横で聞いていたスザンヌ様がつまらなそうにする。
「スザンヌ様はどうされます?」
「行きません!」
断られたので、明日の朝食後にジゼル様と王城裏の塀の外へ向かう約束をする。
するとスザンヌ様が「報告が面倒すぎ」とつぶやいて、休憩室を出て行ってしまった。
翌朝。
かたちだけ、落ち葉の掃除用具を持って出かける。
メイド姿で掃除用具を持っていれば、誰にもさぼりと注意される心配はないだろう。
秋も深まり、木々の大半は葉を落としていて裸の枝が目立つ。
普段は誰も入らない場所なので道などなく、地面に積もった落ち葉の上を歩いて移動する。
「あそこです」
先の方に木々のない岩ばかりの場所があり、そこでロラン様が大岩に向かって高出力の雷撃魔法を放っていた。
私とジゼル様は、遠く離れた林の中から様子を見守る。
「ロ、ロラン様……。魔法まで使えるなんて素敵!」
目がハートになっているジゼル様が可愛い。
少しでもジゼル様の役に立ちたくてウィルに相談したら、ロラン様がこの時間に王城裏の塀の外で魔法の練習をしていると教えてくれたのだ。
魔物の王都襲撃がありえる話になったので、攻撃魔法の練習をしているらしい。
「ねえ、マリー。ロラン様はどうして王国魔導師団の魔法練習場に行かないのかしら」
「魔力が高すぎて、正規団員の意欲を削ぐからみたいですよ」
たまに練習に来た執事が、プロの自分たちよりも凄い魔法を使えばヤル気もなくなるだろう。
少しの間、ふたりでロラン様の様子を見守る。
ガサッガサッガサッ。
不意に背後から落ち葉を踏む音が聞こえた。
振り返ると男がふたり、こちらへ向かってくる。
雰囲気がおかしい。
少し前かがみで、抜身の片手剣を手にしている。
(誘拐⁉ それにしては殺気が……。とにかく身を守らないと!)
おじい様から教えを受けた、自衛の剣で対抗するしかない。
相手はふたり。
私には多すぎる。
……どうしよう。
恐ろしさで体が震える。
なんとかロラン様に気づいてもらいたい。
でもそれまでは、私が時間を稼がなきゃ。
「ねえ、マリー。誰かがこちらに来ますわよ」
「ジゼル様。彼らが走り出したら、きゃーと大声で叫んでください!」
私はホウキの柄を片手に持ち、奴らに向かって半身で構える。
使い慣れたホウキの柄は手に馴染んで武器の代わりになりそうだ。
そして奴らはたぶんプロ。
私の武器はホウキなのに油断を見せない。
こちらも最初から全力を出さないと殺される。
(お、落ち着け私、きっと大丈夫。対人戦はおじい様と練習した。剣聖のおじい様に教わったんだから、きっと大丈夫。それに私には……魔法がある)
時間加速の魔法を発動して剣術をしたことはない。
不安を感じつつも、空いた片手を胸に当てて時間よ早くなれと念じる。
「アート!」
私の体が緋色に輝くと、それを合図に敵が突っ込んできた。
「きゃゃぁぁああああ~~!」
ジゼル様の叫び声が響くなか、私は敵を引きつけるために前へ出る。
間合いに入った私へ、先頭のひとりが剣を振り始めた。
見える!
私は体を反らして難なく相手の剣をかわす。
時空魔法による時間加速の効果は凄かった。
相手の剣の振りがゆっくりで、見極めてかわすことができるのだ。
か弱き乙女を襲う不届き者の腹をホウキで強く突く。
「うぎゃ」
遅れてうめき声が聞こえた。
何が起こったのかととなりの男が驚いている。
でも、待ってはあげない。
となりの男の腹にも、引き戻したホウキの柄を突き入れる。
「うげ」
ふたり目の男がくずれ落ちた。
なんとか倒せたと、ホッとしたときだった。
「マ、ママママ、マリー助けて……」
後ろを見ると、座り込んだジゼル様に向かって、別の男が剣を振りかぶっていた。
しまった、もうひとりいた。
気づかなかった。
いくら時間加速していても、これは間に合わない。
ジゼル様!
敵が構えた剣を振り下ろし始めたとき、眼の前が青く光った。
ピカッと敵の剣が輝き、まぶしくて前が見えなくなる。
ゆっくり視界が戻ると、ジゼル様を襲った敵は剣を構えたまま固まっていたが、焦げた臭いがしたあとにドサリと倒れた。
「た、助かりましたわ……」
ジゼル様は小さくつぶやいてそのまま気絶した。
私も緊張が解けて、ヘナヘナと地面に座り込む。
「……ふう」
大きく息をはいて、時間加速の魔法を解除した。
「大丈夫でしたか⁉」
遠くにいたロラン様が走って来てくれた。
「さっきの雷撃は、ロラン様の魔法だったんですね」
「間に合ってよかったです。それにしてもマリー様は凄いですね」
ロラン様が転がる悪党たちを見て眉をあげた。
悪党たちは腹を押さえて横になり、苦しそうに呼吸している。
加減なしに思い切り突いたのが、みぞおちに入ったようだ。
失敗した。
これじゃ誰に頼まれたか、すぐには聞き出せそうにない。
王城や宮殿のメイドが貴族令嬢なのは誰でも知っている。
そして貴族令嬢を襲うなら、誘拐して身代金を要求するのが相場だ。
なのに殺そうとするのは、誰かが殺し屋を雇ったと考えるのが妥当だろう。
誰が雇ったのか?
一瞬、マチルド様の顔が浮かんだ。
この前、彼女が去り際に放った言葉が頭をよぎる。
「計画にあなたが邪魔。絶対に排除してやるから」
まさか、ウィルと結婚して王妃になれないと、内政に干渉できないという意味かしら。
私が彼女の計画にジャマだと誤解されたのだろうか。
「ロラン様。ウィルの愛する人が私だと、犯人が誤解した可能性ってありますかね?」
「ありえます。でも、誤解じゃないと思いますが」
「は? いえ、それは誤解ですって! だって、私はウィルの恋人になれないんですから」
第一王子様の執事に間違って伝わっては大変だ。
私が大慌てで訂正すると、いつも無表情のロラン様が珍しく苦笑いする。
「もう少しご自分に自信をお持ちください。ウィリアム様のお気持ちがなければ、私だってマリー様を放ってはおかなかったんですから」
どういう意味か分からず、聞き直そうとしたけど、彼はすぐ表情を戻して悪党の手足を彼らの服で縛りだした。
そんなに彼と仲がいい訳ではないので、それ以上は聞けなくなった。
「あとで捕縛のために人を手配します。とりあえず戻りましょう」
ロラン様は全員縛り上げると、気絶したジゼル様を横抱きで抱えた。
(お姫様抱っこを初めて見たわ。いいなぁ、ジゼル様。私もウィルにされてみたい。彼の腕で抱えられて、大きな胸に頬を寄せたらどんなに幸せかな)
そんなことを考えて、無意味にドキドキした。
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