その三十四 幼馴染みがバレた
ロラン様が気絶したジゼル様を王城の医務室に運んでくれた。
お姫様抱っこでだ。
ジゼル様は単に気絶しただけで、怪我も雷撃魔法の影響もなかった。
医師の診察結果を聞いて安心したロラン様は「報告に行きます」と言って、大慌てで医務室を出ていった。
彼女が目覚めたのはそのすぐあと。
だからジゼル様には、ロラン様に助けてもらった記憶も、お姫様抱っこの記憶もなし。
「ええ⁉ それ本当なのですか⁉ 本当に私がロラン様に?」
「はい。ロラン様にお姫様抱っこされていました」
「嬉しいっっ! ああ、気絶してよかったですわ」
「しかもです。ジゼル様を襲った悪党は、ロラン様が魔法で倒してくれたんですよ」
「で、でも意識がありませんでした。そんな素敵な記憶がないなんて、どれだけもったいないことでしょう!」
事情を聞いたジゼル様がものすごく悔しがった。
一息ついてからジゼル様と医務室を出ると、王城の廊下を金髪の男性が走ってくる。
「マリー!」
「ウィル!」
いつもは落ち着いて頼りになるウィルが、大慌てで私の前に来ると両肩に手をかける。
「大丈夫か! 怪我はないか!」
「私は大丈夫よ。ジゼル様が気絶されたけど、すぐに回復されて――」
言いかけていたところで彼に抱きしめられた。
私は突然のことで驚いたけど、心配されたことが嬉しくて抱きしめ返す。
(ウィルが心配して駆けつけてくれた! 命を狙われたことをロラン様に聞いたのね)
こんなに慌てて来てくれた。
大切に思われているのが感じられて、幼馴染みとしてでも十分に幸せだ。
「ああああ、あの、こ、ここここ、これって……」
声にならない声が聞こえて我に返る。
忘れていた。
となりにジゼル様がいたのを。
ウィルの抱擁から抜け出ると、横にいるジゼル様が口に両手を当てて顔を赤くしていた。
これは誤魔化せそうにない。
私から第一王子様に抱きついたのなら、破廉恥な下位貴族の孫娘だといい訳できる。
でも、ウィルの方から抱きついている。
幼馴染みと説明せざるを得ない。
「ジゼル様。私とウィルは幼馴染みなのです」
「幼馴染み⁉ だ、第一王子様と⁉ まさか! なぜ幼馴染みだと誤魔化すのです?」
「え、誤魔化す? 誤魔化していませんよ。本当に幼馴染みです」
「でも、第一王子様と幼馴染みになるには身分差がありますし、いまの抱擁はとてもそんな風には……」
押し問答をしていると、ウィルの後ろに控えていたロラン様が前に出る。
「立ち話ではなく、応接間へ移りましょう」
「あ、ロラン様、あ、ギャフシャ様!」
ジゼル様がうっかり下の名前で呼んでしまい、顔を赤くする。
「ロランと呼んでいただいてかまいませんよ、ジゼル様」
「はいっ、ロラン様っっ」
ジゼル様は憧れのロラン様に名前呼びをされて、とても嬉しそうにうなずいた。
そのまま近くの応接間に移動する。
奥の椅子にウィルが座り、その後ろにロラン様とふたりの女性騎士様が立っている。
私とジゼル様はウィルの向かいに座らされた。
メイドなので本来立っているべきだけど、今回の被害者として話を聞きたいから座るようにとウィルに言われた。
となりに座るジゼル様が、ずっと私の袖を掴んでいる。
きっと心細いのだ。第一王子様の前に座らされているのだから。
「襲ってきた男たちの顔に覚えはないか?」
「見覚えはないの。ジゼル様は男たちに見覚えがありますか?」
「え、あ、ございません。知らない人たちでした」
「ジゼル様を襲った男も、誘拐じゃなくて明らかに殺そうとしていたわ。誰かが雇った殺し屋だと思うの」
「そうか。雇い主が分かるまで危険だな」
やり取りを聞いたジゼル様が私を見つめた。
彼女の言いたいことは分かる。
なぜそんなに馴れ馴れしいのか、だろう。
第一王子様に対して、友達のような言葉遣いに眉を寄せるのは分かる。
私だって彼の身分を知ったときは、相応の言葉遣いをしようとしたのだ。
だけどウィルがいつも通りにしてくれと言うから丁寧に話すのをやめた。
そして彼はさっき、人前で私を抱きしめた。
それなら言葉遣いも、いつも通りを望んでいるのだろう。
「ロラン、捕縛した犯罪者から依頼主を聞き出せ」
「は!」
「それとマリーにこれ以上危険がおよんでは困る。ふたりは黒幕が分かるまで、王城の招待者用客室に滞在して欲しい」
「え、お城に泊まるの?」
「寮に戻るより安心だろう。騎士もつける」
ウィルの後ろにいた女性騎士様ふたりが敬礼する。
「マリー・シュバリエ様、ジゼル・フォンテオン様。護衛させていただきます」
「命に代えてお守りいたします」
となりのジゼル様が口をパクパクとさせた。
◇
私とジゼル様は王城の招待者用客室へ泊まることになった。
ふたり同室で。
ウィルはそれぞれに部屋を用意すると言ってくれたけど、ジゼル様がひとりでは心細いと同室を希望したのだ。
「お城の招待者用客室から給仕に行くとは、思いもしませんでしたわ」
「真相が分かるまでは働かなくていいと言われても、急に人が抜けたら職場が困りますからね」
今日はいろいろあって、仕事を休ませてもらった。
だけど、明日から下働きを再開する。
黒幕が分かるまで仕事を休むと、スザンヌ様やコレットの負担になって迷惑をかけてしまう。
部屋に運ばれた夕食をすませてお茶をいただく。
ちなみに女性騎士様ふたりは、夜も交代でいてくれるそうだ。
いまも室内の扉の前にひとりで立っているので、何だか申し訳ない。
「あの、マリー」
「なんです?」
ジゼル様の表情がいつにもなく真剣で楽しそうだ。
「ウィリアム様とは一体どういう関係なのです? やはり結婚するのですか?」
「ブフォッッ」
突拍子もない質問に紅茶を吹き出す。
ジゼル様はそれを気にもせず、追求を続ける。
「ウィルなんて愛称で呼んでいますし、殿下があんなに熱い抱擁をされるんですもの」
「いや、ですから、幼馴染みなんですって」
「幼馴染み同士で婚約なんて憧れますわ」
「ウィルにはマチルド様がいますから」
私が否定するとジゼル様が首を横に振る。
「現に殿下は、マチルド様と婚約していませんもの」
「私と彼が婚約するなどありえないんです」
私だって婚約できるものならしたい。
「どうしてです? 殿下の反応はどう見ても」
「マチルド様との婚約を遅らせるのは、好きな人がいるからだと言っていました。だからもし彼が婚約するとしたら、その好きな人となんですよ」
気づいたときには遅かった。
余計なことを言ってしまった。
ウィルに好きな人がいるなど、他人に話すべきことではないのに。
私は慌てたが、ジゼル様は何とも言えない表情をすると、扉前にいる女性騎士様のそばへ行く。
ふたりとも少し離れた位置から私を見ると、ひそひそ何かを話し始めた。
どうやら、お互いの考えを確認しているようだ。
「な、何ですか? おふたりとも?」
私がたずねると、ジゼル様と女性騎士様は顔を見合わせて、呆れたような表情をした。
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