その三十 ロランの情報
王城の書庫から戻って休憩室の椅子に座る。
司書官手伝いは、期間が一週間延長になった。
先週は書庫の仕事ばかりで、肝心の王族の伝記を読めていなかったからだ。
それで今週は頑張って伝記を読んでいる。
だけど私に関係がありそうなのは、私と同じ銀髪の王妃様が時空魔法で魔物から王都を救った話だけだった。
それも家臣の経験談として書かれ、肝心の時空魔法については詳細がなかった。
理由は王都防衛で倒れた王妃様が目覚めなかったからで、ほかに時空魔法の使い手がおらず詳しく書けなかったようだ。
個人的に気になったのは、王妃様の孫娘が下位貴族の騎士と恋仲になったくだりである。
身分差があるため、ほかの貴族に対して体裁が悪く、王家にとっては好ましくなかったらしい。
その姫が駆け落ち同然で王家を離れるほどの熱愛だったらしく、相手騎士の名前は書かれていない。
ほぼ縁切り同然だったとあることから、やはり王族と下位貴族には身分差という高い壁があるのだと唇を噛んだ。
ジゼル様とスザンヌ様が給仕から戻り、休憩室の椅子に座る。
「マリー。ロラン様のこと、聞けましたか?」
「そろそろ成果があってもいいころですが?」
私は休憩室を出ようとしていたけど、ふたりに座るようにうながされた。
書庫へ行っていたので、今日は初めてジゼル様とスザンヌ様に顔を合わせる。
「早くロラン様の情報を。司書官から期間延長を望まれるのですから、関係性も良好なのでしょう?」
「ジゼル様をこれほど期待させておいて、何も成果なしなんてありえませんよ?」
ふたりが質問すると、隅にいるコレットも気になるようで聞き耳を立てた。
書庫に通いだして結構経ったので、そろそろ情報を伝えても違和感はなさそうだ。
「執事のロラン・ギャフシャ様ですが、婚約者はもちろん恋人もいないようです」
「マリー、よくやりました! そうなのですね! ロラン様に婚約者も恋人もいないのですね!」
ジゼル様が喜んでくださってよかった。
様子を見ていたスザンヌ様が鼻を鳴らす。
「ふん。たったそれだけですか? なぜ未だに婚約されないのか、理由ぐらいは聞けたでしょうに!」
それにしても、スザンヌ様は感じが悪い。
ケチばかりつけるし、なんだか私だけでなくジゼル様にも幸せになって欲しくないように感じる。
鼻を明かしたいから、もう少し情報を伝えよう。
「お仕えする第一王子様が婚約するまでは、執事として婚約者の検討などありえないらしいです」
「そんな理由が! ならば私もまだ間に合いそうですわ。頑張らなくては! マリー、お手柄です!」
ジゼル様は声を弾ませると、顔の前で両手を合わせ微笑んだ。
反対にスザンヌ様はつまらなそうにする。
「……へえ、少しは役に立つんですね」
吐き捨てて席を立つと、部屋を出て行ってしまった。
最近、スザンヌ様は休憩室にいる時間が減った。
会話の途中で席を立つと、すぐどこかへ行ってしまう。
一体どこへ行っているのだろう。
そろそろ官僚たちが王城から退場する時間なので、掃除に出発しなければいけない。
「では私は、王城の廊下を掃除してきますね」
「あ、私も灯りを点けに行きます」
席を立つ私に続いてコレットも立ち上がる。
「気をつけて行ってくるのですよ」
にこにこのジゼル様が私たちを優しく送り出してくれる。
恋する乙女の笑顔は本当に素敵だと思う。
スザンヌ様もあまりここにいないし、これならコレットへのいじめも当分なさそうだ。
◇
王城の廊下に着くと、衛兵のアルノー様が話しかけてくれる。
「やあ、マリーさん。今度は廊下の掃除?」
「お疲れ様です、アルノー様。ええ。これから掃き掃除です」
気さくなアルノー様はたぶん私と同年代。
いつも王城の二階にあるこの長い廊下で、衛兵として不審者に目を光らせている。
以前、マチルド様に無理難題を言われて、百枚以上あるこの廊下の窓を掃除していたとき、衛兵の彼が一部始終を見ていて頑張りを褒めてくれた。
そのとき彼が「衛兵なんて突っ立っているだけの仕事だ」と嘆いていたので、衛兵はとても大切な仕事だと感謝を伝えたら、仲良くなったのだ。
「マリーさんは婚約者とかいるの?」
「な、何でです?」
衛兵のアルノー様から急に婚約者の話が出て驚く。
「僕の友達がずいぶん前から婚約してて、今度結婚するんだ。まあ、僕もそろそろ考えなきゃって思ってね」
「そうですね。私もいずれ結婚したいですけど、まだ考えてなくて。だから婚約者はいません」
「そうか。マリーさんもいないのか」
「ええ。いませんよ」
アルノー様がとても嬉しそうにする。
(そんなに私に婚約者が居ないのが嬉しいの? 自分だけじゃなく、仲間がいると分かったから?)
私だって本当はウィルと婚約したい。でも彼って婚約者候補はいるし、好きな人はいるし、第一王子様で身分差はあるしで八方ふさがりなのだ。
考えるだけで悲しくなってくる。
「な、ならさ……ぼ、僕たち婚約者がいない同士、その……こ、婚約しない?」
「私だって本当は……え? あ、ごめんなさい。何? 何て言ったの?」
「いやだからさ、僕と結婚しよう。婚約して欲しい」
「誰と誰が?」
「僕とマリーさんだよ!」
「また、またぁ。アルノー様ったら悪ふざけして!」
ウィルを想って表情を曇らせた私を、アルノー様が笑わせようとしたんだと思った。
でも、彼は私の前にひざまずくと、ホウキを持つ私の手を取ったのだ。
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