その二十二 ロランの好み

 採寸が終わって彼女たちが出ていくと、次はウィルが部屋へ入ってくる。


「急いでも二か月はかかるらしい」

「ごめんなさい、ウィル。私の室内着がみすぼらしいから、一緒にいて気になったのよね?」


「いや、そうは思っていない。だが、マリーの気持ちは分かった。室内着を優先して作らせよう。急がせるから」

「あ、催促したんじゃないの。でもありがとう。自分の給金だけではなかなか洋服にお金が回らなくて」


 すまなそうに恐縮したら、なんと彼は私の後ろに回って両腕で体を優しく包み込んでくれた。


「俺の正体を知っても、これまで通りに接してくれてありがとう」

「あ、うん。ウィルっ……」


(後ろから抱きしめられている! 幼馴染みって普通ここまでするの⁉)


 幼馴染みって意味は、小説でなんとなく知っているだけなので、どこまで親密にしても許されるのか分からない。

 でも私は、ウィルと幼馴染みで良かったと思った。


「俺は怖かったんだ。王族だと分かった途端、君の態度が変わるのが。これまでの関係が変わってしまうのではと心配した」

「びっくりしたけど、ウィルはウィルだしね」


 後ろからふわりと抱きしめる彼の腕に頬を寄せて、私は幸せを堪能する。


(ああ、これってまるで恋人同士みたい!)


 ずっとこのままならいいのにと思ったときだった。

 抱擁の力がいままでより少し強まる。


「前から思ってたんだが」

「何?」


 なんだろうと、後ろから抱きしめる彼の声に耳を傾ける。


「マリーの香りって甘いな」

「え、香り?」


 急に何を言っているのだろうかと、意味をすぐに理解できなかった。


(え、あ、わ、私の香りって香水よね⁉ げ! 今日、香水つけてない!)


 彼の言っている香りが、体の匂いだと分かってそのまま固まって動けなくなった。

 あまりの恥ずかしさで頭がくらくらする。

 ずっとこのまま抱きしめられていてはまずい。

 恥ずかしくて死んでしまう。


「ウ、ウィル。か、嗅ぐなんてだめよ」

「先にマリーが王族私書室でしたんだろ」


 耳元で囁かれた。


(バ、バレてた……)


 匂いを嗅がれ、耳元で囁かれて脚から力が抜ける。

 ぞくぞくして立っていられなり、しゃがみ込みそうになったところで、ウィルが抱擁から解放してくれた。


 嬉しいけどからかいが過ぎる。

 抗議するために頬を思い切り膨らませた。


「お、幼馴染みの範疇を超えているわ!」

「それはお互い様だな」


 私も匂いを嗅いだのに、彼だけはダメなんて言えない。

 反論できなくてむくれていると、あの剣士の手で頭を撫でられた。


(むう。それをしてくれるなら……まあ許してあげようかな)


 そうだ、いまがチャンスかもしれない。

 ロラン様のことをこの流れで聞いてみよう。

 少しはジゼル様の力になれるかもしれない。


「あの、ウィル?」

「なんだ?」


「ロラン様の好みの女性ってどんな人?」

「ロランの好み? ……ん? お、おいおい。なんでマリーがそんなことを聞くんだ?」


「婚約者にどうかなと思って……」

「なんだと……。それは本気か⁉ 本気なのか⁉」


 慌てたウィルが、私の両肩に手を当てて揺らしてくる。

 彼は何をこんなに焦っているのだろう。


「まあ、チャンスがあれば本気になるかもだけど……。まずはチャンスがあるのかを調べているの」

「チャンスだと? チャンスがあればロランを婚約者に望むのか? だめだ! たとえロランであっても、俺のマリーを渡す気はないぞ」


(俺のマリー⁉ でも、ウィルの返事がおかしいわ。まるで私が、ロラン様を婚約者にしたいと思っているみたいな……。 あれ? また勘違いさせてしまったの? ま、まさか私がロラン様を狙っていると思ったの?)


「ち、ちちちち、違うからっ! ある方がロラン様を気にしていらして。それでその方の婚約者にどうかなって話なの!」

「あ、ああ、そうか……。なんだ、マリーじゃないのか。なんだ、そうか……よかった」


 彼は大きく息を吐いてから笑顔になった。


(……ジゼル様、ごめんなさい。誤解させたウィルに謝らなくちゃいけないので、ロラン様の話はまた今度にします)


 私はウィルの後ろへ回り込むと、つま先立ちして背中から彼を抱きしめる。

 幼馴染みなら、後ろから腕を回すくらいはしても許されるらしいから。


「ウィル。変な誤解をさせてごめんね。私とあなたの関係に、誰も入り込む余地なんてないんだから」


 さっきとは逆に私がウィルの背中にくっついて、小声でそっと謝った。


 すると彼はなぜか小さく震えて「あ、ああ。うん。これは悪くない。誤解するのも悪くないな」と返事をした。

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