その二十一 プレゼント

「マリー。やっとふたりで話ができる」

「ウィル、私も話したかった……です」


 週末になり、いつものように私の部屋でテーブル越しにウィルと向き合う。

 少し前まではこれまで通り話せそうと思っていたのに、彼を前にするとやっぱり口調を意識してしまう。


 数日前に宮殿で明かされた衝撃の事実は、幼馴染みのウィルが第一王子のウィリアム様だということ。

 そのときは変わらない彼の態度のお陰でこれまで通り話せたのだけど、数日の間にウィルが王族なんだとあらためて考えたら、やっぱり意識するようになってしまった。


「なあ、いつも通りにするって話だろ?」

「そ、そんなこと言われましても……」


「なら、またマリーが慌てるようなことをするしかないな」

「慌てるようなことですか……ま、待ってください、いや待って! 分かったから! ほ、ほらウィル、これでいいでしょ?」


 私がいつもの口調に戻すと、彼は少し残念そうにしてから執事を呼ぶためにパンパンと手を叩いた。


「今日はマリーに渡す物があるんだ」

「渡す物?」


 部屋の扉がノックされて、私がどうぞと声をかける。

 すると、ロラン様が部屋へ入ってきてテーブルの上に小箱を置いた。

 ウィルが小箱を手に取って渡してくれる。


「ずっと君にプレゼントをしたかったができなかった。今日は早速用意してきたよ」

「え、プレゼント? 私に?」


 ウィルからプレゼントをもらうなんて初めてだ。


「素性の知れない人から物をもらっても、困ると思ってずっと控えていたんだ。でも俺の身分を偶然にもマリーが知ったからね。これからは、堂々とプレゼントできる」


 貴族から贈り物をもらえば、下位貴族といえど形を変えて返すのが礼儀である。

 だからウィルは返礼の負担を考えて、あえてプレゼントを控えていたんだ。

 でも王族が下賜した物なら、返礼は気にしないでいいってことだと思う。


「王子様からのプレゼントなんて、私がいただいていいのかしら……」


 お返しのことより、下位貴族の孫娘なんかが王子様からプレゼントを受け取ってもいいのかと不安になった。


 小箱を開けるとキラキラと輝く銀色のネックレスが入っていた。

 至極細かな銀のチェーンが輪になっていて、中間には銀細工とともに大きな緋色の宝石があしらわれている。

 シンプルな洗練されたデザインで、私にはとても手が出ない品だ。


「本当はドレスや靴もプレゼントしたかった。でも採寸していないからな。今日はネックレスだけだ」

「嬉しい。チェーンが私の髪と同じ色だわ」


「金のチェーンと迷ったが、マリーの銀髪に合わせて銀にした」

「嬉しいけど……これってとても高価でしょ?」


 中央には大きい緋色の宝石が連結されている。


「ネックレスの宝石を磨いてデザインし直した。二百年前の王妃が身につけた宝石だ」

「二百年前の王妃様って時空魔法を使ったっていう⁉ そんなに貴重なものを私がもらう訳にいかないわ」


「君に合う色の宝石を探したが、市販では見つからなくてね。これが一番似合うと思った」

「でも、王族の宝でしょ?」

「いいんだ。保管庫で寝かせておくよりは、俺の大切な人に贈って身につけてもらいたい」


(高価な宝石を買わずにリフォームしたのは、私が受け取りやすいようにかな? それなら遠慮しすぎずに、ありがたくいただくのがいいわよね)


 私はこわごわネックレスを手に取ると、首に当ててみる。

 ロラン様が「装着をお手伝いします」と手を出そうとしたが、それをウィルが立ち上がって遮った。


「え、ウィル?」

「ロラン、俺の楽しみを奪わないでくれよ」


 彼が私の後ろへ立って首に着けてくれた。

 ウィルが装着してくれることでプレゼントの特別感が増して、それだけで私の心は満たされていく。


「ありがとう、ウィル! あれ⁉ 宝石が緋色に光っているわ!」

「魔力に反応して輝く不思議な鉱石らしい。お守りだと思って身につけてくれ」


 体を揺らすと、私の魔力に反応して宝石が緋色に光り輝く。

 ドレスも買えずに困っている私には、宝石をあしらったネックレスなんてとても買えるものじゃない。


 胸元を窓に向けて外の日差し当てると、銀の鎖がキラキラと輝く。

 嬉しくなって光る緋色の宝石を手に取って覗くと、内部に薄っすら文様が見えた。

 二百年前の王妃様が身につけたのなら、何か魔法的な補助があるのかもしれない。


 好きな人からの贈り物があまりに美しくて、つい子供のようにはしゃいでしまった。


「次のプレゼントのために採寸もさせて欲しい。洋裁店の技術者を呼んでいる」

「え、次のプレゼント? いや、そんなの悪いよ」


「俺がしたくてするんだ。悪くない」

「でも……」


 私がウィルを見つめると、彼は小さくうなずいた。


「これまで剣を教えてくださったべラルド様に、十分な恩義を返せていない。そうお伝えしたら、その分はマリーに渡して欲しいと言われた」

「おじい様が? でも謝礼はちゃんといただいているって聞いたけど……」


 私が戸惑っていると、後ろに控えていたロラン様が一歩前に出る。


「マリー様。洋裁店の技術者を外に待機させております。どうぞ彼女らに仕事をさせてあげてください」

「うーん。私が遠慮したせいで、その人たちの仕事がなくなるのは申し訳ないわね」


「では私どもは退室しますので、採寸にご協力をお願いします」


 ロラン様はそう言うと、居残ろうとするウィルの腕を引っ張って部屋の外へ出て行った。

 すぐに扉がノックされ、入ってきた三人の女性たちが採寸してくれる。


 足のサイズまで採寸されたけど、まさか靴まで仕立ててくれるのかしら。

 彼が王子様だと分かったので、今日は一番マシな服を選んだけど、ウィルが洋裁店の技術者を連れて来たということは、これまで着ていた服がよれていたのかもしれない。


 恥ずかしいけど、もう後の祭りだ。

 室内着はどれもこれも傷んでいるし。

 もうせっかくだから、好意に甘えてしまおう。


 それにしてもロラン様は、私の弱点をよく把握されている。

 彼女たちを部屋の外に待機させておいて「仕事をさせてあげて」だなんて、仕事をきっちりしたい私の性格じゃ、彼女らに申し訳なくて断れない。


 ロラン様は第一王子様の執事を務めているし、ジゼル様も彼と結婚できれば将来は絶対安泰よね。

 これは何としてでも、ジゼル様のためにロラン様の情報を入手しなくては。


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