そのニ十 司書官の事情
「ロラン様の要請で参りました、マリー・シュバリエです。よろしくお願いします」
「司書官のジルベール・バローです。こちらこそ、どうぞよろしくお願いします」
翌朝から王城の書庫へ行くと、司書官のバロー様が出迎えてくれる。
昨日、ウィルのメモを渡したら宮殿まで案内してくれた人だ。
彼は私に椅子を勧めると、自分は座らずに挨拶でズレた眼鏡を直す。
私の司書官手伝いという役割は、名目上のもの。
来週末までという期間限定で、しかも午前中のみ。
時空の魔力特性を持つ王妃様が二百年前にいたらしく、王城の書庫で王家の伝記を読ませてもらうためのただの口実だ。
私の仕事は掃除メインで書庫へ行く理由がない。
だから王城の書庫へ出入りしやすいようにと、ウィルの指示で、ロラン様が司書官手伝いという名目を手配してくれた。
司書官のバロー様を巻き込む形になったので、申し訳なくて丁寧に挨拶すると、さらに丁寧な挨拶を返された。
彼は中位貴族の令息らしいので、下位貴族の孫娘である私にそんなに丁寧に挨拶する必要はないのだけど。
「あの、私は下位貴族の出なので適当に接していただいて大丈夫です」
「そんな訳にはまいりません。シュバリエ様は殿下の特別な人のようですし」
(特別⁉ 特別ってどういうことかしら? どうしてそう思うの? 昨日、ウィルの元へ私を案内したから?)
そういえば、ウィルのメモを渡したときから態度が急変した。
突然やってきたメイドが、王子様の指示で特別扱いされていたからだ。
誤解は解いておかないと、噂が広まったらウィルに迷惑がかかるし、私も変なひがみとかやっかみを受けて大変なことになる。
「ち、違います。私に珍しい魔力特性があると分かったので、メイドとして王家のお役に立ちたいとお伝えしたのです。それで、同じ魔力特性が記載された王族の伝記を調べる許可をいただいたのです」
「ふむ。事情は分かりました。が、それでもメイドであるあなたが、特別扱いされていることには変わりありませんね」
彼は眼鏡の奥で目を細めて、じっと私を見ている。
慎重な様子が垣間見えるので、そんな性格かあるいは、過去に何かあったのか。
でも大丈夫。嘘はついていないので、疑われることなんてない。
とはいえ、ウィルが幼馴染みで私の頼みを聞いてもらっていることは言えない。
そんなことを打ち明けたら、余計に気を遣われてやり難くなりそうだから。
「あのう、伝記を読んでもよろしいでしょうか」
「どうぞ。そのカウンターの上です。私は本の整理をしていますので。と言っても、やることなどありませんが」
自嘲めいたバロー様の言葉が少し気になったが、まずは自分のことをしなければと昨日の本を探す。
貸し出しカウンターに目をやると、あの大きくてぶ厚い伝記が三冊置かれていた。
「どなたかが運んでくださったんですね」
「ええ、重かったです。とりあえず三冊でよろしいでしょうか?」
「はい、三冊もあれば……え、まさかバロー様が運んでくださったんですか!」
「本の移動も司書官の仕事です。まあ少しも忙しくはないので、散歩がてらにやりましたし」
バロー様の自嘲が気になる……。
司書官といえば、本に詳しくて博識な大人しいイメージがあってバロー様も確かにそうだろうけど、それにしても元気がない。
親しくもないのにあれこれ聞くのも変なので、それ以上は話さずに伝記を読み始めた。
◇
昼過ぎに休憩室へ戻ると、私のことを見つけたジゼル様がせっついてくる。
「マリー。どうでした? ロラン様のことは分かりました?」
「まずは司書官のバロー様と親しくなって、いろいろ聞き出せる関係を築こうかと……」
ロラン様に婚約者がいないのは知っているが、いまそれを伝えるのは早すぎると思う。
まだバロー様とほとんど会話できていないのに、聞き出せるのは不自然だからだ。
私の説明にジゼル様がうなずいてくれる。
「確かに独身の司書官を差し置いて、いきなりロラン様の婚約者を聞いては、ほかのことも聞きづらくなりますものね」
「あの、司書官のバロー様ってどんな方か、教えていただけますでしょうか」
これから毎日バロー様と顔を会わせるのだ。
この際だから、知っていることを教えてもらおう。
「そうですね。婚約者がいらしたけど、いまはいませんわ。破談になりましたから」
「えっ、破談ですか!」
私が驚いて口に手を当てると、横に座っていたスザンヌ様が楽しそうに身を乗り出す。
「婚約者が解消を申し出たんですよ。司書官になってすぐに!」
「それをバロー様が了承されたと……。でもスザンヌ様、なぜ婚約解消なのでしょう?」
中位貴族の出でインテリなら人気があるはずなのに、司書官になってすぐに婚約を解消されるなんて。
相手の女性が結婚を取りやめにするほど、彼が酷い態度でもとったのかしら。
「あの方は高級官僚だったのですけど、上司に楯突いて司書官に飛ばされたのですよ。部署を追い出されて、閑職の司書官では出世も望めません。だから婚約者に見限られたらしいです。ま、当然ですね」
「司書官は閑職なのですか……」
閑職に飛ばされた挙句、婚約は解消だなんて。
それじゃ元気だってなくなるはずだ。
でも、相手の婚約者を責める訳にもいかない。
貴族の結婚なんて、利得を計算して打算でするものだから。
ウィルのように、本当に好きな人と一緒になりたくて婚約を遅らせる人など稀だろう。
するとスザンヌ様が何か妙案を思いついたらしく、胸の前で手を叩く。
「ジゼル様! ジゼル様とマリーに両得なことを思いつきました! マリーと司書官をくっつけるのです。マリーは格上の貴族と婚約できますし、ロラン様の情報も得やすくなりますよ」
「なるほど! それなら私だけでなく、マリーも幸せになれますわ! いい考えですね、スザンヌ!」
「あの! 私はまだ婚約とか望んでいませんので!」
スザンヌ様はたったいま「閑職の司書官では出世も望めないから、婚約者に見限られても当然」と言ったのに、次の言葉で私の婚約者にどうかと提案した。
私のためなど微塵も考えていない。
もっと酷いのは、結婚に真剣なジゼル様に親身なフリをして、ただ面白がってからかっていること。
スザンヌ様の真意に気づかず、素直に同意するジゼル様が何だか不憫だ。
なんとかしてあげたい。
よし、週末にウィルと会ったとき、ロラン様の好みのタイプを聞いてみよう。
ウィルなら私が聞けばきっと教えてくれるはず。
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