その十六 ウィルの決意
週末。
いつもは週末が待ち遠しいけど、今回は待ち遠しくもあり、待ち遠しくもなかった。
週末になるのが怖かったのは、ウィルが来ないかもしれないから。
昨晩に実家へ帰り着いて、何もする気が起きずにベッドへ入った。
疲れが溜まっていたけどちゃんと眠れず、うつらうつらして気づいたら朝になった。
お母様が作ってくれた朝食も喉を通らず、ほとんど食べずに部屋へ戻る。
ベッドで丸くなった。
(もう彼が来なくても仕方ない。諦めよう)
勝手に涙が流れてきて、疲れからそのまま意識が薄れた。
◇
「マリー、マリー。起きなって」
「え、何? あ、ウィル、おはよう」
「寝ぼけてるな?」
「あ、うん。寝てた。……あっ、ウィル!」
「悪い。ノックしても返事がなくて勝手に入った」
目の前にいるウィルに違和感がなくて、おはようと言ってしまった。
慌ててベッドから体を起こすと、彼が手を引いて立たせてくれた。
彼がまた来てくれた。その事実が嬉しくて視界が涙でにじむ。
「……よかった。もう来てくれないかと思った」
「先週はすまない。帝国の軍隊が……あ、いや、ちょっといろいろ対応していた」
ウィルは何やら慌てて言い直したけど、私にはどうでもよかった。
ただ、彼がまた来てくれたことが嬉しくて、それだけで幸せだった。
「もう来てくれないかと思って、私から会いに行こうと思ったのよ」
「そうなのか⁉ それは嬉しい」
「でも、あなたが何者なのか知らないの。だから待つしかできなかった」
ウィルはそれを聞いて表情を変えると、黙って私の目を見つめた。
そして、何かを決意した様子で口を開く。
「……すまなかった。マリーを悲しませていまさらだが、自分がどこの誰なのかを打ち明けたい」
「教えてくれるの?」
「ああ。だが、ここでは言えない」
「どうして?」
「長年マリーの家族に、俺の素性を口外しないよう頼んでいる。この場所で情報が漏洩したと疑われたら、剣聖べラルド・シュバリエ様とマリーの母上様に迷惑がかかるから」
ウィルはそう言うと、メモ紙を渡した。
「時空魔法について書かれた本があると分かった。このメモを王城の司書官に渡して本を借り受けてくれ」
「ちょっと待ってよ! いまは魔法の話じゃなくて、ウィルの話をしているのよ?」
「大丈夫。本を借りに来てくれれば、俺のことも分かるから」
「そうなの?」
「明日の午後に本を借りに来て欲しい」
なぜ本を借りると、彼のことが分かるのだろう。
それに下働きのメイドである私が、王城の書庫にある本なんて借りられるのだろうか。
疑問に思ったけど、事情を知るウィルが言うので平気なのだと考えた。
でも、彼の言った「来て欲しい」という言葉には違和感を覚えた。
まるで王城が彼の居場所みたいに聞こえたから。
◇
「おはようございます、マリー様。体調はどうですか?」
「おはよう、コレット。心配かけてごめんね。もう大丈夫よ」
寮のベッドで目覚めた私は、コレットとにこやかに朝の挨拶を交わす。
今日はウィルに言われたとおり、午後に王城へ本を借りに行くつもりだ。
だから、午前中にてきぱきと掃除を済ませて、仕事をひと段落させた。
王城へ行った後であれこれ言われると困るので、休憩室にいるジゼル様に「書庫へ行ってきます」と告げる。
すると、また本の返却を頼まれたと思ったのか「ほかに寄り道をしないこと」と釘を刺されたあと「いってらっしゃい」と言われた。
最近のジゼル様の態度軟化には少し驚いている。
出会ってすぐがキツかったので、いかにもな貴族令嬢かと思ったが、性格は純粋でただ影響されやすいだけのようだ。
一緒にいる人で変わるのかもしれない。
今日はスザンヌ様がおつかいで午後までいないので、それが関係していそうだ。
まあ、私は男性を物色する気がないので、寄り道するつもりなんてないのだけど。
ウィルからもらったメモを持って、王城の奥にある書庫へ行く。
書庫の貸し出しカウンターには、眼鏡を掛けた若い男性司書官がいた。
以前官僚に頼まれて、本の返却をしたときに会った人だ。
「また、代わりに返却ですか?」
「いえ、あの、この本を探していて……」
メイド姿の私を見た司書官は、おつかいと思ったのかそっけない態度でメモを受け取ったが、内容を見て眼鏡をクイとあげると表情を変えた。
私がメイド服なのを再確認して驚いている。
「すみませんが、ここにはありませんのでご案内します」
急に態度が変わって丁寧になった。
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