その十七  ウィルの正体

 司書官はカウンターに外出の表示板を出すと、後について来て欲しいと言う。


(この書庫にないのかしら? どこかへ行くの?)


 司書官がてくてく歩くので、私もついていく。

 書庫を出てかなり歩き、王城の外へ延びる渡り廊下を歩く。

 一体どこまで行くのか不安を覚えたころ、ようやく司書官が建物の前で立ち止まる。


 そこは見覚えがあるいつもの場所だった。


(宮殿に来てしまった。どうして宮殿なの?)


 司書官は入口の衛兵に事情を告げると、深呼吸して宮殿の扉を開けた。

 頭の中が疑問でいっぱいになったが、彼はただ黙って宮殿の中に入っていく。


(私は本を借りに来ただけなのに……。この司書官さん、勘違いしているのでは?)


「あの!」

「なんでしょう?」


「目当ての本は宮殿に置かれているのでしょうか?」

「宮殿の王族私書室にあります。探しに来られた方をご案内するように言われております」


 王族私書室!


(だ、誰に言われているの? ウィル? ウィルなの? ウィルしかいないわよね? で、でも宮殿にある部屋よ? いくら彼が上位貴族でも、そんな場所の本の手配なんて無理じゃないかしら)


 下を向いて思案しながら廊下を歩いていると、前を歩く司書官が急に立ち止まった。


「で、殿下! あの、伺っていた蔵書を望まれる方をお連れしました」

「ご苦労だった。本は私が渡すから君は下がっていい」


 司書官が前にいて、話し相手が見えない。


(どこかで聞いた男性の声ね。なぜか、とても身近に感じるわ……。知っている人かしら)


 司書官は「ハイ」と短く返事をすると、丁寧に礼をしてからきびすを返す。

 私にも軽く会釈をしてすれ違った。


 司書官が立ち去って、視界に飛び込んできたのは金色の髪の男性。

 きらびやかな服を着た背の高い青年が、こちらを見て優しく微笑んだ。


(あ、あ、あっ! ウ、ウィル!)


 驚きすぎて、声が出せずにぱくぱくと口を開けたり閉じたりした。

 てっきり王族私書室で、司書官から本を渡されるだけだと思っていたのに。

 ウィルが話を通してくれたとは思ったけど、まさか 本人に直接会うなんて。


「ウィル!」

「マリー、待っていた」


「あ、あれ⁉ ここは宮殿よね……」

「そうだな」


 職場でウィルと会うだけでも驚いたのに、彼と出会ったのはなんと宮殿の廊下だ。


 王城ならもしかしたら、登城したウィルと会えるかもと思っていたけど、まさか宮殿の廊下で彼と会うなんて……。

 それにしても、なぜこんなところにウィルが?


 しかも、いつも一緒に家へ来る、執事のロラン様まで彼の後ろにいる。

 長い黒髪のロラン様は、家に来ても私の部屋へ入らずに外で待っているけど、付き合いは古くて挨拶程度はよくする間柄だ。


 ここは王家が邸宅としている宮殿の中。

 メイドならいざ知らず、そこを自由に歩ける男性は限られている。

 たとえ王城ではよく見かける官僚であっても、宮殿内には立ち入らない。


 可能性があるとすれば、王族に仕える執事。

 もしくは、日頃から王族の身辺を警護する近衛隊。

 近衛隊は重い武器や鎧を一日中身につけるので若いときしか務まらないらしく、結婚候補としてメイドたちに人気がない。


 ウィルがメイドたちの噂にならないということは、もしや彼は近衛隊なのかしら。

 確かに彼は、剣聖のおじい様に免許皆伝とまで言わせた剣の腕があるし、近衛隊の仕事は十分に務まると思う。


 でもウィルの服装はきらびやかで立派で、武器や鎧は身につけていない。


「あ、あの、ウィル?」

「ああ、なんだ?」

「あなたが宮殿にいるということは、もしかして近衛隊なの?」


 正体を知りたくてウィルに問いかけると、そばにいた執事のロラン様が一歩前へ出る。


「マリー様。殿下を近衛隊などとおっしゃって、もし誰かに聞かれたら問題になります」


(でんか? でんかって、殿下? ……え、殿下⁉)


 するとウィルは、混乱する私を見てすまなそうに眉を下げた。


「マリー、これまで伝えられなくてすまなかった」

「は、はい……」


 私の中の記憶の断片が、瞬時に脳内を駆け巡る。


 目の前にいるウィルは、長身で金髪で青い目。

 十七歳で、婚約者候補はいるがまだ婚約しておらず、剣技に長けていて幼いころから修練を欠かさない。


 そんな同じ要素を持つ王族の噂を聞いた覚えがある。

 以前、休憩室でジゼル様が話していた。

 二か月後の『新年を祝う会』で、婚約が発表されると噂のある王族。

 これまで点でしかなかった断片的な情報が、見事に線で繋がった瞬間だった。


(まさか……まさかこの人が! でも、そんなことがありえるの⁉)


 幼馴染みだと思っていた人が、毎週欠かさず家へ来る人が、昨日も私を甘やかしてくれた人の正体がいま分かった。


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