その三   新しい職場

 王族の別宅管理から、王城と宮殿へ配置替えとなって十日がたった。


 新しい職場で仕事を一生懸命に頑張っているが、同僚は貴族令嬢ばかりでいびりが多くて悩まされる。

 男性の目がある場所では、おしとやかな彼女たちも、ひとたび休憩室に入れば女の本性がむき出しになる。


 私は今日も休憩室で、新人いびりの嫌がらせを受けていた。

 偉そうにふんぞり返って正面に座っているのは、中位貴族の令嬢ふたり。

 ジゼル様とそれにつき従うスザンヌ様だ。


「スザンヌ。彼女は新人なのに、ちっとも寮の部屋を掃除しませんわ!」

「ほら、ジゼル様が言っているでしょう。新人は逆らわないで、黙ってやりなさい。ついでに私の部屋も掃除するのですよ」


 正面のふたりが、休憩室のテーブルで紅茶を飲みながら無理な要求を言ってきた。


 不満を言ったジゼル様は、金髪のハーフアップでいつも見た目に気を遣っている。

 その横に並ぶスザンヌ様は、こげ茶のストレートロングでいつも目付きが鋭い。


「あの、ジゼル様、スザンヌ様。前にもご説明しましたが、私は王族の別宅から配置換えで来たので、まったくの新人ではないのですが……」

「マリー! ここだとあなたは新人ですわ!」

「ジゼル様に口答えとか! まったく、信じられません。あなたはこれからお世話になる立場なのですよ?」

「……いえ、もう何でもないです」


 話が通じない、というか聞く気がない。

 何を言っても駄目だ。

 たぶん表で男性の目があるから、よけいに裏でマウントを取ろうとするんだろう。


 王城と宮殿での下働きは、女性ばかりだった別宅とは違って男性たちとの接点が多い。

 王城には、王の政治を手足となって実行する官僚や王族を護衛する近衛隊などの上位貴族、王族お抱えの大商人や神官などが出入りしている。

 下位貴族の孫娘である私とは、通常なら接点のない男性が多い。


 一方で衛兵や下働きのコック、庭師や出入りの業者など、下位貴族出身の私でも気楽に話せそうな男性も結構いる。

 そんな環境もあって事情が複雑になっている。

 一緒に働く貴族令嬢たちは、裏では同性をけん制してマウントの取り合いをし、表では男性を意識してばかり。


「スザンヌ。マリーにあまり王城をうろうろしないよう指導をお願いしますわ」

「ジゼル様はお綺麗なんですから、マリーなどお気になさらなくても」


 男性を意識する理由、それはこの職場が結婚相手を探す場所になっているから。


「婚約相手に不満のないスザンヌが羨ましいわ。私の両親が勧める縁談相手は二十も年上ですもの。年齢の近いスリムな男性だったらよかったのに」

「不満がないのとは違いますよ。私は男性に多くを期待していないだけなのです」

「でも殿方と一緒になって子を成すなら、恋焦がれる素敵な男性と結婚したいものです。きっと王城には私の運命の人がいるはずですから」


 ジゼル様は自分に言い聞かせるように話すと、私のことを横目で見る。


「マリー、どうせあなたも結婚相手を探しているのでしょう?」

「はい、私もよい人と一緒になりたいです。でも、結婚はまだいいかなと……」


 一応この国では女性も爵位を承継できるので、おじい様の爵位を直系の私が承継することも可能だ。

 だけどお母さまからは「あなたの子供へ直接爵位を承継するために、下位貴族の三男あたりと結婚しなさい」と言われている。

 でもいまは、まったく男性探しなどしていない。とてもその気になれないから。


 それは、素敵な幼馴染みがいるせいだと思う。

 私の生活にはウィルの存在が大きくて、何をするにしても影響を受けている。

 そんな彼と週末に会って話もするのに、誰か別の人と結婚して子を成すなんて、想像するのすら心が拒絶する。


 休憩室の椅子でふんぞり返るジゼル様とスザンヌ様は、まだ言いたいことがあるのか私を開放してくれない。


「結婚がまだいいなら、先日、なぜ王城の奥へ行ったのですか! どうせ、いい男性がいないか探しに行ったのでしょう?」

「ジゼル様のおっしゃる通りです! 宮殿のだだっぴろい廊下や応接間の掃除があなたの担当でしょう? やることなら尽きないはずです!」


 彼女たちにもいろいろ事情があるのは分かる。

 より位の高い男性と親密になるには、王城の奥の仕事が有利だからだ。


 私みたいな下位貴族の孫娘は、王族や上位貴族と関わる給仕などではなく、広間や廊下などの掃除をさせられる。別に私は掃除でも構わないけど。


「王城の奥へ行ったのは、通りがかった官僚の男性に本の返却を頼まれたからです」


 私の説明を聞いたジゼル様はバツが悪そうにする。


「わ、私に渡せばいいでしょう? 次に勝手をしたら許しませんからね! 行きますよ、スザンヌ」

「はい、ジゼル様。あなた、逆らうとためにならないですよ?」

「……分かりました」


 私の返事を聞いたふたりは、フンと鼻を鳴らして席を立つと、身支度を直してから休憩室を出て行った。

 そろそろ王族の夕食時間が近いので、給仕に行くのだろう。


 ジゼル様はああ言ったけど、もし返却する本を彼女に渡そうとしても、自分で行けと言いそうだ。

 王城の奥にある遠い書庫まで行って、ただ戻ってくるなんて彼女にはなんのメリットもないから。


 でも、ジゼル様は絶対に自分の非を認めないだろう。

 それは貴族階級に差があるから仕方のないことだ。

 スザンヌ様がジゼル様に従うのも仕方がない。

 ふたりの父は官僚で、上司部下の関係だから。

 こんなのばっかりだ。しがらみだらけの職場にうんざりする。


 前の職場だった王族の別宅も、女性同士のマウント取りで嫌な思いをした。

 だから私は仕事をきっちりこなして、自分を守ろうと思うようになったのだ。

 責任を果たして誰からも指摘されないようにすれば、追及されることもないから。


 残っていたほかのメイドたちも夕食の給仕に出ていき、休憩室はようやく静かになった。


 こんな思いをするなら休憩なんかせず、ずっと仕事をしていた方がマシ。それでも休憩室に来るのには訳があった。

 部屋の隅にいる平民のコレットに優しく声をかける。


「私は仕事に行くわね。あなたもそろそろ魔法で灯りを点けてまわる時間でしょ?」

「あ、はい。分かりました、マリー様」


 ここは彼女にとって居心地が悪いはず。

 コレットは平民だからという理由で、同僚の貴族令嬢たちによくいじめられている。


 私はコレットを助けるために、来たくもない休憩室へ来ているのだ。

 彼女とはメイド用の寮で相部屋。

 コレットは平民なので、誰もが相部屋を拒否してずっと彼女ひとりだったらしいが、私が配置換えで寮に来て一緒の部屋になった。


 彼女は平民にも関わらず、ムリヤリ王城のメイドとして徴集されたそうだ。

 理由は、魔力があって下働きで役立つから。


 コレットは魔法使いの家系出身で、火の魔法を使える。

 だから毎日毎日、厨房で火をおこして、夜に王城と宮殿内の灯りを点けてまわる仕事をしている。


「それではマリー様」

「ええ、お互い頑張りましょ」


 私はコレットと休憩室を出ると、週末に会えるウィルのことを想いながら、掃除の続きをするためにひとり宮殿のロビーへ向かった。


(ああ、早くウィルに会いたい。今度は久しぶりに手を握ってもらおうかしら。少し恥ずかしいけどお願いしてみよう。彼に優しく手を握ってもらえば、それだけでこんな気苦労は吹き飛ぶわ)


 それを楽しみに思うだけで、毎日の仕事も貴族令嬢たちのいびりにも耐えられるから。

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