第25話復活リンリン料理長これが私の料理道!

 休養期間が明け、リンリンが御前房に復帰する日がやって来た。

 この日に何を作るかは、もうとっくに決めている。

 先ずは、朝餉の栗おこわ中華風お結びだ。

 昨日廊下をぶらぶらと散歩していた時に、小僧が大きなズタ袋を背負って栗を持ってるのを目撃した。あれは御前房向けに持ってきたものに違いない。

 秋の味覚と言えば栗、さぁ何を作ろうか思いを巡らせ一日は過ぎていった。

 休養して間は鶏が鳴くのにも気づかないくらい深く眠り、昼寝までして惰眠をむさぼってしまったが、仕事モードに切り替わった体はきちんと朝焼けと共に目覚めてくれた。

 劉翔に貰った紫水晶の腕輪は、彗瑠皇后が林檎飴のお礼にと三つ編みに結び付けてくれた結び紐でくくって首から下げている。


(身につけていろって言われたけど、仕事中に腕につけているわけにも行かないしね。それどうしたのって人に聞かれても困っちゃうから、これでいいよね。)


 リンリンはその腕輪のことをまだ誰にも気付かれていないと思っているが、この後宮はそんな大らかな場所ではない。

 皇后の居室から隠し通路を通って劉翔の部屋に戻り、何事もなかったかのように再度迎えに来た下級宦官と共に自室へと戻るリンリンの手首にきらりと光るそれを、扉の外で秘め事に聞き耳を立てていた衛兵が見逃すはずがない。恥ずかしがり屋の赤面下級宦官も、通りすがるふりをして待機していた女官も、たまたま廊下に目を向けた料理人達も然り。「劉翔太子様が愛の証に高価な腕輪をリンリンに賜った。二人は部屋に数時間こもりきりで愛を確かめ合っていたらしい」そんな噂はこれまで蚊帳の外だった御前房までをも巻き込み瞬く間に後宮中を駆け巡っていたのだった。

 真実を知る陳流々はにまにまと楽し気にほくそ笑みながら、楊玲の膳部長室で饅頭を頬張り彼をからかう。

「ねぇ、皇太子殿下の愛妾の上司になるってどんな気分? ねぇねぇ」

「全く、あなたはまた仕事をさぼって雑談に興じて、真実を知っているくせに何をふざけているのか」

「うふふー、だって面白いじゃない。子羊って本当に何も分かっていないのかしら? あの子本当に十五なの? 嫁に行く子だっているくらいの年齢なのに」

「はぁ、そんなことは私たちに全く関わりのないことです。粛々と賜った仕事をすればよいのです。あなたもこんな所でお茶を挽いている場合じゃないでしょう……また皇太后様に叱られますよ」

「ふぅーんだっ」


 栗に夢中のリンリンは、自分についてのこんな下世話な話題が繰り広げられていたこともやはり何も知らない。

 劉翔と自分の関係、その秘密の友情は、自分とショウそしてその両親である天子と皇后だけが知っていてこれからも密やかに育んでいければいいのだと思っていた。


「ふふふ、透き通ってキラキラしててやっぱりこの腕輪綺麗だな。あーそういえば、私宝石とか身に着けるの初めてだなぁ」


 にっこりと仕事着の胸を覗き込んで、ぎゅっと両腕でそれを抱きしめる。料理にしか興味がないようでいてもやはり年頃の女の子、綺麗なものは好きなのだ。けれど、それよりも降りかかる邪気から自分を守りたいと思ってくれたショウの真心がリンリンには何より嬉しかったのだ。

 同じ後宮にいても今は立場も場所も遠い友達、けれどこれを身に着けていれば夜更けの御前房でしていたように二人で料理をしているような気分になれる気もした。


「よし! 張り切って行こう」


 えいっと胸を張って御前房に乗り込むと、「リンリン料理長、おかえりなさーい」賑やかな声で出迎えられた。

 一番乗りかと思ったそこには、既に下働きの下男下女の子供ら、女性料理人達が集合していて拍手をしながら笑顔でリンリンの復帰を祝ってくれる。


「大変でしたねー。私らは、料理長が無実だってずっと信じていましたよ」


 胡春は涙目になり、ぎゅっとリンリンに抱きつきその上に女性料理人達、そして下男下女の子供らが被さってゆく。

 リンリンを中心として大きな塊になった女性と子供達を、遠巻きに見つめる男性料理人たちはどこか気まずそうに目を伏せた。

 平や梁の悪事に関りがないと証明された男性料理人達はそのまま御前房に残ったが、リンリンに合わせる顔がないと思っているのやもしれない。


「残ってくださった皆さん! 女性も男性も、そして新人の皆さんも。これからいい料理を作って後宮の方々に喜んでもらいましょう! この集団の一人一人が素晴らしい戦力です。頑張りましょう」


 ぐるりと全員を見回し大きな声で発破をかけると、男性料理人たちはやっと顔を上げてにっこりと微笑んだ。

「はいっ、俺らも精進しますよ! えいえいおー」

「おー!」


 腕を振り上げてリンリンに呼応する者までいて、つられてさっきまでしょげた顔をしていた男性料理人達まで掛け声を上げ腕を振り上げている。

 あの初めの声の主、彼は新顔だ。仲介人の陳流々と似た朗らかで人見知りしない性質なのかもしれない。

 リンリンはこの御前房に吹いた新しく明るい風に、皆の不安が吹き飛ばされ士気が上がっていくのを感じることが出来た。


「はいっ、じゃあ栗の皮剝きから始めましょう」

「出来てまぁーす」


 第一号の号令に、子供の元気な声が返って来た。リンリンが栗料理を考えていたことは、誰にも打ち明けていなかったというのに。


「おとつい栗が来たからさぁ、リンリン料理長はきっとこれを使って何か作ると思ってね。あたしらで準備していたのさ」


 ほら、どんぴしゃりだったでしょう。とばかりに胡春は大口を開けてガハガハ笑う。

 いつの間にかこの御前房の仲間たちとリンリンは、つうと言えばかあと答えるような気持ちが通じ合う仲となっていたのだ。これはリンリンにとって意外な喜びであった。


「まぁ、外してもどうせ何か考えてパッパと作るだろうしね」


 こんなところですらお見通しだ。流石に栗おこわを作ろうと考えていることまではバレていなかったようだが。


 餅米に下茹でまで済んでいた栗と椎茸鶏肉を入れ、鶏がらスープで溶いた草醤(くさびしお、果実、野菜、海藻を原料とした醤油のような物)で味付けし蒸しあげた栗おこわをお結びにして、溶き卵とにらの湯を添えた朝餉は、ほくほくと美味しそうな湯気を出し御前房で働く皆の腹を鳴らした。

 リンリンもその中の一人で、ぐうとなった腹に珍しくつまみ食いした茹で栗を放り込み皆の賄いを何にするかしばし思案する。

 同じものを出してあげたいという気持ちはあるのだが、もち米が使えないので他の物を作るしかない。


「えっと今日の皆さんの賄いは麦と栗の粥なんですが、折角なので沢山ある栗を使って水飴煮も作りますよー。今日の賄いは点甜付きでーす」

「やったー! 僕甘い栗って大大大好きー。あのね、弟や妹、それに母ちゃんもだよー」


 饅頭を貰ってとっくに勉強小屋に行っているはずの子供らまで、歓声を上げて喜んでいる。


(うーむ、これはお土産用にたくさん作ってあげなきゃなー午後の子達の分も……うーん、それならショウや皇后様の分も作って、陳茶部長から渡してもらおうかな。わざわざ呼んでもらったりしなくたって、あの人のことだからどうせそのうちつまみ食いしにひょっこり現れるんだろうし)


 自分の知らない点甜を皆で食したことを知り拗ねているショウの顔が脳裏に浮かんで、リンリンはくすっと笑いを漏らした。

 思いのほか大量に使うことになってしまった栗が足りなくなり、その日考えていた栗の天ぷらや栗と干し豆腐の煮物などの栗尽くしのメニューはお預けになってしまったが、ホクホク甘い栗の水飴煮は下男下女の子供らとその家族、そして料理人達と案の定ふらっと現れた陳流々、そして劉翔と彗瑠皇后をそれから数日の間楽しませることとなったのだった。



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