第18話いよいよ祝宴本番

 全ての料理が完成し、楊玲の承認も得て、料理人全員に作り方の講義を終えると、あっという間に祝賀会の当日になってしまった。

 細かい作り方など一人ひとり全てに講義するわけにもいかず伝え足りないこともあるような心残りもあるが、こうなってはもう全力で乗り切るしかない。

 慌ただしく料理を作り続け、配膳係の宮女を待っていると、慌てた様子の下級宦官が御前房へバタバタと駆け込んできた。

「大変です! 大変なんですっ! 直ちに楊膳部長を呼んでください」


 駆け付けた楊玲に、下級宦官は泣きそうな顔で窮状を告げた。


「第一毒見役の宮女が風邪をこじらせて倒れてしまったのです。第二毒見役と第三毒見役は、一番手で毒見をするのは嫌だと言って、私はもうどうしたらいいか分からなくなってしまいまして……私が代わりにやれればいいのですが、皇太后様の小帝の餌の準備や毛皮の手入れもやらなくてはいけないし、あぁこのままでは毒見が出来ずに皇太子殿下に料理が出せない、祝宴が台無しになってしまうぅぅぅ……」ついにはシクシクと泣きだしてその場に崩れ落ちてしまった下級宦官の肩にそっと手を置き宥めつつ、「それは大変なことになりましたね。誰か代わりの者は……」ぐるりと御前房を見回す楊玲と目を合わせないように、男性料理人も女性料理人もそっと目を伏せ何も聞こえないふりをして手を動かし続けた。毒見役、その不穏な響きに気が引けてしまっているのだ。そんな中、「あの、それ私がやってもいいでしょうか」点甜用のアイシング、砂糖液を準備していた一人の女性料理人が声を上げた。リンリンの友、小怡だ。


 小怡の故郷には年老いた祖父母と育ち盛りの弟妹達がいる。両親は流行り病で若くして亡くなり、一家の大黒柱はこの小怡なのだ。

 毒見役には危険手当として金貨一枚の報奨が出る。このまま常任の毒見役となれれば、その金貨を故郷(くに)に仕送りし、一家の生活を楽にすることが出来るのだ。

 小怡にとっては、願ってもない好機だったのだ。


「ほ、本当ですか。助かります! 毒見の手順は宴会室についてから説明いたしますから、えっと、その作業着では……うーん、それもあちらについてからなんとかします。行きましょう」

「は、はい……」


 急に元気を取り戻した下級宦官に勢いよく腕を引かれて小怡が連れていかれ、平穏を取り戻した御前房でリンリンはパシッと自分の頬を両手で打ち、一層仕事に精を出した。


(あっという間に連れて行かれちゃって、頑張ってって言ってあげる暇もなかった。この御前房では毒なんて入れる人は誰もいないだろうし、宮女たちだって身元のしっかりした人たちなんだから後宮の料理は安全だろうけど、やっぱり少し心配……最近前よりもっと痩せちゃって顔色も悪いのに大丈夫かなぁ。でも毒見役がいないと、祝宴始められないもんね……小怡の頑張りを無駄にしないように、いい料理を出して完璧な祝宴になるようにしなくちゃ!)


 友のために、そして何よりも今日の主役である皇太子に楽しい一日を過ごしてもらうために、リンリンは先頭に立って皆を引っ張り、料理人たちに細々と指示を出しながら自身も息をつく間もないほどくるくると働き、手を休めることなく次々に料理を作り続けた。

 そして、前菜、湯、主菜、主食と小怡の様子を聞きたい気持ちを必死で抑えながら給仕役の宮女たちに渡してゆき、いよいよ点甜の仕上げに取り掛かった。


 一つ一つのパウンドケーキに当初の予定とは少し変えて、花形に飾り切りした青蜜柑の蜂蜜漬けを乗せてゆき、小怡が準備してくれたアイシングで紅花色の小花模様を描いてゆく。

「あぁ、可愛い。完璧」思わず自分の仕事に対しての自画自賛の声が漏れてしまうくらいに、納得の仕上がりだ。

 皇太子も喜んでくれるといいのだが、もし毒見役が宴会室の見られる位置で役目を果たしているのなら、小怡がその様子を一挙手一投足しっかり見ていてくれるに違いない。

 この祝宴が終わって小怡が御前房に戻ってきたら、詳しくあれこれ聞いてみよう。けれど、慣れない場所で疲れているかもしれないな、やっぱり労をねぎらってから部屋に帰ってゆっくり休んでもらって、明日の朝餉の用意の後に仕事がどうだったか等も含めて聞いた方がいいのかもしれない。あぁ、南瓜の顔の反応も気になるな。下女と下男の子供らは試食の残りの南瓜の器を見つけたとき、大笑いして喜んでくれたけど。結局、祝宴の反応が気になって仕方ないリンリンは、祝宴料理の締めであるお化け南瓜入りの南瓜とイチジクの蒸豆腐祝宴風を引き渡した後も、後片付けをしながらあれこれと考えを巡らせていた。


(あの下級宦官の人、服装がどうとかも言ってたけど小怡も毒見の前に宮女の服に着替えたのかな。あの服ってシンプルだけど薄ピンクと首元の白の配分が絶妙で、袖がちょっとだけふわっとしてめっちゃ可愛いんだよね。髪型がお揃いのくるくるお団子なのもいいんだぁ、私なんてずっと伸ばしっぱなしの三つ編み一辺倒なのに。うぅ、可愛い姿見たいからできれば着替えないでそのまま戻ってきて欲しいなー)


 皇太子の反応から小怡の仕事着まで、リンリンは戻って来た小怡とあれやこれやぺちゃくちゃとお喋りすることを思い浮かべながら自然と笑みを浮かべていた。

 想像するだけで、楽しくて楽しくて堪らなかったのだ。全ての料理を渡し終えたという充足感も含まれていたのかもしれない。


 南瓜の馬車に乗った南瓜と春雨のサラダの前菜から始まり、茄子と豆腐といんげんのふわふわ卵の湯、皇太子の要望による海老の卵油和えとピリ辛手羽先の主菜、がっつり炒飯と餡かけ芙蓉蛋の天津丼の主食、そして誕生日特製アイシングパウンドケーキにお化け南瓜の器に入った南瓜とイチジクの二種のプリン、一つ一つの料理を順番に思い出しながら試食会の時の小怡と陳流々の笑顔にまだ見ぬ皇太子や宴席の客たちの笑顔を重ねてゆく。


 幸せな美味しい笑顔と笑い声に満ち満ちた祝宴を思い浮かべながら、ショウの椅子をちょっと拝借して腰掛けながらリンリンはじっと小怡の戻りを待ち続けた。


(毒見役って役目を終えたらすぐに帰ってこれるのかな。それとも終わるまでずっと隅っこで待ってなきゃいけないのかなー、うーん全然わからないや、私御前房以外の後宮のことって何も知らないからなぁ。)


 小さな椅子にもたれ掛りうとうととし始めた矢先、廊下ががやがやと騒がしくなり、ドタバタとした足音が御前房へと近づいてきた。


(何だろう、こんな足音が小怡のわけないし……)


 ふと入り口に目を向けると、そこからずんずんと入って来たのは普段後宮の中では見かけることのない衛兵たちだった。


「御前房料理長のリンリンだな。皇太子殿下毒殺を図った謀反人として拘束する」

「えっ、えっ、どういうことですか」


 動揺するリンリンを取り押さえ、縄で縛った衛兵たちはそのままリンリンを引き摺るようにして後宮の裏門から宮廷の裏にある塔へと連れてゆき、一番上の小部屋に押し込むと鉄格子の錠前にガチャリと鍵をかけて立ち去った。


 丹精を込めて作り上げたアイシングパウンドケーキ、それを毒見した小怡がそのまま倒れ、意識不明の重体に陥ったことを塔に連れていかれる道中で、リンリンは若い衛兵から聞いた。


「聞けば毒見役の女はお前の友だというではないか、友を犠牲にしてまで皇太子の毒殺を図ろうとするなどとんだ不届きものだ。天子様の勅令が出るまで塔の中で震えて待つがいい」


(そんな小怡が倒れた……意識不明だなんてどういうことなの!? 毒、そんなもの私は入れていない。材料だって一つ一つ自分の舌で確かめて安全は確認しているのに)


 この後宮に来て初めて出来た友人である小怡、そんな小怡の窮地に直ぐに駆け付けたいというのに捕らわれの身となってしまった自分は動けない。


(頑張って、頑張って小怡、どうかどうか命をつなぎとめて……)


 リンリンはただ友の無事を願い、塔の中で祈るしかなかった。

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