第17話点甜がもう一つ欲しい
パウンドケーキのデコレーションは紅花で色を付けた自家製アイシングで模様を描き、青蜜柑の蜂蜜漬けをトッピングすることに決まり、これで全てのメニューが決まったかのように思われたがリンリンはまだ何か物足りない気分だった。
(一年に一度の誕生日、それに十四歳のこの日は一生で一度きりだもの。もっと楽しめる何かはないものかしら?)
リンリンのかつて生きていた現代でも、十五歳はまだ子供とはいえ大人の入り口に立ったとも言える。高校生になれば幼いころに好んでいたような物を大っぴらに好きだとはいえなくなってしまう。この場所ではその現代よりも大人になるスピードがずっと速い。
それも男子、国を統べる天子の長男たる皇太子とあらば、御妃達とは違って大っぴらに甘いものを食べることが出来る機会など誕生日の祝宴ぐらいしかないのではなかろうか。後宮に来る途中で見た宮廷の裏の塔のように、空高くそびえるような大きなデコレーションケーキなら一品でも十分だろう。けれど、そんなものは現状ではリンリンに作れるはずもない。ならば、もう一品楽しんでもらえるものを出してもいいのではないだろうか。
皇太子がそこまで甘いものを好むかどうかは定かではなかったのだが、楽しんでもらいたい満足してほしいという気持ちでいっぱいになっていたリンリンは、もう一つ点甜を用意することにした。ちょうど御料牧園から熟れたイチジクと頼んでおいた牛乳が届いたばかりだ。その二つを使って何か驚きのある一品を作りたい。
この場所にはなくて、そして美味しいもの。
(点甜のメインがパウンドお誕生日ケーキだから、もう一つは水分が多くてしっとりなめらかなものがいいよね。うーん愛玉子があればフルーツのミルクゼリーができるけど、この国にはないっぽいんだよね……牛乳寒だとシンプル過ぎるし、うーん、プリン、蒸杏仁豆腐は何度か夕餉の点甜で出しちゃってるから新鮮味がないし、ってそうだそれならイチジクのプリン作ればいいじゃん。それなら同じプリンでも全然味が違っていい感じじゃない?)
これにて、メニューの締めは決定した。
後は試作をして、完全なコースに仕上げるだけだ。
イチジクは輪切りにし、牛乳、寒天、溶き卵、蜂蜜をぐるぐると掻き混ぜて陶器の器に流し込もうとしたその時、リンリンの目はある一点で止まった。
調理台の上の誰かが置き忘れたらしい今日の夕餉で使った南瓜と目が合ったような気がしたのだ。その南瓜の穴に丁度油皿の明かりが当たって、ある懐かしいものを思い浮かべた。
ジャックオーランタン、ハロウィンの南瓜だ。
毎年十月末、商店街では若者客を呼び入れるためにハロウィンの飾りつけをしていた。菅沼飯店も店の前とレジの横に南瓜を繰り抜いて顔を作ったジャックオーランタンを飾っていたのだ。
(南瓜の器だと前菜と被っちゃうけど、あっちは馬車、こっちはジャックオーランタン風に顔をくりぬいたら楽しんでもらえるんじゃないかな。)
繰り抜いた南瓜の中身も勿体ないのでイチジクと南瓜二種類のプリンを作ることにしたリンリンは、その場にいた二人に助っ人を頼んだ。
「あのね、この蒸した南瓜の中身を繰り抜いてこんな顔を彫って欲しいの」
算術用の計算用紙にすらすらと筆でジャックオランタンの顔を描くと、小怡とすっかり常連になってしまった陳流々は口をあんぐりと開けぽかーんとしてしまった。
「何よこれ、それこそお化けじゃないの」
「うん、ちょっと怖いかも」
「うんうん、お化けだよ。でも楽しいでしょ! 折角の祝賀の日だもの。楽しんでもらいたいんだよね」
腰が引けていた二人もリンリンの楽し気な勢いに乗せられて、渡された細工用の小さな包丁で絵を参考に黙々と顔を彫り始めた。
その間にリンリンはイチジク、そして先ほどの材料に甘酒を加えた南瓜プリンの液を作り上げて器の顔が彫りあがるのを楽し気に見守った。
「あー、小怡のは可愛いねーにこにこしてるみたい。陳茶部長のは怖っ」
「何よ! あたしは絵の通りに彫ってあげてるだけでしょ」
「あははーそうですねーありがとうございまーす」
「ちょっと、癇に障る言い方ね!」
「ははっ、すみませーん」
そして、彫りあがった南瓜の器を布巾で包み顔の部分から漏れないようにしてからプリン液を流し込み、蒸し器に入れて竈に薪をくべ足した。
「あー、これで祝賀料理は全部完成です! 小怡と後それから陳茶部長のご協力のおかげです。本当にありがとうございました」
「ううん、こっちこそ珍しい料理が食べられてすごく嬉しく楽しくそして美味しかったよ。こっちこそ有難うね」
「ちょっと! あたしをついでみたいに付け足すんじゃないわよ!」
リンリンの言葉に小怡は照れくさそうに微笑んで、陳流々は言葉では怒り口を尖らせつつもその目じりは下がり目元では微笑んでいるように見える。
やいやいと言い合い、談笑している間にいつの間にか四半時が経ち蒸し器からぷしゅーっと立つ甘い湯気が、プリンの蒸しあがりを教えてくれた。
「あら、南瓜の匂いの中にイチジクが混ざって随分甘い風が来るわねー」
「とってもいい匂いだわ。きっと味もおいしいわね、顔もどうなっているのか楽しみ」
陳流々と小怡の期待を背負い、蒸し器の蓋を開けたリンリンは満面の笑顔になった。
すは入っていない。開いた南瓜の頭から覗くプリンの表面はなめらかでとても綺麗だ。
小怡の彫ったにこにこ顔の口の端からプリン液が涎のように一筋垂れて、切り口からはイチジクの赤色が見えてちょっとホラー風味なのも反ってユーモラスで面白い。
「大成功だよ! 二人ともこっちに来て」
「わー、すごい。でもやっぱりちょっとお化けみたいよ」
「うんうん、涎を垂らして口から血が見える腹ペコお化けね。ふふっ」
「いやだー、陳茶部長止めてくださいよー」
「あら、あたしは褒めているのよ。こんな愉快な点甜初めて見たもの」
「陳茶部長の彫った南瓜だって、黄色い鼻水垂れてるじゃないですか!」
「あらやだ、ホントね!」
からかわれてムキになる小怡と、そんな様子が面白くて笑いながらもっとからかう陳流々の掛け合い、まるで漫才を観ているようだなと思いクスクス笑いつつ、リンリンは皿にプリン、南瓜とイチジクの蒸豆腐を盛り付けた。
「さぁさぁ喧嘩はもうおしまい! あったかいうちに食べてみてくださいよ。後で冷めた常温の方もお願いしますね」
「別に喧嘩はしていないよ」
「そうよねー小怡、あたしたち朋友ですものね。切っても切れない仲なのよ」
「ええっ、それは違うと思います……けど」
やっぱりこの二人のコンビは面白い。リンリンは笑いが止まらず腹を押さえてプーくすくすと笑い続ける。
「何よ子羊ちゃんったら、あたし達の何がそんなにおかしいのよ」
「そうよリンリン、どうしたのよ」
まずい。矛先が自分に向いてしまった。
リンリンは慌てて匙を二人に差し出し、口に残る笑いの残骸を無理やり呑み込んでぐーっと唇の端をつり上げて何とか穏やかな笑顔を作り上げた。
「えっとね、蒸豆腐冷めちゃうからどうぞどうぞ!」
まだ何か言い足りなさそうな二人ではあったが目の前の旨そうな湯気の残り香とつるりとなめらかな肌に匙を入れたいという誘惑には逆らえず、そのまま受け取りそろそろと赤と黄色の蒸豆腐を口に運んだ。
「うわっ、南瓜ってこんなに美味しくなるのね! すごくこってりしていて、でものど越しはなめらかで食べていてとても心地がいいわ。甘酒の風味もふわっとして、甘みが二重になってて美味しい。飲み込むのが惜しいくらいよ」
「こっちのイチジクもいいわよー。優しい甘さでしつこくなくてつるりつるりと口の中で泳いでいるようだわ」
二人の高評価に気を良くしたリンリンは自分でも一匙ずつ掬い、交互に口に入れてみた。
イチジクが生きたほんのりとした甘さのプリン、そしてこってり濃厚な南瓜のプリン。思いがけない共演だったが、大成功してくれた。
そして、調理台の残されたままの南瓜の器は何度見ても吹き出してしまいそうに面白い。
(あぁ、祝賀会はきっと大成功間違いなしだわ。皇太子さまの笑顔が目に浮かぶよう。って顔知らないけどね。)
リンリンは充実していた。
御前房の三つの笑顔、これが祝賀会当日には数多の人の笑顔として広がってゆくに違いない。
そう信じていたのだ。
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