第6話バグを直してフルコース完成!
ショウの手助けのおかげもあって最後に残っていた点甜も決まり、これで残りの三日間はのんびりとというわけにはいかなった。
翌朝、出勤した平暫定料理長が砂糖袋の異様な減り方に気付き、慌てふためいて楊玲に報告し、リンリンはすぐに呼び出された。
「ねぇリンリン、あなた何をしたの? 平さんは大騒ぎだし、楊膳部長も目をつり上げてあなたを連れてくるように言ってお冠よ」
息を切らせながら急いで呼びに来た小怡は心配そうに声を震わせたが、リンリンは「ははは、何かなぁ……」と力なく笑うしかなかった。
俯きながらおぼつかない足取りで御前房の横にある膳部長室に向かうと、仁王立ちで待ち構えていた楊玲はリンリンの顔を見るなり、はぁーっと大きく深いため息をついた。
「も、申し訳ございません」
リンリンが床につくほどに低く頭を下げても、何も言葉はもらえない。
(試食会の試験もこれでおじゃんだよね、折角手伝ってくれたショウにも申し訳なさすぎる。これからは下女に戻って下働き、ならまだいいけれど借金背負って東北に戻ることになったらどうしよう……)
下げた頭の目じりからぼわっと涙があふれ出しそうになった時、頭の上で静かな声が流れ出した。
「もう頭を上げなさい。そんな風にぺこぺこされてもどうにもなりませんから」
折角料理人と見出してもらったというのに、見放されてしまった。
ついにぽろぽろと零れ出した涙と共に頭を上げたリンリンに、楊玲が続けて放った言葉は思いもよらない意外なものだった。
「そんなに泣くんじゃありません、きちんと人の話を聞きなさい……御前房、貯蔵庫にあるものを何でも使っていいと言ったのはこの私です。この責任はこの私にあるのですから」
「いえ、めっそうもございません!」
「これからは気を付けてくださいね。過ちは繰り返さないこと、では帰ってよろしい」
リンリンはブンブン頭を振り尚も謝り続けたが、楊玲はくるりと背を向けてしまった。
(あぁ、やっぱり試食会はもう中止ってことだろうか)
とぼとぼと部屋を後にするリンリンの背中に、楊玲はポツリと言葉を投げかけた。
「試食会は四日後ですね。しっかり励みなさい」
驚いて振り返っても机に向かうピンと張った背中しか見えなかったが、リンリンはその背中に深々とお辞儀をし拱手した。
「よし!」
頑張るしかない。リンリンはそう決意し、残り三日間の使い方を思案する。
昨夜砂糖の件で魂の抜けたような顔で皿洗いをするリンリンに、ショウは「また明晩」と言い残して立ち去った。
ならば、今夜も御前房に現れるはずだ。
点甜、そして砂糖の使い過ぎに気を取られて気にしていなかったが、振り返ってみるとショウはそば饅頭についての感想を一言も言わなかった。
(口に合わなかったのかもしれない。それは何故なのか聞かなくちゃ)
今か今かと日暮れを待ち、いつものように椅子に座っているショウに、リンリンは開口一番疑問を投げかける。
「ショウ! そば饅頭気に入らなかった? 不味かったの」
「そ、ば、饅頭……あぁ、あの饅頭のことか。いや不味くはないどころかなかなか乙な味であったぞ、しかし口が少々パサついてな」
呆気にとられつつも、ショウは率直な感想を述べてくれた。
しっとりとしたエビマヨと合わせて食べるのを念頭に置いていたため、口の中の水気のことまで気が回っていなかったようだ。
しかし、エビマヨと同時に食べる人ばかりではあるまい。
単品で口がパサつく部分も、改良が必要ではあるだろう。
「よし! 明日は私全部揃えた套餐(タオツァン、コース料理)を作るよ。今から下ごしらえする! ショウ、明日も明後日も付き合ってもらえるかな」
ぎゅっと自分の手を握り、真剣な目でじっと見つめられ、ショウは気恥ずかしくなって吹き出しそうになるのを抑えて、ぐっと顔に力を込めて真面目な顔を作り頷いた。
「よし、しかと引き受けたぞ! 我に任せろ」
「ありがとう! あっ、下ごしらえ、卵油だけは手伝って! あれ日持ちしないの」
「やれやれ、仕方ないな」
それからのリンリンは、獅子奮迅の働きで準備期間の二日間を乗り切った。
そば饅頭には細かく切った猪の燻製の脂身部分を入れて汁気を足し、月花白美をより優美に見せるため茶屋から持ってきた桃の花の塩漬けを散らす。
そしていよいよ完成したフルコースを、最大の協力者であるショウに試食してもらうこととなった。
「じゃじゃーん! 今宵はリンリンが丹精込めた宮廷特餐でーす! お楽しみあれー」
「ふむ、いただこう」
前菜は先日と全く同じ、滞りなくショウの匙は進む。
「やはりこれは何度食しても良い、さっぱりとしていながらこの卵のこってりしたやわらかさと胡瓜のシャキシャキ、それに刻んだ唐辛子のちょっとした刺激が楽しくて、飽きぬな。ところで、これの料理名は何だ? 前菜としか聞いておらぬぞ」
「あっ」
リンリンは、そこで初めてこの前菜にも名前がないことに気が付いた。
「あー、うーん、またお願いしてもいいかな?」
ちょろりと舌を出して自分をチラ見するリンリンに、ショウはあきれたようにくすくす笑いながら片手を上げた。
「そなたにはかなわぬな。ふむ、これの名前は野原の蓮冷製湯がよかろう」
またしても即座に名をつけてくれたショウに、リンリンはほとほと感服してしまった。
この頭の回転の早さ、やはりこの子はただものではない。
「わーいいねいいねー今度は私も分かるよ。卵の野原にワンタンの蓮の花だね」
「うむ、湯を沼に見立ててみようとも思ったが、沼湯ではな」
「う、うん……沼湯はどろどろとしてちょっと臭そうだもんね。ぷぷっ」
「これ、笑うでない! 我はそなたに頼まれたから、わざわざ考えてやったのだぞ」
「う、うんごめんね。でもショウも笑ってる」
「そなたが臭そうなどと言うからであろう。どろどろで臭いならそれは沼湯でなく、ヘドロ湯だ」
「ぷぷっ、やだー不味そうだねー」
一頻り笑いあってから、問題の主菜&主食の番がやって来た。
海老の卵油和えとそば饅頭を交互に食べて、うんうんと頷くショウをリンリンは固唾をのんで見守る。
「うむ、そば饅頭はかなり改良されたな。これならじゅわっとした油の汁気がそばに纏わり、饅頭の皮とも相性が良くて食しやすいぞ、それに海老の卵油和えと共に食すとまた違った味わいで二度楽しめる」
「わー、良かったぁ。ぱさぱさしなかったんだね」
一番の懸念であったそば饅頭問題が解決しリンリンは安堵の表情を浮かべ、問題点を指摘したショウも心が軽くなる思いがした。
相手のためを思ってのことだが、少し厳しく言い過ぎたのではないかと内心気に病んでいたのだ。
そしていよいよ締めの点甜の登場となり、ショウは初めて見る桃の花の飾りに目を見張った。
「おお、これは先日とは違う飾り花が添えてあるな。雅で実に良いぞ、では味わってみよう」
花びらと杏仁プリン、ジャムとプリン、そして花びらとジャム、様々な食べ合わせで月花白美を食べ終えたショウは、匙を置くとそれこそ桃の花が満開に開くような艶やかで優美な笑顔を見せた。
「これまでも充分以上に美味であったが、この桃の花の塩漬けは美しいばかりでなくほのかな塩味で砂糖蜜やこの卵と乳の豆腐の部分の甘さも引き立てておる。至高の出来栄えと言えよう」
ショウの優美な微笑みにポーッとなって見惚れていたリンリンは、その最上級の誉め言葉に一足遅れで気づくと、ぽっと頬を染めた。
「わー、そんなに褒められると照れてしまう。恐縮至極でございます」
「ははは、そなたからそんな畏まった言葉を聞くとはな」
照れた桃色の空気がぽわっと広がり、御前房は花が咲き乱れたような雰囲気になりショウも思わず頬を染め、リンリンに気付かれぬようそっと席を立った。
「ではな。明日は精いっぱい張り切るとよい」
「うん、ここまでやれたのはショウのおかげだよ! 私頑張るから」
いよいよ決戦は明日、勝負の時が刻一刻と迫って来ている。
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